バイトがしたい!
夏も本番になった7月。私立新光学園付属高校では体育祭の練習で賑わっていた。特に三年生は最後の体育祭ということもあり、笑顔がありながらも練習は真剣そのものだ。他学年が近付けないようなオーラを纏っており、一年生は体育館の片隅で、肩身を狭くしながら練習している。
そこでバレーボールの練習をしている西川 遥も例外ではなく、ダイナミックな動きでボールを回している三年生を、参加メンバーと共に眺めていた。
「凄いよね、三年生って」
「そういう問題じゃないよ。なんで国体に出た人がここにいるの? バレー部に入っている人は参加できなかったんじゃなかったっけ?」
「海外遠征とかで忙しいから、バレー部に入っていないの。だからじゃない?」
「えー? こんなのお遊び同然じゃん」
「思い出作りでしょ、きっと」
ルールの裏を突く行為に不満を噴出させながらも、現状が変わらないと思ったメンバーは練習を再開した。即席チームの割には動きがしなやかで、連携も取れている。遥も小さな身体で必死にボールを追いかけ、時には身体を投げ出しながらボールを地面に落とすまいと奮闘していた。
「遥、ナイス!」
「本当に中学校で帰宅部? 何か運動部入れば良かったのに」
「……そんなことないよ。勝手に身体が動くだけ」
遥が汗を拭いながら笑顔でボールを放り投げる。そのボールにも力があり、キャッチしたクラスメートは「おぉ」と思わず声が出た。その後も日が暮れるまで練習し、皆は疲れ果てた表情で女子更衣室へと向かっていく。
「はぁ、今日もバイトだよ。めんどくさい」
「英美里ってどこでバイトしてるの?」
「近くのファミレス。家族連れ多いから忙しくて。おまけに大会前の練習でしょ? 家帰ったら何もしたくない」
「そうだよねー。ていうか何時から?」
「6時から11時まで。やばい! もう時間ないじゃん!」
英美里が急いで着替えるのを傍目で見ながら、遥たちは制服に着替え始める。話題は遥に移った。
「そういえば、遥はバイトとかしないの?」
「色々探してはいるんだけど、なかなかね……」
「そろそろやった方が良いよ。学校が暇なの、今だけかもよ?」
短パンの上からスカートを履き、学校指定のポロシャツを着ると、皆はそれぞれの帰路につくため解散した。7月とはいえ、この時間帯は風が涼しい。遥には疲労感もあったが、少しだけ爽やかな気持ちで自転車をこぐことができた。
帰宅中、遥は駅前のスーパーに自転車を停めた。母親から買い物を頼まれていたことを思い出したのだ。スマホに書かれたメモを頼りに商品を入れ、会計を済ませる。重たそうに荷物を抱えると、出入り口前にある求人情報誌を手に取った。
「バイト、か」
彼女は帰宅部で、家に帰っても家族の手伝いをする程度で、特にこれといった趣味もなかった。しかし、自由に使えるお金は欲しい。友達の話を聞いていると、バイトで稼いだお金で自分磨きをしていることが羨ましいと思っていた。今迄は高校生活に慣れるのに精一杯だったが、多少の余裕もできている。鞄の中に情報誌をねじ込むと、先ほどよりも自転車をこぐペースを速めて自宅に到着した。
「ただいま!」
「おかえり。夕飯の材料、買ってきてくれた?」
「うん。ここに置いておく」
買い物袋を重たそうに置くと、自室に急ぐ。着替えを済ませると机に向かい、情報誌に目を通し始めた。コンビニ、居酒屋、ファストフード店……。ページをめくっていくが、ピンとくるものがなかった。
「居酒屋は時間帯がきついし、このパン屋さんはお給料安いし……。初めてのバイトだから、負担が少ない場所が良いなぁ」
ページをめくっても、遥からはため息しか出ない。バイトって、どこもこんなものなのかな。そうしているうちに、『未経験者歓迎』という特集記事を見つける。ここなら条件もそれなりのものが揃っているはず。僅かな期待を胸に、記事に目を通していく。
しかし、結果は同じだった。時給は高いが時間帯が遅い、時間帯は緩いが時給は最低賃金に近いなど、どうも噛み合わない。
「やっぱり、贅沢しないで妥協した方が良いのかな……」
『未経験者歓迎』の特集まで空振りに終わった遥だったが、諦めずに最後のページを読む。そこには普段、あまり求人を出していない店舗や会社が出しているスペースで、学生は特集ページなどの求人に応募しがちで、ここはあまり読まないことが多い。遥は求人を指でなぞりながら読んでいく。
「お弁当屋さんとか、清掃員とか。色々あるなぁ」
そこはフリーターやパートの募集が多く、とても高校生が入れるような時間帯ではない求人が多かった。今回は駄目か。そう思った遥だったが、最後に目についた求人に、急に生気を取り戻す。
「喫茶店『せせらぎ』。業種は接客、掃除、調理など。時給、時間帯、日数、応相談。時給は900円以上を約束します……?」
条件としては悪くない。初めてのバイトでもそれほど負担なくやれそうだ。しかし、こんなうまい話があるのだろうか。少しの不安を抱えつつ、遥は電話番号などをメモして情報誌を閉じた。