終章
ラストです。
終章
side岬
馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!
あたしの頭のなかは後悔で埋め尽くされていた。
あたしは今日、彼女ー、遥の事を視界にすら入れなかった。
見たらきっと、愛おしさで胸が張り裂けそうになってしまうから。
今すぐにでも抱きしめて、あたしだけのモノにしてしまいたくなるから。
すればよかったんだ。他人の目なんてどうでもいい。衆目の前で愛してあげればよかったんだ。
教授から聞いた遥の様子。あれは昔、毎日見てきた。
あたしの、お母さん。
信じていた、愛していた夫に裏切られ、心を壊していったお母さん。
そんなお母さんと想像の中の遥が重なり、襲いかかる怖気に従いあたしは走る速度をさらにあげた。
「ーーーッ!」
肺が酸素を、身体が休息を求めるが、知ったことか。
信じれば信じるほど、裏切られた時、辛い。
あたしはその事を、誰よりも知っているはずだったのに!
お母さんを見てきたから、というのもあるけど、それだけじゃない。あたしだって、お父さんを信じていた。お母さんみたいに心を壊すほどじゃなかったけど、裏切られる辛さは、胸を劈く言いようのない痛みは、もう知っている。
なのに、なのにッ!なんで…ッ!
あたしは、遥にあんな事をしたんだッ!!
今から思えば、遥があたしを裏切るわけがなかったんだ。
この10年間、遥はいつもあたしの後ろをついてきた。10年間もだ。まだ20年しか生きていないあたしたちにとって、人生の半分。
そんなものが嘘だなんて、あるはずがない!
依存することがいけないと勝手に思い込んで、あたしはまるで貝みたいに殻に閉じこもり身を守ろうとした。
そんな自分が嫌で嫌で嫌で嫌で嫌だ。殺してしまいたいほどに。
信じてくれていた人を裏切る。
あたしが遥にした仕打ちは、あの父親と同じことじゃないか!!
自己嫌悪で目眩がし吐き気もする。それでも足だけは止めない。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
永遠に続くかのようにさえ感じる道すがら、あたしはずっと遥に頭の中で謝り続けた。
side遥
もう、何もしたくないし、何も見たくないし、何も聞きたくない。いっそ、このまま死んでしまうのもアリかもしれない。
ピンポーン
だから私は当然鳴り響くインターフォンなんで無視した。鬱陶しい。煩わしい。
しばらくインターフォンが鳴り響いたが、やがて止まり、不意にガチャリと扉が開けられる音がした。
「…え?」
流石に動揺する。誰かが家の中に入ってきたのだ。ベットから半身を起こす。
ドタドタっと慌ただしい音がしたと思うと、侵入者が顔を出した。
「…う、そ…」
口元を抑える。涙が溢れ出す。
侵入者は、私が愛するご主人様、岬ちゃんだった。
「何で….来たんですか?」
ああ、私の馬鹿。無意識に出た言葉は、そんな可愛げの無い言葉。こんな可愛く無い私じゃ、岬ちゃんはすぐに帰っちゃうかもしれないのに。
「ごめんなさい!!」
岬ちゃんはベットで半身を起こした私に力一杯抱きついた。
「え?、え?」
わけがわからない。状況がうまく把握できない。もしかして、岬ちゃんが私に謝ったの?あの岬ちゃんが??
それから岬ちゃんは、心の内を話してくれた。
両親の不仲のせいで覚えた依存することへの恐怖。
私を疑ってしまって申し訳ないと思っていること。
最後まで聴き終えた私の心には、これまで岬ちゃんに対して抱いたことのない感情が芽生えていた。
それは、怒り。
だから私は自分から岬ちゃんにキスをしながら、ベットに押し倒した。
「あたり、前でしょう…!そんな、半端な気持ちで10年間も一緒にいられるわけないでしょう…!!」
10年間。地球にとっては微々たる年月かもしれないが、私からしたら途方も無い年月。
そんなの、好きじゃなきゃやってられるわけないでしょうが!!
あ、そっか。
私…岬ちゃんのこと、好きなんだ。
そう思うと、胸の中にストンと落ちるものがあった。
確かに、最初は感謝の気持ちだけだった。
でも、そんな感情だけで10年間なんて続くわけがない。
続けさせてくれたのは、きっと岬ちゃんへの恋心。
それに気づいてしまい、顔が赤くなるのを感じていると、いつのまにか驚きから覚め獲物を狙う肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべている岬ちゃんに気づいた。
「きゃ…!?」
岬ちゃんに押し返され、彼女は私を馬乗りにする。
「奴隷のくせに、生意気よ!……嫌なら嫌って言いなさい。命令よ」
そう優しく告げると、岬ちゃんは私の制服に手をかける。
私の答え?そんなもの、もうとっくに決まってる。
「はい!ご主人様❤️」
これからナニをされるのか、心待ちにしている自分に気づいた。
side岬
「全く、どうしてこうなったんだか」
呆れたように呟いてみるが、多分隠しきれていない喜びが滲み出ちゃっていると思う。
「さあ?なんのことでしょう?」
遥はあたしの腕に絡みつきながら、はにかむ。
とても可愛い。
あたしたちは主人と奴隷から一変、恋人同士になった。
「そろそろ離れなさいよ」
「いーやーでーすー」
遥はさらに抱きつく力を強める。意地でも離れる気はないらしい。あたしは少し途方に暮れた。
恋人同士になってから、遥はある程度私の命令に背くようになり、自分の意思を示すようになった。
嬉しい反面、少し困ることもある。
何せ、ここは大学。周囲の目が痛い。
「ほら。わがまま言ってないで、そろそろ講習始まるわよ」
「えー。じゃあ、キスしてくれたら離れてあげます」
遥はそっと目を閉じた。
「…はあ、しょうがないわね」
少し呆れつつ、あたしは彼女の唇にそっと口づけを落とした。
途端、教室中がざわめき出すが、どうでもいい。
あたしたちには、お互いさえいればいい。周囲なんてなんだっていい。あたしたちの世界には何人たりとも入れないし、入れさせない。
「えへへー」
遥は嬉しそうに、そっとあたしの横に腰を下ろす。そんな幸せそうな彼女が愛おしくてたまらない。
きっとあたしはもう、遥から離れられないし、遥もあたしから離れられない。
離れる気もないし、離す気もない。
あたしはずっと不思議に思ってた。裏切られるかもしれないとわかっていながら、どうして恋なんかしたのかって。
前は分からなかった。でも、今ならわかる。
恋って、理屈じゃないんだね。
そんなあたしの中の心の重武装、常識、理性、そんなものすべてどうでもよくなるぐらい、あたしは遥に狂わされてしまった。
恋は盲目って言うけれど、今はそれがよく分かった。
あたしは遥に狂わされ、遥はあたしに狂わされた。
けど、そんな関係を不快になんて思わない。
むしろ、心地よくて仕方がない。
あたしたちはそっと、誰も見えない机の下で手を繋いだ。
END
これにて完結です。最後までお付き合いいただきありがとうございます。初投稿なので至らぬ点も多いでしょうが、暖かく見守ってくださると嬉しいです。