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第31話 異世界の食事

 一足先に施設全体の形を把握していた僕は、陽鞠を先導しながら食堂へと向かう。


「この世界の食事って、どーいう感じなんでしょう?」


 なんだかルンルン気分でいる陽鞠に、僕は苦い表情で、


「……食べ物を持ってきたんだから、それを食べればいいじゃないか」

「ダメです! あれは非常食!」


 そうかい。そりゃ残念だ。……ホントに。


「それに、せっかく不思議な体験してるんだから。地元のものを食べませんと」

「……君、やっぱり楽しんでるだろ」

「ふんふふーん♪」


 鼻歌で誤魔化すなよ。

 僕はまず手始めに、先程ゴウと二人でオンラインにした旧式の食料生成システムフード・ジェネレーターのスイッチを入れる。


「これの、十まで番号が振られているボタンを押すんだ。一番は醤油ラーメン味、二番はカレー味、三番はナポリタン味……まあ、どこにでもある大衆食堂のメニューってところだな」


 ちなみに、豪姫がいる方の施設は最高レベルの食料生成システムフード・ジェネレーターがあるので、メニューは数万種類にのぼる。


「へえー……ちなみに、どういう感じのやつが出てくるんです?」

「形は、僕がいつも食べてるカロリーブロックに似てる。長方形の固形物だな」

「ふええええ。面白いですねぇ。ちなみに材料は?」

「設定では、”生命のスープ”というアイテムを合成して作られているらしい」

「セイメー?」

「まあ、イメージが悪いからそう呼ばれてるだけで、要するにプランクトンだ。施設から海まで管が通っていて、そこで採取したものを使っているらしい」

「へぇ……ぷらんくとん……」


 予想通り、陽鞠の表情がちょっとだけ微妙な感じになった。


「ま、まあ、ちょっと変わった風土料理だと思えば!」

「……うん。そうだな。風土料理だな」


 陽鞠に負けず劣らず挫けそうになっている自分を慰める。


「一応、完全に無害で無菌で、しかも人間に必要な栄養素をすべて含んでいる完全食ということになってる。……味については言及されていなかったが」

「……よおしっ」


 そこで陽鞠は気合を入れて、


「それじゃあ私この、ハンバーガー味っていうの試してみます」

「そうか……」


 僕はちょっと視線を逸して、コーヒー(こっちは本物のコーヒー豆から作られているらしい)だけで済ませようと考えたが、


「さっきーくんはどうします?」


 彼女の真っ直ぐな視線を観ているうちに、


「……じゃあ、僕もその、ハンバーガー味で」


 と、気づけばそう答えていた。


「おやおや? さっきーくん、ハンバーガー好きなんですか?」

「……無論だ。ハンバーガーは比較的得意なジャンルだと自負している。言いようによっては、プロフェッショナルと言えないこともない」

「そーですか。私も大好物なんです。けっこう色んなお店のハンバーガーを食べて回ってるんですよ?」


 そして陽鞠は太陽のような笑みを浮かべ、


「ではでは。異世界産のハンバーガー、どんな味なんでしょーか?」


 と、食レポっぽく言いながら、食料生成システムフード・ジェネレーターのスイッチを押す。すると、カップラーメンができるよりも早く、茶色い固形物がプラスティック製の皿に載っかって現れた。やむなく僕もそれに続く。

 間もなくして、食堂のテーブルに、コーヒーが二杯と茶色い固形物が二つ、並んだ。


「写真……撮ってもいいですよね?」

「……撮影禁止の立て札はなかったし、問題ないんじゃないか」

「ではではさっそく」


 陽鞠はさも嬉しそうに、持ってきたデジカメで写真を撮る。まるで初めて海外旅行に出かけた観光客のごとし、だ。


「じゃあ、早速いただきましょう!」


 そうして、朝食が始まる。

 僕は神妙な表情でナイフとフォークを持ち、固形物の右下の角を数ミリほど切り取ってから、口へと運んだ。


「あらまあ! 最初ちょっぴりパサパサしてるけど、口の中でとろけるジューシーさ!」


 ちなみにこれは僕の感想ではない。陽鞠のである。


「これ、おかわりだっていけますよ! さっきーくんも食べて下さい、ほら!」


 僕は苦笑いして、


「いや、もうすでに一口食べたから……」

「またまたぁー。はい、あーん……」


 なんということだろう。

 陽鞠が三センチ四方に切り取った固形物をフォークで刺し、それを僕の口内に運ぼうとしている。

 僕は困った。困惑した。困り果てた。

 得体の知れないものを食べたくないという気持ちより、陽鞠の好意に甘えたいという、かつてない感情が自分の中に芽生えていることを発見したためある。

 豪姫がこの場にいたら、こう言っていただろう。


――迷うな! 行け! そして抱きしめろ!


「…………………………………」


 僕は、半分だけ口を開く。

 そして緩慢な動作で固形物を咥えようとすると、


「あ」


 ひょいっと、それが引っ込んだ。


「なんちゃって。……さっきーくん、こういうのダメなんですよね」

「え、……あ。…………ふむ。まあ」


 そう、なんとなくもごもご言って、それきり絶好の機会が失われたことに気づく。


――あるいは、今あれを呑み込むことができれば、僕はまた一歩、まともな人間に近づけたのだろうか。


 そうしてぼんやりとハンバーガー味の固形物を眺めつつ、穏やかな朝の時間が過ぎていくのだった。


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