狂騒
グラントは無表情のまま震えるジェーンの服を脱がせ風呂に入れ体を洗い、風呂から出して髪を乾かす、という一連の作業を複雑な気持ちで行っていた。
ジェーンは黙ってグラントのされるがままになっている。
血のついた服は捨てることにし、ジェーンの荷物の中から寝間着を取り出して着せ、一緒にベッドに入るとジェーンを抱き寄せた。
そして抱き寄せたことを後悔した。
将軍の言いつけを破るつもりはないものの居心地はかなり良い・・・いや、悪い。
ジェーンは少しごそごそと動いた後グラントにすり寄って来た。
妻になる女性と自分の領地に行くだけのことと簡単に思っていたのにこんな苦悩があったとは。
そういえば、とグラントは急に思いだし、見張りをしているアレクと交代をする時間だった、とジェーンにささやいて額にキスをするとすばやく部屋の外に退散した。
少しは眠れたものの朝早くジェーンは起き出した。
ゆうべのことは覚えているが思い出したくないことばかりのようだ。
本当ではない気がする。
昨日の服はグラントが捨てたのだろう。
予備を取り出すとのろのろとその服を着た。
一階に降りるといつもなら早出の客のために朝食が準備されている時間だったが昨夜の騒ぎのせいでまだ誰もいなかった。
後ろから
「もう一度風呂に入るなら手伝うよ」
声をかけられ青白いジェーンの顔に赤みが差した。
「ゆうべは・・・見ましたよね」
ジェーンがおそるおそる聞くと
「じっくりとね」
グラントがからかった。
「実はあまり覚えてなくて」
しかも思い出したくないのだ。
「そうだろう。だが少し元気になったようだ」
グラントはそう言うとキスをしてきた。
誰もいなかったとはいえここは宿の食堂である。
しかし濃厚なキスになる前に外が騒がしくなり役人が入って来た。
夜明けすぐに宿から使いを出していたので隣町からやって来たのだ。
グラントが見守る中、宿の主人が役人を階段下の強盗たちのところまで案内をした。
朝食の準備ができたのは階段下の物置に居た強盗たちを役人が隣町へと連れて出てからだった。
一緒に食事をしようとダスティとアレクの部屋に行くと部屋から
「だから~、男色ってことですよ」
とアレクの声がした。
ドアをノックしようとしていた手が止まる。
「まさか」
否定はしているもののダスティの声にも力がない。
「俺も信じられないですよ。王都では毎日パーティや茶会に出て花嫁探しをしているって聞いてましたからね。でも結局結婚相手を探すのを辞めて領地に戻っているじゃないですか。初めて会ったときは従者と変にこそこそしていましたしね」
意気込んだ様子でアレクはダスティに話している。
「たとえば・・・例えばですよ。従者のジョーが伯爵に結婚相手を探すのなら僕はここにはいられません、って伯爵に言うんです。そしたら伯爵が俺はやっぱりお前じゃないとだめだ、とか何とかいって二人はそういう関係に」
「・・・あんなこと言ってるけどひどくない?」
聞き耳を立てていたジェーンは小声で後ろにいるグラントに振り返り、言った。
グラントは黙ってジェーンを見下ろす。
たしかに聞き捨てならないがジェーンの声が少しだけ元気になっていることにホッとしたからだ。
朝食を誘いに来たつもりがアレクたちに男同士の恋人関係だと思われている、と知ることとなったのでそのまま部屋をあとにした。
「あなたも私が男に見える?」
「まさか」
グラントはすぐに否定した。
「ゆうべ確かめたからね」
ジェーンは質問を間違えたことに気づいて顔を赤らめた。
「今日は意地悪ばかり」
「あなたの顔色が良くなるんだ」
ジェーンは気づいて申し訳ない気持ちになる。
昨日からずいぶんと心配をかけていた。
先に二人だけで食事を済ませてから宿の者にアレクの部屋に朝食の案内をして欲しいと伝えて部屋に戻った。
ダスティとアレクは朝食にやっとありついていた。
食べながらダスティは伯爵と従者に対して憤りを感じていた。
アレクの想像が正しいならグラント殿は貴族としての義務を放棄している。
腹立たしいことこの上ない。
ダスティの兄は侯爵だが王都に来ることもあまりなく年中領地に留まっていて、しかも若くして死んだ妻を今も想い一向に再婚をしようとしない。
兄夫婦には子供がいなかった上にダスティも娘が一人いるだけなので、女では跡が継げない法律のためにダスティと兄の亡きあとは、侯爵位が遠縁の貴族の心得が全く無い男に渡ってしまうのだ。
何度か会ったがいけ好かない男だった。
ダスティは二十歳で結婚してすぐに娘のメラニーを授かったがその後子供はできなかった。
さすがに妻を裏切ってどこかで子供を作るという度胸は無い。
ダスティより一つ上の兄は先月三十九歳になり、決して若いとはいえないが早く若い女性と再婚をしてくれればダスティの悩みは解決に向かう。
グラント殿とはこの旅で初めて会う仲に過ぎないが花嫁探しを諦め、恋人の従者の機嫌取りを理由に領地に戻るなど言語道断、などと考えに耽っていたが
「まだこんなところに居るとはな。危うく気づかず追い越すところだった。ところで二人は?」
聞き覚えのある声がして顔を上げると将軍が二人が食事をしているテーブルの横に立っていた。
「役人が何人もこの宿に入って行くのが見えたので寄った次第だ」
二人の席に将軍が座った。
「昨日、強盗がこの宿を襲ったんです。まだ二人捕まっていないはずですがそのうち一人は手負いです」
「そうか。では同行の者を残そう。わしはジェーンに早く会いたい」
将軍はいったい何のことを言っているのだろう。
「はあ、ジェーンですか」
間の抜けた言い方になった。
「ジェーンとグラントはどこだ?」
「伯爵は部屋ですがジェーンがどこにいるのかは知りません・・・?」
「何を言ってる。グラントと一緒にいるだろう」
将軍が伯爵の部屋に行こうと席を立った。
「どの部屋だ」
「・・・」
まさか。
ダスティは将軍の足元に崩れ落ちた。
「・・・ジェーンですか?あの従者が?」
「何を今さら」
将軍が呆れたように言ったが気付かなかったのだ。
男と二人きりの部屋にジェーンを何回泊まらせただろうか。
しかもアレクの話だと二人はすでに・・・。
「も・・・申し訳ありません・・・・・ジェーンは・・・ジェーンは・・・」
ダスティは将軍の顔を見ることができない。
知らないでは済まされない。
自分はジェーンの貞操の見張り役だったのだ。
その責任を果たせていないばかりか宿の部屋数が足りないにもかかわらずグラント殿が従者を一人部屋にしようとしていたので反対したのだ。
そのせいで二人は何度も同じ部屋で寝ている。
ダスティがうな垂れている横でアレクは将軍に、伯爵とジェーンは昨日一線を越えてしまった、と話していた。
一方グラントとジェーンの相部屋では人を殺してしまったという自責の念に駆られたジェーンをグラントが慰めていた。
「ジェーン、私だって何人殺したかわからない」
「でもそれは戦だったからです。私の場合とは違いますから」
「あの不意打ちに剣で返さないと切られていたかもしれない」
「切らずにかわせば良かったのです。父からはいつも気をつけろと言われていたんです、何でもやり過ぎるところがあると。まさか人を殺してしまうなんて自分が許せない」
「まだ死んだと決まったわけではない」
「いいえ、今頃どこかでのたれ死んでいるに違いないわ」
ジェーンがずいぶんと興奮していることに気づいたグラントはジェーンを引き寄せ膝の上に乗せて抱きしめた。
いつまでもこの話に付き合うのではなかったな。
ジェーンは考えすぎると物事を悪い方向に思い込むことがある、と経験でグラントは気が付いていた。
「それでも大丈夫だから少し落ち着くんだ。息を吸ったら、吐いて。そう、吸ったら、吐く・・・」
将軍ら三人がグラントとジェーンの部屋に入ったとき、ジェーンは興奮の状態から脱し、グラントの膝の上って落ち着くのね、としみじみ感じていたところだった。
そしてグラントが弁明し、アレクが謝罪するという顛末となる―――――




