第23話 二つの仮説と二つの世界
その後、コーヒーと甘味に舌鼓を打ちながら、僕達がいかなる議論を繰り広げたかに関しては詳細を省かせてもらう。観たことのない映画の愚痴ほど読むに耐えないものはないからな。
そうして陽鞠たちと良好な関係を維持したまま別れ、至極満足しながら帰宅して。
家のドアを閉めると同時に、
『それでそれで! 例の映画なんだけどさ』
待ってましたとばかりに豪姫が口を開いた。
「ああ。……」
『やっぱあたしの考えが正しかったんだよ。あのゲームの開発者は、この一件に関わってるってことさ』
「……ふむ」
『だってそうだろ? 映画の内容が、こんなにもあたしの状況と似通ってるんだから』
「それはどうだろうな」
僕はあくまで公平に判断する立場を取りながら、
「そもそも、『ゲームやアニメの世界に行ってみたい』っていうのは、わりと流行りのテーマだ。たまたま状況と重なっているというだけで判断するのは危険だと思う」
この世界は一編の物語ではない。多様な偶然の重なりが、まるで何かの意味を為しているように思えるようなのは、よくあることだ。
『でも、ぜったいそうだって! ありゃきっとメッセージさ!』
「……具体的にいうと、どういうメッセージになるんだ」
『そりゃーたぶん、……ええと。おちんちんにそっくりの怪物は悪者なので、やっつけたほうがいい、とか?』
「さすれば、君の隠された力が覚醒して、悪党どもをみんな焼き尽くす不思議なビームを発射できるようになる、と?」
『実感ねえけど。たぶん』
「……で? それが君のいう、”気づいたこと”ってことか? 『あの映画を作った者が全ての黒幕』で、そいつは『ミュータントを不思議な力で虐殺しろ』と言っている、と」
『うん。そーだけど……』
「アホらしい。道理に合わない。もしその誰かさんがメッセージを僕たちに届けたいとして、そいつは何をさせたいんだ」
『それ言ったら、あたしをこの世界に連れて来たことだって、ぜんぜん道理に合わないことじゃん』
「その通り。道理に合わない。だからこうして頭をひねってる」
僕はやれやれと首をかしげる。
そもそも豪姫の記憶がしっかりしていればこうして議論する必要もなかったのに。
『それで?』
「ん」
『あんたが気づいた”二つ”はなんなの? なんだか、すっげえドヤ顔さらしてきてちょーウザかったけど』
「それはだな。……ちょっと待て。ドヤ顔? ウザかった? 本当に?」
『いいから、さっさと話せ』
僕は、針でちくりと刺されたような思いで続ける。
「僕が気づいた“二つ”というのは、――僕達が置かれている状況に関する、二種類の可能性だ」
『ふむ』
「一つ目は、君と同じく、『超常の存在がこの世のどこかにいて、そいつらがメッセージを送っている』可能性」
『ま、そうだよな』
「だが前述したとおり、この可能性はなるべく考えたくない」
『……そーなの?』
「当たり前だ。涼音など、あまりの出来の酷さに怒り心頭で、パフェを二杯も食ったんだぞ。……つまるところ、あの映画に何かの意味があるなら、僕達が受け取るべきメッセージはこうだ。――『おれの不思議な力で、下等な存在であるお前らのことをおちょくって遊んでやる』と」
『うへぇ』
自分を取り巻く何もかもが、第三者の玩具にされているように感じたのだろう。豪姫が心痛に顔をしかめる。
『それで? もう一つは?』
「もう一つは……実のところ、ほとんど与太話のような説だ。ただ今回の一件で、少し可能性が濃厚になった。それだけだ」
『いーから話しな。いまさら気兼ねするような仲じゃねーだろ』
「そうか」
咳払いして、僕は生まれて初めてできた友だちに持論を展開する。
「今回の一連の出来事。――どうしても僕には、『何かの自然現象のようなもの』に思えてならないんだ」
『ふう……ん』
豪姫は腕を組んで、考え込む。
口を開かずとも、『なんでそう思う?』と、顔が雄弁に語っていた。
「理由は単純。映画があまりにもクソだから」
『っておい。そんなん、オメーの感想だろうが』
「いや、僕の感想ではない。あれはどう客観的に観てもゴミ以下の出来だった。この世に存在する、ありとあらゆる低俗なエンターテイメントを基準にしても酷すぎる。どこが酷いかいちいち説明してやろうか?」
『……まあ、一応聞くよ』
「まず、原作に登場する小道具……この場合はアーティファクトの類が一つとして登場しない。他にも、あの映画に登場するミュータント、施設、外界の風景など、何もかも原作には登場しないデザインだ。まるで、タイトルだけ『運命×少女』を拝借して映画を創り始めたみたいに」
『……ん』
これが以心伝心というやつかも知れない。豪姫の眉がぴくりと跳ねた。
「僕の意見はこうだ。……僕が今いる世界“A”が、豪姫がいる世界“B”から何らかの影響を受けて創り出されたものが、今回の映画だったんじゃないか、と」
それこそ、例の“整形できるアーティファクト”みたいに。
『うーん。確かに、与太話の域を出ない話だけど……』
「だが、君たちのいる世界“B”にも何らかの変異が起こっていることは厳然たる事実だ」
『まー、そうだな』
自我を持った“運命少女”たち。
それまで存在しなかったはずのアーティファクト。
「そこで考えたんだ。果たして、変化しているのは向こうの世界だけなのか? こっち側の世界も何か、変異していることやものがあるんじゃないか、と」
『……………むむう』
豪姫は、しばしスイッチが切れたみたいに固まって、たっぷり百秒ほど思い悩んだ後、
『…………それ、マジだったらめちゃくちゃ怖くない……?』
わかってる。
根拠には乏しい。
それにこの説、掘り下げていくと「鶏が先か卵が先か」論に行き着くことにもなりかねない。
「だが少なくとも、こちらの世界が受けている影響が全くのゼロではないのも事実だ」
『影響……なんか起こったっけ?』
「おいおい」
僕は呆れて言う。
「少なくとも一人。――狩場豪姫って娘がそっちの世界に閉じ込められてるだろう」
『ああ、そういうことか。……そだね』
へらへらと笑う豪姫。
釣られて、僕も笑った。
あるいは僕達は今、これまで存在してきたどの科学者・哲学者よりも、世界の真相の、最も近い場所にいる気がしている。
これに知的好奇心が刺激されないのであれば、最初からオタクなどやってはいない。
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意外なことに、その数日後、僕の理論を裏付けるような事実が判明した。
というのも、あまりの出来のひどさに炎上に炎上を重ねた結果、『劇場版 運命×少女』の監督がツイッター上で、とある事実について公表したためだ。
それによると、
『あの企画は元々、完全オリジナルアニメの企画として進行していたもの』
であったという。
『全ては、偶然の一致によるものだ』
『運命少女というワードも、最初にインスピレーションが降ってきたのは一年以上前のこと』
『終末世界を舞台にするというのも、自分たち独自のものとして製作を進めていた(これには、企画の立案が当時のものであることを証明する書類がいくつかアップロードされていた)』
『しかしその後、ゲームの『運命×少女』が発表されてしまった。そして、そちらの方が有名になってしまった』
『その結果、プロデューサー判断によって、「同一世界を扱ったもの」として作品を世に出すことが決まった。それがあの『劇場版 運命×少女』なのだ』
もちろん、ネット上では数多くの疑惑の声が上がっていたが。
そのアニメ監督の言葉は、僕と豪姫には全く別の意味を持って聞こえていた。
――お互いに影響を与え合う二つの世界。
この現象が沈静化する日は来るのか?
あるいは……これからももっとひどくなっていくのではなかろうか。
僕たちの気づかないうちに。密かに。ゆっくりと。




