ケイン ジェーンとの出会い
主にケイン側からの話になります。
俺の耳元で
「さよなら」
ジェーンの声がした。
「ああ」
そう返すのが精一杯だ。
そうか、もう俺と王子には会わないつもりなのだ。
ウエストコートランド伯爵の領地は国の西端の辺境でジェーンが嫁いでしまうと滅多なことではもう会うことがないだろう。
第二王子の意向を汲み、さりげなく広がった噂によって王都に集まる貴族でジェーンと結婚しようというやつは出て来ない。
それをいいことに腰抜けマイルズはジェーン本人にはっきりと自分の気持ちを伝えないままで何とか結婚に持ち込もうとしていた。
子供の頃とはいえマイルズ王子が数年前にしたプロポーズでは、きっぱりとジェーンに断られていた。
「私より強い人でないと結婚はできません。私の結婚の条件、第一項です」
悲しいかな、マイルズに剣の才能はなく練習をしても上達の見込みはなかった。
ジェーンを超えるには程遠く。
人間向き不向きはあるのだ。
マイルズも早々に気が付いて出した答えは
「私自身が強くなくても私の護衛の剣の腕は一流だ。つまりある意味私は一流の剣の使い手なのだよ」
「・・・・・」
どのみち無理だったのだ。
だいたい愛妻家で子煩悩、家族第一の将軍が婚姻の噂だけが頼りの男とそれを嫌がる娘の結婚を認めるわけがない。
第二王子とはいえ例外ではなかった。
そんな生っちょろい考えだったから、滅多なことでは王都に来ることのない辺境の伯爵にジェーンをあっさりと奪われたのは当然ともいえた。
見るからに強く逞しく頼れる男、という容姿のグラントはジェーンにとって理想の相手だったに違いない。
なのに。
頬に手を当てながら
「今のキスはどういうことだろう。あきらめるな、ってことかな」
久しぶりのジェーンとの接触に舞い上がっているのはわかるけど。
「別れのキスだったじゃないか。もういい加減あきらめろよ」
王子に対して言う言い方じゃないのはわかっているけどつい言ってしまった。
学校を卒業してからは意識して丁寧なしゃべり方をするよう気をつけていたのに。
他のことでは頭が切れるのにジェーンに対してだけ往生際が悪くいつまでも未練がましい姿は何とも悲しすぎる。
確かにマイルズだけでなく俺の初恋の相手もジェーンだった。
もちろん昔の話だがあの頃に何度戻ったとしてもジェーンに恋をするのは間違いない。
出会いが出会いだけに―――――
領地が王都のそばで侯爵家の跡取りの俺と王都近郊に住む将軍の子息であるウイリアムは社交シーズンの間もシーズンオフの間も王都の近くに住み年間を通して会える同い年の男児という理由で王子の遊び相手として選ばれた。
選ばれた後にわかったことで一つ問題があったのがウイリアムのことで、ウイリアムと一緒に何かをしようとするならウイリアムが住む将軍の屋敷に行かなければならない、ということだった。
それは王子であるマイルズがわざわざ将軍の屋敷に出向くということだ。
理由はウイリアムが双子の妹のジェーンと一緒でなければどこにも行かないから。
そしてジェーンが王宮に行くとなると他の家の令嬢も呼ばないと公平でないし、そうなると王子と同い年の子供と遊ばせる、という本来の目的から離れ第二王子のお妃選びの集まりになる惧れがあった。
ウイリアムは王子の遊び相手として申し分のない家柄だし、会ってみてもよく気が利き明るい性格なのだがやつの家の者が言うにはそれは全て<そばに妹が居たら>という前提で、もしも黙ってジェーンだけが出掛けたりウイリアムだけどこかに連れて行かれようものなら、すぐに目から涙が溢れ出し、誰が何と言って慰めようとも泣き止まず、最後にはヒステリックになるか、泣き疲れてぐったりとし黙ってしまうかになるのだそうだ。
そんな理由でジェーンは当然のようにウイリアムと一緒に居たし、妹から離れないウイリアムを仲間に入れようとするなら俺と王子は郊外のウイリアムの居る屋敷に出向くことになる。
もちろん将軍の屋敷ということもあり警備については充分で何の問題もないように対処がされていた。
最初ウイリアムの事情のことは知らされず俺とウイリアムの二人が王城に招かれ第二王子と面接を兼ねた引き合わせがあった。
ウイリアムは当たりが柔らかく優しい感じというのが第一印象だ。
マイルズ王子は少し威張っているという印象を受けたもののそれは王子の照れ隠しで王城の庭で三人仲良く走り回ったあとはわだかまりなく打ち解けていた。
あとで聞いた話によるとその時ジェーンは俺たちが遊んでいた庭に面したテラスで侍女とお茶を飲んでいたらしい。
俺や王子は気づくことなくその日、最後までジェーンと会うことはなかった。
社交シーズンが始まると大人たちは社交で忙しく子供にかまっていられなくなる。
夏になったばかりの頃、将軍の屋敷に初めて行くことになった。
王家の馬車が迎えに来たので王子と共に将軍の屋敷に向かう。
そこは王都からすぐの郊外にあったが思ったよりも広く、敷地の中で魚釣りもできるし、虫捕りもできると聞いていた。
魚釣りをしたことが無かったし、虫を捕るのは怖くさえあったが。
驚いたことに王子が出向いたというのにウイリアムの出迎えはなく、すでに外に遊びに出ている、と言われてしまった。
侍女の案内でウイリアムのいる場所まで歩いて行くとそこには池があった。
「この辺のはずなんですが」
侍女が困ったように辺りを見渡している。
俺たちも探しているとドレスを着たままうつぶせで池に浮かんでいる少女が見えた。
「ギャー!!」
叫んだ侍女が一目散に屋敷に駆けて行く。
あ、コケた。
俺と王子は残されたままどうすることもできず固まっていた。
どこからか笑い声したかと思うとウイリアムが大笑いをしながら俺と王子の横に飛び出して来た。
「今の見た?」
すでに侍女の姿は見えなくなっていたが彼女が転んだことを言っているらしかった。
その横では池に浮かんでいたはずの少女が服を絞りながら
「どうだった?」
とウイリアムに声をかけている。
頭から水をビショビショと垂らしながら・・・。
俺も王子も腰を抜かすほど驚いたためしばらく声も出なかった。
ウイリアムによると俺たちが来る前にウイリアムとふざけ過ぎてジェーンは本当に池に落ちてしまったそうだ。
たまたま膝までの浅いところで助かった。
ウイリアムは何年か前、川に人が落ちて死んでいるのを見たことがあるためこの機会にとジェーンがその死体役をやりたいと言い出し、その時の死体の様子をウイリアムの説明を受けながらジェーンが再現している最中にたまたま俺たちは出くわした、ということらしい。
慌てた様子で男の使用人が駆け付けて来て俺たち四人は屋敷に戻った。
屋敷には将軍夫人が居たがジェーンに怪我がないことがわかると優しく、気を付けて、と言っただけで済んだ。
将軍の家でこの程度は怒られるほどのことではないようだ。
思わず王子と顔を見合わせた。
これが俺の母上なら間違いなく鬼の形相で鞭を出して来たに違いない。
ただ助けを呼びにコケながらも屋敷に戻った若い侍女に対し二人はきちんと謝っていた。
泣きながら半狂乱で屋敷に戻った後ひきつけを起こしたため調理場の横で休んでいた。
その姿は子供の俺でさえ気の毒だと思ったものだ。
ジェーンの着替えが終わったあとに正式に紹介され俺と王子はジェーンとの初対面の挨拶を交わした。
そしてそのままジェーンとウイリアムから何事も無かった様子で将軍の屋敷を案内された。
次の週から夏の間たびたび将軍の屋敷に遊びに行き、やがて週のほとんどを将軍の屋敷に泊まるようになった。
午前中、王子付きの家庭教師から四人揃って授業を受け、午後家庭教師の昼寝の時間に遊び、夕方また少し勉強をするのだが四人だと楽しかったし、張り合って学ぶことで家庭教師も機嫌よく授業をしているように見えた。
午後の遊びの時間は暑さを気にせず外に出掛けたものだ。
俺たちのお気に入りの遊びはお姫様救出ごっこだ。
ジェーンが囚われのお姫様でウイリアムはジェーンを捕えている敵の大将役と決まっていた。
王子はお姫様を救出する騎士役だったがいつもウイリアムを倒すことができない。
もちろん剣は本物でないばかりか拾ったただの棒だった。
これが直に体に当たるとなかなか痛い。
王子はへっぴり腰でいっこうにウイリアムを倒せずそのうちにいらいらし始めた囚われの姫が騎士である王子の棒を奪い取るとウイリアムと戦い始める、ということが毎回起こる。
俺も騎士役だがはたからその様子を見るほうが面白かった。
何よりこの遊びを今まで二人でしていたというジェーンとウイリアムが戦いだすと剣舞のようになって美しい。
最終的には戦いに飽きたジェーンがウイリアムの弱点を集中的に狙いだし、ウイリアムが半泣きになって終わる、という流れで終了だ。
将軍の屋敷内にある果樹園にもよく行った。
果樹園では果物を何個採ってもいいのだが採った果物は責任を持って食べる、というルールがあった。
そのためよく見極めて甘そうなのを選ばないといけなかった。
夏の終わりは梨で、梨は皮が付いたままでは食べられない、と王子が言うとジェーンは持っていた袋からナイフを取り出すと上手に皮を剥いた。
「僕の皮も剥いてよ」
とウイリアムが美味しそうな梨をジェーンに渡す。
もちろん俺のも剥いてくれる。
木の上のほうに生っている実が美味しそうに見えるのだが登らないと取ることができない。
四人の中で木登りが一番上手なのがドレスを着たジェーンだった。
枝に引っかからないようにドレスをたくし上げてさっさと登る。
王子は高所恐怖症だと言って一度も登らなかった。
「木登りは登るより降りるのが難しいのよ」
そう言ってジェーンは上のほうからジャンプして降りる。
スカートがふわりとして下着が見えた。
釣りも四人共通でお気に入りの時間の過ごし方だった。
最後の夏も敷地内にある池で釣りをした。
以前ジェーンが浮かんでいた池だ。
その日は思っていたよりたくさんの魚が釣れたので料理人のところに魚を持って行った。
焼いてほしいと頼むのはジェーンだ。
料理人は大きいのが釣れましたねぇ、と感心しながらすぐに炭を熾し始めた。
「僕じゃこうはいかないんだ」
とウイリアムが残念そうに言った。
魚が焼けるまでの時間に、実はさ、とウイリアムが告白を始めた。
以前にも少し聞いた話だが俺たちがここに来るようになるさらに数年前ウイリアムが一人で川に遊びに行ったとき死体を見つけてしまったこと。
そのときからジェーンと一緒でないとどこにも出掛けられなくなったこと。
夜、目をつむるとその死体がまぶたの裏に現れて夜泣きしてしまうこと。
おねしょもするようになってウイリアムの母上に呆れられたこと。
隣りのベッドで寝ているジェーンが泣き止むまで抱きしめてくれること。
「それがジェーンが死体の役をした時から目をつむっても出てくるのはジェーンで、今ではおねしょもしなくなったんだ」
ちょっと恥ずかしそうに、だが自信を取り戻した、という顔をしていた。
この告白を聞いたのは俺だけだった。
その頃マイルズは近くにある台からジェーンと交互に登ってはそこからジャンプをする練習をしていた。
「木から降りるときのジャンプを教えて欲しい」
我ながらうまい理由を考えたものだ、とほくそ笑む。
ケインに知れると、木に登りもしないのになにがジャンプの練習だ、と言われるに決まっている。
ジェーンが飛び降りるときにちらりと見える下着をマイルズは一人こっそりと堪能していた。
ケインに告白したことを機にウイリアムはジェーンが同行せずとも王宮やケインの家に行くようになり、夏が終わると同時に三人は寄宿学校で会うのだった。




