領地へ
丘を馬で駆け上がると見渡すかぎりのどかな田園風景が広がっていた。
「ここがウエストコートランド領だ」
荒野が続くもっと殺伐とした雰囲気を想像していたのに至って普通の村がそこにあった。
ただしグラントがあれが国境だと指を指した先には山脈がそびえ広がっていた。
役人に強盗を引き渡したその日の夕方に着いたので強盗騒ぎの宿のあった町から近かったのだと改めて思った。
もうすぐ着く、と何日か前から言われていたのでもうすぐっていつ?とずっと思っていたのだ。
グラントの屋敷に着くと使用人たちと共に私の母と妹のローザが待ちかねたようにして迎えてくれた。
屋敷の中に入るなりグラントが「明るい・・・」と不思議そうに玄関ホールを見渡した。
「屋敷中、お掃除をしたんですよ。家具の配置も少し変えましたけど気になさったりしないでしょうね」
さも自分がしたように母は言ったが指示をしただけで自分は何もしていないはずだ。
そう思って改めて見るとここの使用人や母が連れて来た侍女たちはぐったりと疲れた顔をしていた。
「こちらの牧師様はご親切で特別許可証がなくてもあなたたちの結婚式は喜んで挙げて下さるそうですよ。あなたたちがいつ着くかわからないものだから招待客で遠くにお住まいの方はもう来て下さっていますからあとでご挨拶に行ってくださいね。ご近所のかたはいつ連絡を入れてもすぐ来て下さるとお約束ができていますわ」
「ありがとうございます」
グラントが礼を言い、私も
「ありがとう、お母様」と抱きついた。
招待状を書くだけでも大変だったに違いない。
「私も手伝ったわ」
妹のローザが割り込んできた。
「ありがとう、ローザ」
お礼を言うと
「どういたしまして」
ローザは可愛らしく笑った。
あとでここでのことをローザに詳しく聞かなければ、と強く思った。
母は私の頬に手を当てると
「あら、痩せたのではないかしら」
そう言うと責めるような目で父を見た。
私はまだ心のどこかで母に対してのわだかまりがあったので思った以上に気遣ってくれる母をうれしく思い、自分のことが少し恥ずかしかった。
やたらマイルズ王子と私をくっつけようとしたことは記憶に新しいもののいざ娘の結婚が決まると惜しまず協力してくれたことには感謝しかない。
結婚式の日まで泊まるように用意された私の部屋で母と二人きりになったとき、私は母に人を切ったことを話した。
殺してしまったかもしれないこと、このまま結婚をしてもいいものか悩んでいること、母ならどうするのだろう。
話しを聞き終わると母は女神のように美しく微笑んだ。
「大丈夫よ、ジェーン。その間抜けな強盗が怪我をしていようと死んでいようとあなたがご飯を食べられないほど気にすることはないわ。あなたがちゃんと生きていれば結婚式は挙げられるのですからね」
そうだ、母はこんな人だった。
どうやら私は相談する人を間違えたのだと気が付いた。
明日にでも結婚式を挙げればいいと父もグラントも言ったのだけどそれでは近所の招待の人たちで間に合わない人がいるし第一、兄のウイリアムがまだ来ていない。
父にいつ来るかわからない者を待つわけにはいかないと言われたことで私も妥協したので結婚式は二日後のあさってということに決まった。
「私としては君と領地で結婚式を挙げることさえできればいいのだから今すぐにでも式を執り行いたいくらいだが、もちろん花嫁の気持ちを優先するよ」
今になってグラントはこの道中で宿に泊まる度に私と同室にさせられたことが不満だったと言いだした。
そんなに寝相が悪かったのなら言ってくれればよかったのに、と私が苛立つと「そうじゃないよ」と優しくキスをしてきたのでケンカにはならなかった。
式の日が決まったので私たちはグラントのおばあ様に挨拶と結婚式の日を報告するため部屋に向かった。
部屋には細身の老婦人がいてグラントが私を紹介すると細面の痩せた顔にぎょろりとした目で私を頭の先からつま先までなめるように見てから、ぶしつけに「おや、若いね」と言った。
「お前の従者が連れて帰ったのは美人だが年増で驚きましたよ。もう一人は子供だし、てっきり子連れの未亡人と結婚するのかと思ったんですよ」
それはどうやら私の母のことを言っているらしかった。
「足が悪くて杖がないと立ち上がることもできないんですよ。ほら、こっちに、もうちょっと近くに来て顔をよく見せてごらん。ああ、この娘は母親似だね。ずいぶんいいのを見つけてきたけどどうやって見つけたのかちゃんと教えてくれるんでしょうね。だけどこの娘は浮かない顔をしているように見えるし。まさか無理やり攫って来たのではあるまいね。そういや、ずいぶん日がかかるようなことを言っておきながらあっという間に連れて帰って来たことだしさては騙されたんだね。ま、たしかにこの娘にすればこんな田舎に連れて来られるとは思ってもみなかったろうね」
なんだか自分の孫を人さらいのように言いだしたので私は誤解を解くためおばあ様に人を切ってしまったことを話すことにした。
おばあ様は私の話を聞き終えると
「私も一応女だからこんな言い方をするのを勘弁願いますけどね、ここいらで女に切られるような間抜けは放っておけばいいんですよ。それであとはグラントに任せればいいですからね。私もこの子の母親も西の端のこんな田舎に嫁ぎましたけど、たとえ戦が始まろうとここでは全部、男たちが何とかするんですよ、女の出る幕はないと言ってね」
ここでは女性は男性に守られるのが当然なのだ、とおばあ様は言った。
どうやらこの手ごわそうなおばあ様が私のことを気に入ってくれたようなのでひとまず安心し、部屋の中を見渡していると
「ところで指輪の件はどうするつもりか聞きたいですね」
とおばあ様はグラントに言っている。
「・・・ありました」
グラントが答えると自分で聞いておきながらひどく驚いたおばあ様は杖なしでシャキッと立ち上がった。
「それは本物だったんでしょうね!で?いったいどこにあったというんです」
おばあ様がグラントに詰め寄っている。
「それが・・・」
そう言うとグラントは私を見た。
グラントが私を見たのでおばあ様も私を見た。
私は指を掲げグラントがくれたエメラルドの指輪を二人に見せると二人とも、違う、と首を横に振ったので
それで、どうやら私が持っていた指輪のことを話しているのだ、と気が付いた。




