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ある日黒ずくめの男性が店に入って来た。
黒のフードをかぶりブーツまで黒色で腰には剣を持ち、これから誰かを殺しに行くようにさえ見える。
そんな雰囲気だった。
店にいた客たちがいっせいに戸口を見てしまうほどだったが連れがいてその男と一緒に席に着いた途端、ただの客か、と納得し他の客たちは男への興味を失っていた。
旅の途中らしくフード付の黒の分厚いマントを脱ぐと異様な感じがとれてどうやら自国の貴族らしいという服装になった。
わたしは奥の席の四人連れの注文をとっている最中でサラが注文をとりに行く番だったが
《ちょっと怖いわ》
と私に手ぶりでその男にしり込みをしていることを伝えてきた。
すると奥で調理をしていたおじ様が調理の手を止めて自ら注文を聞きに行った。
どこの貴族か知りたいし、もうちょっと待ってくれたら私が注文をとりに行ったのに、と少し残念だった。
男は長身で肩幅が広く、私が出会うことを待っている将来の夫はこんな体格の人だといい、と思う。
貴族を見るとだいたい顔を名前が一致するので会ったことのない貴族は久しぶりだ。
連れは男の従者のように見えた。
少ししてその貴族の男に私はじっと見られているのに気がついた。
できるだけ目立たない格好をしていてもなぜかじろじろと見られることはよくあった。
クロエが言うには、立ち居振る舞いがこの辺に住む人とは違う、のだそうだ。
「どこがどう違うかは説明できないわ」
そう言った。
いつものこと、と気にしないでいようとするのだが今日はなぜか顔が赤くなるのが自分でわかる。
私が貴族の端くれだと気がついたのかしら、見られて嫌な気はしないが変に意識した。
私のことを知っている人かしら、思い出そうと記憶の糸をたどったがやっぱり会ったことはない、と結論を出した。
そしてこれ以上顔が赤くならないように男を見ないように努める。
努めすぎたのか気づくと貴族の男はいなくなっていて今度は思わずきょろきょろと男の姿を探してしまった。
「帰ったよ」
おじ様はそう言うと奇妙な顔をして私を見たがとくに何も言わなかった。
家に戻った私は見知らぬ貴族のことを父に報告した。
やはり父はその男のことを知っていた。
自国の貴族で間違いないらしい。
次の日、男は従者を連れず食堂にやって来た。
私に名前をグラントだと名乗った。
そして男は次の日も、その次の日も食堂に食事をしに来た。