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        7.

将軍夫人であるアナベルは不思議に思った。

レテイは実家が遠いので騎士になってからの五年間のほとんどを王都で暮らしている、と聞いていたからだ。

どうして夫の家が公爵だと知らなかったのだろう。


「お休みの日はどうしていたの?」

「絵を描くことが好きなので公園によく行っていました。私の部屋は画材やキャンバスばかりなんです。美術館や博物館も大好きなので度々一人で行きましたけど、出掛けたついでに店先で買える食べ物の食べ歩きもよくしていました。女性一人で入れる店はほとんどないですから。食べることが好きなんです。王都で食べた料理で美味しかったものは地元に帰っても食べたいと思って作り方を聞いては寮の食堂でこっそり作ったりしていました。簡単に作れるものばかりですけど・・・と、まあ、普通です」

普通です、というが昔は箱入り娘で今、箱入り奥様のアナベルには普通がなにかよくわからない。

ただ、自分の娘たちとは違う気がする。


「お友達はいないの?」

「騎士の人たちは交代で休むので休みが合いません。城下に下りると騎士の見回りのときに親しくなった人が何人かはいますけど若い人はみんな昼間は仕事をしているのでたいていは画材屋の元主人で今は隠居をしているおじいさんと店先で話すか、フランチェスカさんという元女優の方のお家に行って素敵なお庭で絵を描かせていただいていました」

「わたくし、劇はよく見に行きますけどフランチェスカさんという女優は知らないわ」

「ええ、ずっとチョイ役だったそうです。だけど劇場のオーナーと結婚されたとかでそれはそれは素敵なお宅に住んでいるんです」

そう聞いて思い当たったアナベルは

「その方、ものすごくお歳を召されているのではなくて?」

と聞いた。

アナベルが娘じぶんにはすでに引退をしていた大女優にそんな名前がいたはずだった。

「ええっと、年齢は不詳ですけどお元気な方です。何度か観劇に私を連れて行って下さって私も大好きになりました。役者が着ている舞台衣装にも興味をそそられるんです」


ここまで話を聞いて「あら、気が合うわ」アナベルはいいものを見つけた、と思った。

アナベルも女優が着ている衣装には興味がある。

無理を言って見せてもらったこともあるが離れたところから見て見栄えがするような色やデザインの衣装は近くで見ても素敵だった。

美術館にもよく行くほうで絵や彫刻を時間をかけてゆっくりと観たり、またその説明を受けるのが好きだった。

レテイのように描くのは得意ではないが趣味が合うのではないだろうか。

彼女の話はこれから始まる退屈な旅に必要に思える。

お返しといってはなんだが貴族の常識や礼儀作法を教えてあげることができるだろう。


「とにかくあなたに必要なものをわたくし知っているわ。教えて欲しい?それならしばらくわたくしと行動を共にする必要があるのだけど少しの間、家出する覚悟はおありになる?行き先を聞いてしまえば後戻りはできないのよ。ええ、いいわ。これはあなたにとってラッキーなことでもあるのよ。あのね、偶然にもわたくし、今からウエストコートランド領に向かうの」


どうだ、という顔で将軍夫人が行き先を言い、レテイはあっ、と思った。

「驚いた?わたくし、意外と地理に詳しいの。こういう時はご実家に戻るのが一番。ついでですもの、わたくし、送って差し上げるわ」


そう言うと紙を取り出しレテイに手紙を書かせた。


夫人の言う少しの間の家出とは少なくとも馬車の往復での二ヶ月間ということになるのでもちろん迷いもあったが、聞いてしまうと無性に母に会いたくなった。

父や兄や弟にも会いたくて会いたくて仕方ない気持ちが溢れてくる。


結婚前に一度実家に戻らせてほしいと頼んだのに、仕事が忙しくなり無理を言えない状況でとうとう帰ることができなかった。

結婚したら連れて行く、と言われたけれどお互い仕事がある身なのでどのタイミングで連れて行ってくれるのか想像ができない。

だけどこれで離婚や別居となるのならそれでも良い気がした。

だって公爵夫人になる覚悟も自信も自分にはないのだ。


夫人も手紙をさらさらと二通書いて一枚はレテイの手紙と一緒の封筒に入れて第二騎士隊長トレント・ハワード様、と表書きをし、もう一枚を入れた封筒にはダーリンへ、と書くと護衛を呼んでそれぞれ間違いなく届けるように指示をした。


ずいぶん長い時間止まったままの馬車に焦りを感じていた護衛はやっとこれで事が動く、と手紙を受け取ると急いで王宮に向かおうとしたところを夫人に呼び止められた。

「いいこと、トレントにわたくしたちの行き先を言ってはダメよ。それと手紙を渡したらすぐに戻って来てちょうだい。他言無用。行き先を知っている者は全てわたくしと一緒に行くことになっているのですからね」

速やかに手紙を渡したら直ちに戻ります、と請け合って護衛は馬を走らせた。



将軍は手紙を読むと頭を抱えた。

しかしこうしてはいられない。

屈強な護衛を何人か呼び寄せると入口の扉は開けさせた。

ドアを壊されると困るからだ。

今から迎え撃つべくやって来る人物の名前を護衛たちに告げると皆んなちょっと嫌な顔をした。

無理もない、わしも嫌だ、と将軍は思った。


そうこうしているうちに声が聞こえる。

「ぅおらーっ!どきゃぁがれ!!」


声を聞いた途端、頭痛がしだして右手の指でこめかみを揉む。

揉みながらも第二騎士隊長が勢いよく部屋に入って来るのと同時にもう一方の空いているほうの手をちょちょいと振ると、事前に用意していた部下たちがトレントを段取りよく取り押さえ拘束した。

護衛は五人がかりで速やかに押さえつけるのに成功したがそれでも二人は大騒ぎするトレントの手が顔に当たって痛い思いをした。


「何しやがる!てめぇ、ふざけるな!レテイはどこだ!!」


将軍はうつ伏せにされ、手足を押さえられているトレントの頭の横まで歩くとそこで停まり、

「おい若造、いくらお前がすごんだところでわしは恐くもなんともないが、アレがすごむとお前の千倍恐くて死にたくなる目に遭うんだよ」

と格好をつけて言っているわりには言っている内容が情けない。

そういう将軍は結婚して丸二十五年のベテランだった。


「これから一ヶ月、きちんと仕事をしていたらレテイがいるところに必ず連れて行くから、それまでは仕事を休んだり当てもなく探したりするなよ。一ヶ月が一年に延びるのが嫌なら言うことを聞いておけ」


無理やり承諾させられたトレントは、あんなに読めないとごねた副隊長のクセ字をスラスラと読み仕事を片づけていった。

ただし機嫌は最悪で、誰かれ構わず睨み、唸りながら不愛想に仕事をするので周りの騎士たちを今までの数倍おそれさせたが一方で・・・。



レテイにフラれたんだ・・・皆んながそう噂した。

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