仮面舞踏会
剣の練習が終わり帰ろうとすると第一騎士隊にいるケインが私を待っていた。
マイルズのことをまだ言ってくるつもりなのかと思うとはっきり言ってうんざりした。
「何の用?」
「冷たいな。もっと友好的にできないか」
ケインはそう言うけどそういう気持ちを持てなくしたのはそっちのせいよ、と思う。
ただし予想とは違い、父のことを聞いてきた。
「このところ将軍が宰相のところへずっと通っているけど何か深刻な話があるのか知りたいんだ。うちの隊長が心配してる」
「知らないわ。私は女だしお父様は仕事のことは家であまり話さないの」
と言ってから、あ、私の結婚式の相談だ、と気がついた。
父は国の将軍で軍の最高責任者だ。
王都を個人的理由で長期間離れるための相談をしているのに違いなかった。
「それに少し前、将軍のところへ見知らぬ男が何度も通っていたらしい」
これはグラントのことだろう。
全く誰が見ていたのやら。
母がグラントの領地に向けて出発し、一ヶ月が経つ。
私もいつでも行ける準備はしていた。
準備と言っても父とグラントの三人で馬で行くためのもので万一に備え野宿の用意や非常食、他には雨具も必要で備えていた。
身、一つで行けばあとはお母様がやってくれる。
しかしこれも結婚に向けての楽しさがない理由の一つだった。
昼間ケインに会ったときのことを言おうと父の執務室に行くとお父様は封筒を私に渡してきた。
舞踏会の招待状で、独身最後の記念にグラントと踊ってきなさい、と言う。
見れば仮面舞踏会の招待状だった。
「決して目立たないように。彼とは一、二曲踊ったらそれ以上は踊らないこと。顔をちゃんと隠すこと。仮面を外さないこと・・・」
・・・など約束事がある。
でもさすがお父様、気付いていたのだ。
婚約中だというのに何の盛り上がりもないこの状況をつまらなく思っていたことを。
なんだか、元気が出た。
仮面舞踏会なんて本当にあるのね。
お父様からの気遣いは少し恥ずかしいけどいつも的を得ていてうれしい。
ケインのことは伝えたけれど、そうか、と言われただけだった。
封筒を手に部屋に帰った私の頭の中は衣装のことだけだ。
私に渡すかどうか悩んだのだろう、パーティは二日後と急だ。
今からドレスを仕立てるなんてとても無理。
あまり地味でも目立つんじゃないかしら、お母様やお姉さまが残したドレスで何かないかしら、と考える。
仮面はお父様が用意してくれる、と言っていた。
そしてあっという間にパーティの日となり、仮面舞踏会が開かれた屋敷に着くとなかなかの大盛況ぶりでたくさんの人で溢れていた。
中には仮面をしていない人もいたけど気が向いたときにいつでも付けられるようにいろいろな場所に仮面を飾ってある。
もちろん、こだわって参加をする人は衣装に合わせて特注の仮面を自分で用意する。
私のドレスの色は紫で未婚の娘は着ないデザインであり体のラインが出るものを選んだ。
結婚前の娘が着るにはちょっと不向きなのでこれならかえって誰も私が着ているとは思わないだろうと選んだ。
これは母のクローゼットにあったのだけど着ているのを見たことがないから多分作ったものの気に入らなかったのに違いない。
ドレスは少し手直ししただけでサイズはぴったりとなったし仮面も紫でお揃いとなった。
仮面は顔の半分以上が隠れるほどの大きなもので重さはあまり感じないものの顔にかかる鳥の羽がなんとも不快だ。
だけど文句は言えない。
気を紛らわせるように会場を見渡しグラントを探した。
ドレスの色を伝えていたのでグラントがすぐに私を見つけてくれた。
グラントは今日も黒ずくめで服装だけ見ると至って普通ともいえるのだが背の高さと体格の良さが目立っていた。
他の人は誰が出席しているか知らないし、仮面をつけているので知り合いかどうかわからない。
でも知らないふりだって出来る。
挨拶をしなくていいし、ふざけて大声の人もいる。
未婚の私が行くパーティより不謹慎で無礼講な雰囲気だ。
それよりもドキドキするのがグラントがエスコートしてくれるパーティが初めてだということ。
ダンスをするのも初めてだ。
彼は思ったよりもダンスが上手だったけど私だってダンスは長年みっちりと仕込まれたことの一つである。
そう思って張り切ったが彼は大柄だしダンス会場では目立ってしまったようだ。
自意識過剰なだけかもしれないがまわりの人たちが、あれ誰かしら、と言っているのが聞こえた。
さっそく父の言う目立たないようにという約束を破っているではないか、と気になってしまう。
結局まだ踊り足りないもののそっとダンス会場をあとにすることにした。
ダンス会場でいるよりも二人でいる時間を優先したい。
「ね、庭の隅で踊りましょうよ。こっそりとね」
グラントを誘うと迷ったようなふうだったけど私が庭に出るとついて来てくれた。
誰もいないところまで来るとダンスの曲は遠くに聞こえるだけだったけどそれはそれで良いものだ。
今、私たち二人きり。
くるくると回りながら踊る私は幸せな気分だった。
仮面をつけていることで何でも平気な気がする。
曲が終わると大胆にもグラントを引き寄せて自分からキスをした。
・・・で、その勢いでグラントに聞いた。
「べろんべろんのキスって知ってる?」
グラントは目を見張った。
「なんだそれは・・・誰から聞いたんだ」
あら、知らないみたい。
「サラとクロエ。食堂の娘さんよ。二人とも知っていて、知らない私はグラントに聞くようにって言われたの。結婚するなら知っていて当然みたいに言われて・・・」
そう言うと
「ああ、そうか、そういうことなら」
安心したような顔をしたな、と思うと同時にキスをしてきてぬるっと何かが口の中に入って来た。
少しして、あ、これがべろんべろん・・・なんとなくわかった。
彼の舌が私の口の中を丹念に探っている。
そして、ぴっちゃぴちゃ、の意味も。
「わかったか」
グラントの声がした。
「・・・ぇぇ」
私の息は荒くなっていて足ががくがくして立っていられない。
グラントが支えてくれていなければ座りたいほどだ。
こんなキスのことを聞いたりした自分が信じられない。
「満足したか」
「そうね、あなたとなら次もこれがいいわ。ね、あともう少しだけ・・・」
まだ大胆な気持ちは残っていて続きをねだってみた。
「ああ、そうだな」
彼はかすれたような声だった。
こんな気分は初めてだ。
この親密なキスがいつまでも続けばいいのに。
なのにグラントはキスをやめてしまった。
「何をしてる」
後ろから声がした。




