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私は憤然として屋敷に帰った。
ウイリアムが追いかけてきているのは気づいているけど気遣えない。
「そんなに怒るなよ」
「怒ってない!」
部屋に入って荷物をまとめる。
持っている服の中で最も地味なドレスをいくつか選ぶ。
靴は編上げのブーツ。
ちょうど乗馬服だからあとは下着とくずしたお金と・・・。
昔、遠征用に作った大きなフード付の灰色のコートが今はちょうどいい大きさだ。
ときどき町娘の格好で町に遊びに行くことがあったから何を持っていくか、いくつかはすぐに思い浮かんだ。
剣は大きな袋に入れて上から衣類で隠し、短剣と短銃はドレスの下に仕込む。
「ちょっと通して」
私たちのやりとりに着替えの手伝いに来た侍女たちがおろおろしている。
ウイリアムが帰って来ているので屋敷には父がいた。
「何事だ」
母も部屋まで来た。
「何をしているの」
「出て行きます」
母はなんでもないようことのように聞いてきた。
「どこに行くの」
「まだ考えていません。落ち着いたら手紙を書きます」
そういいながら私は思いつくまま荷物を詰めていく。
「ウイリアム、貴方が言ったのね」
母が兄を睨んだ。
「だってかわいそうだ。あんなに頑張っているのに」
「第二王子妃になることがかわいそうだなんて」
母と兄が言い合っている。
「ジェーンは望んでいない」
「マイルズはいつお会いしても素敵だわ」
マイルズとは第二王子の名前だ。
「ジェーンのタイプじゃない」
「人柄だって悪くないわ」
「ああ、いい奴だ。ジェーンのタイプじゃないけど」
「貴方とは小さい時からの友人だわ」
「ジェーンともね」
「みんなして騙していたのね」
私は部屋にいる人たちを見まわした。
「娘を騙すなんて、人聞きが悪いわ」
母はしれっとしている。
「騙していたのではないわ。黙っていただけです」
「「・・・・・」」
「そうではないよ」
結局な父がとりなすように私に言った。
そして今までの経緯を私に説明してくれた。
王室から打診があったのはジェーンが14歳になってすぐ。
家の方針により結婚相手は娘が決めることになっている、と断ったこと。
王室の妥協案としてジェーンが18歳になった時改めて申し出る、と言ってきたこと。
それについては何の約束もしていないこと。
万一のことを考えて第二王子妃になっても大丈夫なように教育をさせていること。
王室から推薦のあった家庭教師を雇い入れたこと。
変に意識をさせることが無いように私に内緒にしたこと。
召使いに緘口令が敷かれ、姉たちにも言っていない、ただし姉たちの夫は知っているらしいこと。
学校に行っていたウイリアムが外から聞いて来たので内緒にするよう約束をさせたこと。
騎士団や貴族たちも知っている人は知っていた、がジェーンに言わないことが暗黙の了解とされていた。
「宮仕えの身としては王室に逆らうつもりはないが嫌がる娘を差し出すつもりはないよ」
「ほんとうに?」
「本当だよ、だから安心しなさい」
そう言って私の涙をぬぐってくれた。
その時まで泣いていたとは自分でも気づいていなかった。
「そんなに嫌がるとは王子が気の毒だな」
と父は笑った。
「お前の姉たちが自分で決めたようにお前にだって夫を自分で決める権利があるよ」
「そうよね、でもありがとう」
そう言って私はもう少し泣いたのだった。