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娘思いのおじ様は私に
「お嬢さんは店に出なくていい」
と言う。
しかし仕込みのついでとはいえ、いちいち手を止めて料理の説明をしてくれるのに礼は要らない、と言うし私が町娘の格好で店の手伝いをすることは将来の夫と歩む環境に慣れるためでもあるので無理を言ってやらせてもらっている。
他にもちょっとした役割がある。
いろいろな客層が来るので中には隣国からのスパイのような人が立ち寄ることがあるのだ。
数人いる場合は数ヶ国語がわかる私がさりげなく会話を聞き、一人で来ている客も怪しい場合は人相を父に報告している。
だいたいの場合、父はすでに把握していた。
接客中、どこに住んでいるの?と聞かれることは案外多く、ファンと称する怪しい客が徒歩で店に通う私の帰宅時間を狙ってつけてくることがある。
今のところは何とか上手く撒いている。
家がどこか知れて素性が知られたら食堂の手伝いに支障がでてしまう。
どうしてもついてくる人がいるときは通りがかりの貴族の屋敷の使用人勝手口から中に入り屋敷の執事を呼んでもらい、あとは顔パスで他の出口に案内してもらうことで対応している。
心配してくれるのは食堂のおじ様くらいで私も私の父も店から屋敷までは安全な地域ということもあるし心配をしていない。
何かあって私が反撃をする場合は、やり過ぎるなよ、と言われているくらいだ。
給仕の仕事にも慣れ、客に何を言われても平気だが一つ気になることは私の後ろに時々誰かが立つことだ。
通路が狭いので仕方ないのはわかっているがその都度不自然なくらい客に背中を取られまい、としてしまう。
普段表情を変えないおじ様だが私がそれをするたびに引きつった笑いを浮かべた。
店の手伝いを優先するためにこれまで週に何度も行っていた騎士団の剣の練習を今は週に一回程度としている。
その練習も第四騎士隊の練習時間帯に行くことに決めている。
この隊にいる女性騎士のステイシーと仲が良いから、というのもあるが私にとって第四騎士隊が唯一練習し易い隊になっていたからである。
実はこの国の宰相は私の父の兄であり、私からすると伯父にあたるのだがその宰相の伯父様に父が、ジェーンは第二王子と絶対結婚しないと言っている、と早々に話をつけてくれていた。
宰相の伯父様は、やっぱりな、と言ったらしい。
しかし私が第一騎士隊の練習に行ったとき第一騎士隊所属のケインが私を人けのないところに引っ張って行き、説教とともに第二王子と結婚しろ、と言ってきた。
ケインは私や兄の幼馴染でありマイルズ王子や兄の学友で、卒業した今は第一騎士隊に所属している侯爵家の嫡男だ。
君のことを心配して言ってるんだ、王都にいる貴族は第二王子の婚約者として認識している女性と結婚する者はいないしこれからも出てくることはない、そう言った。
そして第二騎士隊と第三騎士隊は隊長自らがそれぞれ私を隊長室に呼んで、今なら遅くない、王子とのことを考え直すようにと言った。
もうここ何年もマイルズと会っても挨拶程度の話しかしたことがなかったし、婚約間近なんてみんなが勝手に思っていただけの話なので本当に迷惑だ。
だけどそういう人にはいくら私が説明してもわかってはもらえなかった。
彼らと顔をあわせたくないので第一、第二、第三騎士隊の練習時間は避けている。
ありがたいことに他の人たちは何も言ってこない。
私がマイルズ王子と結婚をしない、という話がところ構わず出ているわけではないようだ。
出たほうがすっきりする、と私は思ったが父の考えは違っていた。
「今は黙って耐えよう、道はある」
私と違って何事も百戦錬磨の戦術師である父はいつも正しい。
たまに外すのは母がらみのときだけだ。
母とは、マイルズ王子とは結婚しません貴族で無かろうと私より強く頼りになる方を選んで結婚します、そう宣言して町の食堂に行きだしてから険悪な間柄になっていた。
私の一番の理解者である兄は学校を卒業し軍隊に入ると北の国境警備隊に配属となり、私とは再び離れ離れになっていた。
おじ様 は親類関係にない、他人に使っています。
伯父様 父母の兄にあたる人
叔父様 父母の弟にあたる人 今のところ叔父様は出ていませんが念のため