レテイの場合 1.
レテイ・オーウェルは地方領主の娘で長年判事を任されている父親は人望があり領民からも信頼されている。
自分も自慢の父の名に恥じることのないようにと思いながら育った。
五年前―――
このまま実家にいると早ければ今年、遅くても来年にはどこかの領主または牧師の息子と結婚させられるのは火を見るよりも明らかで、もちろんいつかは結婚したいけれど周りに流されて結婚するのは嫌だったレテイは騎士の試験に挑み、無事合格の通知を受けていた。
男兄弟に囲まれて育ったので女の自分だけかっちりとしたレールの上を歩かされるのは我慢ならなかったのだ。
幸い父は国のためになるからと賛成してくれたし、母親も苦労するだろうけどそれは自分が選んだことよ、と厳しい言葉と共に愛情を込めて、おめでとう、と抱きしめてくれた。
父の仕事の手伝いで忙しい長兄は泣いている弟を連れて領地の境まで見送りに来てくれたし、すぐ上の兄は王都まで送ってくれた。
最近は女性騎士が入隊すると全員、まず第四騎士隊に配属されるのだが五年前、レテイが入隊したとき配属されたのは第二騎士隊だった。
入ってみればレテイ以外は全員貴族の娘で、なんでここの隊はこんな粗野な男性ばかりいるの、と女性騎士たちは男性騎士たちとは一線を引いていて隊の雰囲気も悪かった。
なるほど他の隊と比べてみれば確かに下品な物言いをする人が多い気がする。
第二隊の男性騎士のしゃべり方が騎士というイメージからはかけ離れていて、これはいわゆるオラオラ系だと思ったものの田舎育ちのレテイは男の人はこんなもの、と気にならなかった。
もちろん自分の父や兄たちは女性の前では絶対にそんなしゃべり方をしたりはしない。
だけどこの隊では就任したばかりという隊長自身が群を抜いてのオラオラ系でそのせいなのか他の騎士も似たり寄ったりが集まっていた。
地元の女性たちからの要望を聞くのは領主兼判事の妻である母の仕事で、レテイも王都に来るまでは母の仕事を手伝っていたのでこんなことは何でもない、と隊長及び男性騎士と女性騎士の間の橋渡し的役割をかって出た。
レテイが間に入るようになると初めは様子を見ていただけの先輩女性騎士たちもあまり下品なことを言わなければ大丈夫、と男性騎士たちに対し仕事に差し支えることがない程度には話すようになっていった。
そのうち、ただいきがっているだけ、と気がつき中身は他の隊の男性騎士と変わらないことに安心するとオラオラ系の口調にも次第に慣れ、嫌悪感をあらわすことはなくなった。
中には、その言い方止めないとうちのお父様に言いつけるわよ、などと脅す高位貴族の女性騎士も現れ、おおむね形勢は女性騎士のほうに逆転している。
とはいえそんな気の強い女性騎士も隊長に対しては「絶体無理」と頑なに拒否をするので女性騎士から隊長への伝言は全てレテイの仕事だった。
それは次第に当然のこととレテイの役割にされていて気がつくと男女に関係なくレテイは隊長への連絡係になっていて、なんと今では隊長の世話係へ昇進している。
「ハワード隊長、おはようございます。昨日、来月分の備品発注書を机の上に置いていたのですけど部屋に戻ってからご覧になりましたか」
レテイが朝の挨拶のついでに昨日置いた発注書をもらってこようと執務室に入ると、短髪なのによく目立つ赤毛を掻きむしりながらすでに机で仕事をしている隊長は顔もあげずに大きな声で返事をした。
「あ゛?どれのことだ?昨日は隊長会議だったじゃねえか。ここに帰えってからあよ、そん会議の報告書を作れって将軍に言われちまったんでそれどころじゃなかったからよぉ・・・」
「ご覧になってないんですね。では、今、ご覧になって下さい。サインして下さったら事務方に持って行きますから」
「おう、わあった。置いとけ」
「駄目です。今日の午前中に持って行かないと来月分の備品は用意できないと言われています」
「んあ?あんだと!んじゃあ俺が今から話をつけに行って・・・」
部屋を出ようとする隊長の服の裾を摑んで止める。
「行く時間があるならここにサインしてください!内容は確認していますから」
なだめて椅子に座ってもらう。
「ったく今日の午前中って誰が決めやがった。備品ったってどうせタオルとか剣のさやに付けるビラビラだろ。んなもんもったいつけずにちゃっちゃと寄こせってんだ」
「来月入って来る新人隊員の制服や剣だってあります。うちの隊だけ無いと格好つきませんし、新人いじめだと訴えられたらどうするんですか」
「なんだそれ、うぜえな」
大声で笑った。
だが「うぜえ」のはレテイのほうである。
「うぜえ、その一」ちょちょいとサインすればいいだけなのに丁寧に説明しないとサインを渋る。
変に真面目で融通が利かない。
「うぜえ、その二」例えばこの発注書を作るのは本来副隊長のはずなのにレテイが取りまとめてから作っている。
なぜなら副隊長がひどいクセ字でそのことについて二人の言い合いが始まるからだ。
「こんな汚ねえ字、読めるかああぁぁぁ!!」
傷ついた顔で副隊長が反論する。
「なんで読めない?前の隊長は読んでいた」
「へっ、だから辞めちまったんじゃねえか?可哀想にな!毎日毎日こんな読めねえ字読まされたらそりゃ辞めたくならあな!!」
そういう隊長は粗野な態度に似合わず字がたいへんお上手だった。
「俺はよぉ、字がきれいだって褒められて隊長になってっからな。ま、おめえは一生なれねえな」
多分違うのだが、そうかも、と一瞬納得してしまうくらいきれいな字を書いた。
副隊長は涙目だ。
あまりに言われ過ぎて字の話は副隊長のコンプレックスになっている。
確かに字が汚いせいで隊長になれないのであればそれは副隊長にとって深刻な問題だった。
「隊長だからって言っていいことと悪いことが・・・」
「おう、やるのかぁ、あん?」
腕をボキボキ言わせて立ち上がる隊長に
「やるとは言ってない」
喧嘩も口喧嘩も隊長が強かった。




