side遥
遥視点です。
side遥
私の事は......そうだね、遥と呼んでくれると嬉しいかな。
私は、岬ちゃんの奴隷なのです。
「遥、宿題よろしくー」
「遥、ジュース買っといてくんない」
「マッサージしてー」
ぐてー、と学校だというのにダラダラしつつ私に命令を下す岬ちゃんは、私が仕えるに相応しいご主人様。
彼女に使われる事だけが私の喜びであり、生きる意味。
だから私は岬ちゃんの命令には絶対に逆らわず迅速に処理する。
私たちがこんな関係になったのは、少し前のことがきっかけでした。
ありふれた話だけど、私はクラスのいじめられっ子で、クラスのリーダー格だった岬ちゃんに助けてもらったのです。
「大丈夫?」
そう言って笑う岬ちゃんは、私にとって天使、いや神様にまで見えました。
それから私は岬ちゃんのグループに入れてもらい、友達もたくさんできました。
クラスのカースト最下位だった私が一変、カースト最上位まで上がったのです。
それ以来、私は彼女の付き人をやっています。
でもあんまりベタベタくっついているせいか友達に冗談っぽく「遥ちゃんって岬ちゃんの奴隷なの?」なんて聞かれてしまいました。
奴隷。
その言葉を聞いた時、私は頭に電流が流れたかのような衝撃を受けました。
ーそうだ。奴隷になっちゃえばいいんだ。
そうすれば、私はずっと岬ちゃんのそばに居られる。ずっと岬ちゃんのために尽くせる。
それに比べたら、奴隷扱いされる事ぐらいどうでもよくなってしまいました。
中学に上がり、あれから時間も年齢も重ねたけど、私は相変わらず岬ちゃんにべったりなのです。
でもこの頃から、ちょっと、いや物凄く私にとって看過できない問題が発生しつつありました。
岬ちゃんは美人美人。長くて艶のある黒髪の映える清楚で可愛らしい女の子だ。
つまり、何が言いたいかというと....
岬ちゃんに好意を寄せる男子(ゴミ屑)が湧き始めました。
始めは、同じテニス部の男子でした。
言うほどイケメンではなかったけど、運動も勉強も卒なくこなす一部の女子には人気のある生徒できた。
勿論、私は岬ちゃん一筋だったからどうでもいい存在でしたけどね。
岬ちゃんは決まって8時20分下駄箱にいらっしゃいます。それは人気者である彼女のクラスなら周知の事実なのです。
だから私は不測の事態に備えて5分前の8時15分に下駄箱に訪れます。
そして、あった。見つけてしまいました。
岬ちゃん宛のラブレターを。
勿論、その場でビリビリに破り捨て、家に帰って燃やして灰にしてやりました。
それから何食わぬ顔して教室に入りました。
その日の部活の時、件の男子が妙にソワソワしているのがたまらなく滑稽でした。くすくす。
中学時代、私は毎日欠かさず岬ちゃんの下駄箱を調べ続けました。とは言っても、見つかったのはたったの4通だけでしたけど。
岬ちゃんのことです。もっともらっているに違いないのです。でも、堂々と机とかを探るわけにはいかないので、できたのはこれしかありませんでした。
他にもケータイとかいう便利なアイテムがあるので岬ちゃんに群がる男子達は全ては防げていないのです。非常に残念ながら。
それでも、その甲斐あってか岬ちゃんのそういう方面の噂は1つも上がりませんでした。
そのことは学校の七不思議になっているとか。
更に月日が経ち、岬ちゃんと私は県で1番の学校に進学しました。
雑用を私に押し付けてぐうたらしている癖に、学力は一流。流石は私のご主人様です。
反対に、私は凡人。だから必死で勉強しました。それこそ一日22時間勉強した日もあるぐらい、本当に死ぬ気でやりました。その甲斐あって、なんとか岬ちゃんについていくことができました。
この高校に来れたのは私と岬ちゃんだけ。
だから私のことを知っているのは岬ちゃんだけ。岬ちゃんのことを知っているのも私だけ。
そう考えると頰が緩むのを抑えられませんでした。
高校になると、岬ちゃんを男子達から守りきるのはなおのこと難しいのです。そう思った私は、これまで以上に岬ちゃんにくっつきました。
登下校は勿論、トイレだって。
この方は、私だけのご主人様です。そういう気持ちを込めて周りを威圧し続けました。その甲斐あってか、高校でも岬ちゃんの浮いた話は聞きませんでした。
転機が訪れたのは、大学の時。
岬ちゃんにつられて入ったテニスサークルでのある日のこと。
「遥ちゃん、俺と付き合ってよ」
長身でそれなりのイケメン君から、私は人生で初めての告白を受けたのです。
「.................はい?」
返事が間の抜けたものになってしまったのは仕方ないと思います。
だって、私は岬ちゃんしか見てきませんでした。
私の世界には、岬ちゃんしか存在しないのです。
その他のエキストラなんて、眼中にあるはずもないのです。
突然告白されて、詰まるなというのは無理があります。それでもなんとか正気を取り戻した私は「すみません、お断りします」と言おうとした矢先、
「ハァ!?何ふざけたこと言ってんの!?誰の許しを得てこの子に告白なんてしてるわけ!?」
私が答えるよりも早く、岬ちゃんが割って入ってきた。
私は少し驚きながら岬ちゃんを見ました。だって、あのぐうたらの岬ちゃんが大声を出すなんて、初めてだったから。
「いい?この子はあたしの奴隷よ!この子は絶対、誰にもあげないんだから!!」
「ど、奴隷ってなんだよ!?遥ちゃんはそんなんじゃない!」
「見てなさい!」
そう言って岬ちゃんは振り返ると、問答無用で私の唇を奪った。
「〜〜〜〜〜〜ッ!?」
突然のことで頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。
「この子は、あたしの奴隷よ!そうよね、遥!?」
ー私は、岬ちゃんの、奴隷?
そんなこと、今更考えることでもない。
「は、い。私は、岬ちゃんの奴隷です...❤️」
ぼうっとした頭でそう答えると、私に告白してきた男子は無表情で去っていきました。
それからすぐに、私と岬ちゃんはサークルを辞めました。
あの告白の一件以来、私と岬ちゃんは百合カップルだという噂が実しやかに囁かれるようになりました。
私としては、小学校以来岬ちゃん一筋だったから特に気にはならなかったけど、なぜか岬ちゃんは私に対して素っ気なくなっていきました。
ー岬ちゃん、きっと照れてるんです。
そう考えると胸がキュンとしてたまりませんでした。
でもそれは都合のいい妄想だって思い知ることになりました。
それからある日、8時20分になっても岬ちゃんが下駄箱に現れず、不審に思っていると、着信を知らせる電子音が響きました。
億劫だったけど、することもないのでメールを開くと、私は背筋を凍り付かせました。
岬ちゃんからのメール。
「あんたと百合カップルなんて思われたくないから暫く距離を置くから」
一文。たった一文だったのに、私らら全てを奪っていった。
嘘ーー。嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!!
信じられませんでした。
岬ちゃんが突き放すなんて、信じられませんでした。
私は岬ちゃんを大切に思っていました。けど、岬ちゃんにとって私は大切なんかじゃなかったらしい。ただの奴隷でしかないらしい。
だって、大切なら、こんなにあっさり私を切ったりするもんか。
こんな噂なんて気にするもんか。
私の身体中から力が抜けていき、暫くその場にへたり込んだ。
時間ギリギリになってなんとか教室にたどり着くと、もう既に岬ちゃんがいらっしゃいました。
ー岬ちゃん!
私は嬉々として岬ちゃんに近づきます。けど、そんな私に岬ちゃんは気づき、
「来ないで」
私の顔を見ず、淡々と、冷酷に短く言葉を紡ぎました。
それだけで、私の心を絶望で塗り固めるのには十分すぎるぐらいでした。
岬ちゃんといたい。岬ちゃんの命令が欲しい。岬ちゃんに尽くしたい。
でも、できない。
『来ないで』
これも、立派な命令だから。
逆らうことなんてできません。私は10年もの間、岬ちゃんの命令に1つだって背いたことがないのです。
今の私にとって、岬ちゃんの命令は日本国憲法なんかよりも遥かに重みのある法。
岬ちゃんに死ねと言われれば、死ぬことだって私はきっとできます。
だから、今回も私は逆らえないのです。
『来ないで』、つまり、来るな。近寄るな。
たとえ、どんなに辛い命令だろうと、私の体はそれに従ってしまいます。
「ヒック、..ヒック.....」
私は子供みたいに泣きじゃくった。
その日のことは、よく覚えていません。
何人かの人が心配してくれたような気がしますが、岬ちゃんを失った世界は色あせていて。
私は制服を着たまま、ベットに倒れこんだ。
もう、何もしたくない。
side岬へ続く
初投稿です。楽しんでいただけたなら嬉しいです。