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第15話 少女を死地へと送る者

 “どれみ緑地”の一角に赤黒い水たまりを作った一件から、一晩明けて。

 日曜の朝。さりとてやるべきこともなく、ぬぼーっとした顔つきで豆乳をシリアルに注いでいると、


『…………………………………………………………………………マスター』


 誰かに声をかけられた気がした。

 ヒマリでも豪姫でもない、何者かの声である。


『…………………………………………………………………………マスター。あの』


 スマホを見ると、競泳用水着を思わせる、ピッタリ身体のラインに張り付いたスーツを身にまとった浅黒い肌の少女がいた。


「君は、……まさかココアか?」


 すると少女は、よくよく注意して見ればそうだとわかる程度に顔を縦に振る。


「どうした? 何があった?」


 遠征班のリーダーでもある彼女は、どこか眠たげな、愛想の欠片もない表情で、


『お仕事。お仕事、ください』

「仕事って………ああ」


 得心する。そういえば豪姫が来てから数日、”外界遠征”コマンドを一切行っていなかったのだ。これまでは、遠征班の到着時間に合わせて深夜に目覚ましをかけたりしたことまであったというのに。


『仕事ないと、こまる。みんな、身体、鈍る』

「悪かったな。知っての通りここ数日ばたばたしていたのもあって、」

『いいから。お仕事。はよ。スピーディーに』

「……でも、少しくらい休んでたっていいんだぞ」

『もはやどうにも我慢ならぬ。休みはいいので、仕事を』


 今日始めて知ったのだがこの娘、少しワーカーホリック気味らしい。これ、僕が仕事を与えすぎたから……とかじゃないよな。多分。


「わかった。それじゃあ、とりあえずいつも通り、レベル9”イケブクロ”へ……」


 と、そう言いかけて、僕は即座に撤回した。


「――いや、やっぱりなし。今回はレベル1”トコロザワ”を探索しよう」

『…………………………………………………………………………………………む』


 ココアがあからさまに不服そうな表情を向ける。

 無理もない。今、僕が指示した”トコロザワ”は、『運命×少女』初心者が行く、チュートリアル的なダンジョンである。『ドラクエ』に例えるならロトの洞窟、『マリオ』に例えるならば1―1面。魔王を倒せるレベルの冒険者に、スライムを倒してこいと命じたようなものだ。


『……ピクニックでも行くの?』

「いや。通常の探索任務だ。ただし今回は、メンバー編成を変更する。チームからツバキを外して、その枠にヒマリを入れよう」

『ヒマリ……って。リーダーを?』

「うん。彼女は戦闘タイプのスキルこそ少ないが、能力値はオールマイティ型だから戦力に不足はないはずだ。ヒマリには、今回の遠征に関する詳細な記録を担当してもらう」

『別にいいけど、なんで?』

「いいかい、ココア。君もすでに気づいているだろうけど、君たちが存在している世界は、豪姫が現れてから、なんらかの影響を受けているらしい」

『よくわからない』


 ……ああ、そう。


「つまり、――これまで通り”遠征任務”が行えるかはわからないってことだ。だから今回から、低レベルのダンジョンを中心に、慎重に攻略を進めることにする。……わかってくれるな?」

『…………………………………………………………………………………………うん』

「今回の”遠征任務”は、よくよく注意して探索を進めて、全ての情報を持ち帰ってきてくれ」

『…………………………………………………………………………………………ほい』

「あ、それと絶対に無理はしないこと。危険だと思ったらすぐに戻ること。人命の消失(ロスト)は絶対に避けなければならない。全員無傷で帰ってくるんだ」


 この言葉は、かなり熱心に言い含めておく。

 僕の命令で誰かが死んだり傷ついたりするのは……さすがに少し、困る。

 その後、ココアが去ったのを見送ってから、


――たかが高校生の分際で、他人を死地に送るような命令を……。


 彼女たちはもはや、ゲームのキャラクターなんかじゃない。生きた人間と変わらない存在なのに。

 果たして、僕の判断は正しかったのか?

 ふやけたシリアルを食べながら自問する。


 いくら考えても、答えは出なかった。

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