8.
最初レテイは将軍夫人の横に座っている少女がいったい何者なのかわからなかった。
馬車の中で少女は将軍夫人をかいがいしく世話をした。
家出の理由を手紙に書いた際も荷物の中から手際よく紙とインクとペンを出してきたのでずいぶん幼い少女を侍女にしていると少し驚いた。
用事をしたあとは元の席にちょこんと座り将軍夫人とレテイの動向を黙って見守っている。
しかし黙っていたのはそのときだけで、待っていた護衛が戻って来て将軍夫人に手紙を無事届けたことを報告するとレテイは少女の質問攻めにあった。
馬車が出発した途端に
「お歳はおいくつですか」
「どちらにお住まいですか」
「ご兄弟は何人ですか」
「ご家族は何をしていらっしゃる方ですか」
最初は澄ました様子で聞いていたもののだんだんと
「馬車には今まで何回乗ったことがある?」
「騎士ならジェフリーをご存知?ジェフリー・キートン、前歯が欠けている人よ」
「晴れた日と雨の日、どっちが好き?」
「色は何色が好き?」
「好きな食べ物は何?」
それを聞いてどうする、といった質問になってきた。
将軍夫人から娘のローザだと紹介されたのは結構な数の質問をされた後だったのでレテイは、よくしゃべる侍女ね、と言わずにいられた自分を心の中で褒めた。
変な質問をしても隣の将軍夫人は少女をたしなめるでもなくにこにこと笑っていたので質問に答えるだけで余計なことは言わずに済んだ。
ずっとしゃべり続けるのかと思えばそうでもなく、将軍夫人が扇子でなにやら合図をすると飲物を渡したり、ひざ掛けを出してきて自分の母親の肩にかけるなどする。
「よく気がついてすばらしいわ」
と褒めると
「距離間って言うらしいんだけど馬車だとお母様が近すぎるらしくって緊張のあまりにこの中で失敗をする侍女が多いんですって。馬車は狭いからここで何か失敗されるとお母様も侍女も精神が参ってしまうんですって。以前は侍女のベッシ―が一緒に行っていたんだけど去年から腰痛のせいで長時間の馬車は嫌になったんですって。私ならちょっと気をつければ失敗しないし、失敗してもお母様に緊張しないし、お母様の側にいると美しくなれるって皆んなが言うし、いいことばかりなんですって」
大真面目な顔でローザが答えた。
休憩のために宿に着くと、食事の前にローザは侍女たちのところに向かい、荷馬車の大きなトランクを一つ降ろさせるとレテイのためにドレスを出してきてくれた。
仕事に向かう途中だったのでレテイは騎士服だったのだ。
ドレスはローザには大きく、将軍夫人が着るとは思えない無難なデザインで見た目よりも着心地重視のものだった。
旅行用のドレスにふさわしい。
着てみると丈が少し長いものの身幅はちょうどいい。
誰のドレスだろうか。
「ジェーンのよ」
ローザが答えた。
さすがにジェーンのことは知っていた。
レテイよりいくつか年下で騎士でもないのに剣が強くて美しい、女性騎士の憧れだ。
しかももうすぐ王子妃になる。
ドレスは一度も袖を通していない新品のドレスだった。
「ジェーンのデイドレスはこんなのが多いの。着心地は良くても地味でしょ?でないと着ないのよ。家庭教師に見えるわ」
ローザがうんざりとしたような顔をして言った。
一旦脱ぐと侍女たちが一斉に裾上げにとりかかった。
袖も少し長いが気にならない、とは思ったが侍女たちは気になったようで袖の途中をつまんで詰めてから縫い目が見えないようにリボンをあしらってくれた。
「この手のドレスはたくさんあるから安心して」
そうはいっても王都仕立てのドレスはレテイが地元で着るものよりはるかに洗練されたものだった。
へぇ、ジェーンのドレスなんだ、とレテイは思った。
レテイを見ていた将軍夫人はレテイに、これを見て何か言うことがあるでしょ、と言うので、ええっと、と考えてから
「着心地が良くて気に入りました。ドレスの手直しまでしていただいてありがとうございます」
とお礼を言った。
「それから?」
「どこの仕立て屋でお作りになったものですか」
自分もこんな着心地のドレスなら欲しい、と思う。
「それよりも?」
それよりも?って何かしら、と思い巡らせてからレテイははっと気が付いた。
「向こうに着いたら必ずお支払いいたします」
「違います」
・・・。
「困った人ね。ジェーンのドレスをどうしてこんなに持って来ているのか不思議に思わなかった?」
トランクの中はドレスでいっぱいだった。
「あとで合流するのかと」
「わたくしたちがウエストコートランドへ行く理由も全く聞いて来なかったわ」
「そのうちわかるかと」
「それはまあ、そうでしょうけど・・・あなたのそのつれない感じをトレントが気に入ったのならわたくしがどうこう言うのはまずいわね。だけど貴族の集まりでさりげなく情報を集めるのは妻の役目でもあるのよ。ジェーンのドレスを画材だと思いなさい。何でこんなにジェーンの画材が詰まったトランクを運んでいるのかと頭の中で置き換えてみるとどうかしら」
たしかに画材がトランクにたくさん詰まっていたらなんでだろうと興味が湧いただろう。
ドレスが入っているより不自然だ。
少し考えてレテイは言った。
「こんなにたくさんのジェーンの画材を持って行くなんて、ウエストコートランドに一体なにがあるのでしょうか」
「いいわねぇ。画材は思い浮かべるだけで、ドレスのことを聞いてくれるともっと良かったけど」
将軍夫人はレテイを褒め、食事が終わったら馬車の中で練習することにいたしましょう、と言った。
馬車の中でレテイは驚いた。
「ジェーンはマイルズ王子と結婚するのではないのですか」
「いいわねぇ。ちょっとだけわたくしたちに興味を持ちはじめたわ」
将軍夫人は機嫌よくコロコロと笑った。
貴族のドレスはいくら簡素に見えても素材も仕立ても良いので値段はかなりするはずなのに将軍夫人は、気にしないで、と言うだけだった。
少女のローザに言うことでもなかったが他に言う人がいなかった。
「いいのよ、なんならトットに請求するから」
「トットって誰?」
「レテイ、あなたの旦那様、トレント・ハワードなんでしょ?だからトット。私たち、親戚なの。だからあなたも親戚だし、ドレスは親戚から送られたと思えばいいのよ」
ローザは澄ました様子で答えた。




