6.
二人きりの新婚生活は思った以上に甘く、愛のある毎日で、それは一ヶ月続いた。
そして一ヶ月で終わった。
トレントが変なことを言いだしたからだ。
朝食が終わりレテイはトレントの支度を手伝っていた。
「一年後を目処に父上の家で俺らの結婚披露をするって言ってきたけどいいだろ」
「そうですか、一年後なら隊の人に結婚したことを報告しても動じず仕事をしているのではないでしょうか・・・上着はこれでいいですよね」
「貴族は親戚が多いんだ。悪いけどよ、これから色々と覚えていってくれよな」
「え?ハワード隊長は貴族でしたか?知りませんでした。あ、これ昨日バッジをつけていませんでしたね、すみません。顎、上げて下さい。はい、留まった」
レテイは夫の着替えも手伝っている。
トレントのことを隊長と呼ぶのは職場でひょっと名前を呼び間違えるのが嫌だったからだ。
「知らなかったのか?」
「ふふっ、本当ですか?うちは領地はありますがただの紳士階級ですし、親戚には貴族がいますけど田舎ですしあまり気をつかった覚えがありません。私が直接貴族の方とお付き合いをすることになるんでしょうか?」
そう言うとトレントは妙な顔をした。
「俺は跡取りだ」
「そうそう、一人っ子だっておっしゃっていましたね」
「お前、将来は公爵夫人になるぜ」
「そうですか、はい、できました。冗談ばかり言ってないで先に仕事に行ってくださいね。皿洗いが終わったら私も行きますから」
食事だってレテイが朝は必ず、早く帰れるときは夜も作っていた。
「ほんとだって」
トレントはそう言うと、しまった、今日は将軍に朝一で話があるって言われてんだ、マジで行く、と言いながらも熱烈なキスをし、レテイが何か言いだす前に出掛けてしまった。
お皿を洗って部屋を片付けて、自分も行く時間だと急いで着替えていたがトレントの言葉を思い出して気になった。
トレントが貴族というのが本当なら今の生活と何か変わるのだろうか。
だけど、公爵夫人って?
馬鹿馬鹿しい。
言葉遣いがひどくて喧嘩っ早いところはあっても根は真面目でレテイに対して今まで冗談を言ってきたことがないのに今日はどうしたのかしら、と不思議に思った。
仕事に向かう途中で同僚のセスに会った。
セスは隊長の宿舎がある方からレテイが来たのを不審がってからかってきた。
「もしかして隊長と付き合っているのか」
レテイは顔が赤くなるのがわかったけれどセスは気がつかなかったようだ。
「冗談だよ。やめとけやめとけ、隊長と付き合うと大変だから。そういや以前、隊長からプロポーズされてたな。あれ、ちゃんと断れたのか。だいたいお前は公爵夫人ってかんじじゃねえしよ。どうせなら俺と付き合わないか。レテイは美人だし、気も利くし、前からいいなって思ってたけどお前に近寄ると隊長が怒るからさ・・・」
「・・・なんて言ったの?」
聞こえたけれど聞き返さずにはいられなかった。
「隊長が怒るんだよ。お前のことお気に入りだからな」
「そうじゃなくて、公爵夫人って何?」
「えー?知らなかったのか?あれで公爵の跡取りだぜ。すげえよな」
その後もセスはなにやらずっとしゃべっていたけどレテイの耳に入ってこなかった。
さすがに気がついたセスが
「大丈夫か?顔が真っ青だぜ。あれか?貧血か?隊長には言っとくから今日は休めよ」
と言ってきて
「う・・・うん、そうしようかな」
となんとか返事をしたあとはちょっと歩いて大通りまで出たもののそのまま道端で立ちすくんでしまった。
いくら貴族に関心が無いといっても公爵が王族に次ぐ位の貴族ということは子供でも知っていることだ。
王族に何かあれば上位の継承権だって持っているはずだった。
トレントが?
馬車や人が歩いているのをどのくらいの時間、ぼーっと見ていたのかわからない。
「あら、レテイ、ごきげんよう。ここで何をしているの」
レテイの横に大きな馬車が停まり女性が声をかけてきたのにびくっとした。
おそるおそる首を向けて見れば馬車の窓から将軍夫人が声をかけてきたのだった。
「どうしたの?ご気分が悪いように見えるわ。送って差し上げるからお乗りなさい」
言われるがまま馬車に乗るとなんだかほっとして涙が出た。
「あらあら、トレントとケンカでもしたの?」
将軍夫人はレテイの結婚のことを知っている数少ない人の一人で結婚式にも宰相夫妻と共に将軍夫妻は立ち会ってくれていた。
「あの、他の人はみんな知っていることなんでしょうか?私、知らなかったんです。今日までハワード隊長が公爵の息子だって」
今朝のことを話した。
しかし話せば話すほど自分のことをバカだと思った。
結婚するまでトレント自身のことにレテイは興味が全く無かったのだ。
ずっと側にいたのに。
だけどそれは隊長だけでなく他の騎士たちについても同様で、個人的なことになれば正直言ってそんなに知らない。
誰が誰の息子、とか家が伯爵なのか子爵なのか、長男か次男か。
同じ隊の女性騎士にしても紹介を受けたとき、聞いてもよくわからないので笑ってごまかしていた。
仕事に関係ないと割り切った。
どうせ自分は地元に帰るのだ。
仕事は忙しいし他の女性騎士は貴族で、仲良くしたところでお互い騎士を辞めてしまえば住む世界が違うのだと。
それがどうだろう。
公爵夫人なんて聞いてない。
知っていたら好きにならなかった・・・?




