第12話 六車涼音
その後、陽鞠から聞き出した事情をまとめると。
「要するに、――友達と仲違いしてしまったのか」
「はい……」
喧嘩した友達の名は、六車涼音。
「…………………………六車さん……………か」
正直僕は、もうその時点で逃げ出したい気分になっていた。
というのも、涼音は僕を”宇宙人”と呼び始めた最初の女生徒であったためだ。
「私、すずちゃんに相談したんです、……その、あの……昨日のこと」
「昨日のこと?」
首を傾げて、「ああ、君にプロポーズした件か」と言う。
「そう、それです」
すると、再び陽鞠のほっぺたが朱に染まった。どうにも彼女は、そうした話題に免疫が薄いらしい。僕も人のことは言えないが。
「そしたら、……すずちゃん、『あんな変態野郎と付き合ったらあかん』と」
「ふうむ」
「それどころじゃなくて。『あの男には将来性がない。絶対不幸になる』って」
「ほほう」
「そして、『あいつ、間違いなく変な性癖がある』とも」
「なるほど」
「その上、『100パーセント数年後には警察の世話になっとる。ひゃくぱーや』とまで」
「……うん」
「さらに言うなら『ウチの見立てじゃあ、典型的なストーカータイプ』とか……」
「あの、」
「『ウチ知ってんねん。ウチの叔父さん、童貞こじらせた結果、「エルフを探す旅に出る」とかなんとか書き置き残して六本木のビルの屋上からダイブしたんやから。あれは間違いなくああいう』……」
「ごめん。だんだん胃が痛くなってきたから、その辺は省略してくれないかい?」
陽鞠は暗い表情のまま、
「――それで私、『先光くんは、そんな人じゃありません』って……」
「否定してくれた訳だ」
「ええ。そしたらすずちゃん、ものすっごく怒って。『ウチの言うことが聞けんのか、このたわけがーっ』って。……その後私達、かつてないような口喧嘩に……それで今日、仲直りも兼ねて、直接話そうと思いまして……」
それで、この公園で涼音と待ち合わせ中、と。
なるほど、女子同士の人間関係はややこしいと言うし、関係の修復は手早く済ませるに越したことはない。
「つまりあれかい。君たちが喧嘩したのは、僕が原因という訳か」
「原因、と言いますか。……その。まあ、しょーじき言うとそうです」
ずしりと胃が重くなる。
まさか、陽鞠に迷惑がかかってしまうとは。
こういうことが起こらないでほしいという一心で、他人との関わりをなるべく排して生きてきたというのに……はて、どうしたものか。
僕はいったん、「少し歩いて考えをまとめる」と陽鞠に断ってから彼女と距離をとり、未来からやってきた猫型ロボットに頼るような気分でスマホを手に取る。
豪姫の第一声は、
『……涼音は、理由もなしに誰かを嫌うような娘じゃない。あんた、涼音に何した?』
――なるほど、お見通しか。
僕は正直に答えた。
「一つ、心当たりがある」
『なんだ?』
「高校入学して一週間ほどしたころ、六車さんが手作りのクッキーをクラスのみんなに配ったことがあっただろ」
『……ああ。あったあった。中にチョコとピーナッツが混ぜ込んでるやつね。ちょっとだけカントリーマ●ムに似てる味の。おいしかったなぁ』
「あれ、食わずにゴミ箱に捨てたんだ。人目を避けたつもりだったが、本人に勘付かれたらしくてな。……色々言われた後、泣かれた」
豪姫の表情が凍りついた。
僕は唇をへの字にしている。
『……オメーそれ、……オメー……さすがにドン引きだぞ。悪魔の所業だわ』
「あれは僕も失態だったと思ってる。家に持ち帰ってから捨てるべきだったんだ」
『素直に食うって選択肢はないのかよ』
「僕はきちんと滅菌処理されていると保証されている食品以外、一切食べられない。手作りクッキーなどもってのほかだ」
『……………………』
豪姫は、難問を目の前にした数学者のような表情で僕を見て、
『……とにかくこのままじゃあ、陽鞠との仲を進展させるのは無理だな』
「なんだと。それでは困るじゃないか」
『だったら、なんとかして涼音と仲直りしやがれ。……陽鞠と涼音は同じ中学で、親友なんだ。涼音を落とさんことにゃあ、間違いなく陽鞠に振られることになるぞ』
なんと……厄介な。
「だが、どうすればいい?」
『しょーじき、こればっかりはあたしもわからん。あたしが涼音の立場だったら、絶対オメーのこと嫌いになるもん』
「困ったことに同感だ。僕だって僕のような野郎と関わり合いになるのは御免被る」
『わかってんなら、反省しろよっ』
「反省なら、いつもしている」
僕は嘆息する。
「だが、世の中には止む終えない事情というものが存在するんだ」
『………………………』
何事にも黙るということを知らない豪姫が、苦い表情のまま押し黙った。
僕だって、好きでこのような性分と付き合っている訳ではない。
誰かと手を繋ぎたいと思う気持ちもある。
誰かと……あの、ハンバーガーとやらを貪ってみたい思う気持ちもある。
だが、どうしてもダメなのだ。どうしても。
「理解されないことはわかってる。……けど」
『けど?』
「……例えば、尿は基本的に無害な液体だ。しかし誰だって、小便のかかった食べ物は食べたくないだろ?」
『そりゃ、まあ……』
「他人が握ったおにぎりを食べられない人がいる。湯煎していない水道水を飲むと体調を崩す人もいる。残り物を口にできない人がいる。……そういうものだ」
『ふうん……』
豪姫は何か言いたげな表情だった。
が。
『まあ、いいや。それならそうで、前向きに生きてくしかないもんね』
と、理解を示してくれる。
『でも、人間関係は理屈じゃ片付けられない。自分の尻は自分で拭く必要がある。それはわかってるだろ?』
「無論だ」
僕は目を細めて、覚悟を決める。
――最悪、土下座する程度の覚悟は必要だな。
さて。
ウェットティッシュの残量は十分だったか。
念のためポケットの中をまさぐっていると、
「…………………………ほほう?」
”修羅場”が、不機嫌そうな顔を引っさげて、僕の目の前に現れた。
「よぉ顔出せたモンやなあ? ――“宇宙人”くん?」
……。
正直やっぱり、できることなら逃げ出したい。