婚約中
もうすぐ結婚する。
そのうれしさはあるけどなんか楽しくない。
というかちっとも楽しくない。
姉が婚約している最中は楽しそうだった。
婚約者であったお義兄様はしょっちゅううちに来て姉と手を繋いで庭の散歩をしたり、馬車でむかえに来てどこかに行ったり、二人で乗馬に行ったりしていた。
上の姉のときは庭の散歩をしているあとをウイリアムとこっそりついて行って二人がキスをしているのを見たりした。
横でウイリアムが
「ゲエエ、キスしてる」
と言い出して、あんまりしつこく言うから繁みの中でケンカをしているところを気づいたお義兄様に家の中へ送り届けられた、なんてこともあったけどとにかくお姉さまは幸せそうにしていた。
姉と私たちとは少し歳が離れていたからあまり遊んだ記憶はないものの可愛がってもらっていたとは思う。
ただ私もウイリアムといるほうが楽しかったし父の遠征について行ったりと思い返すと一緒にいる時間はあまり多くなかった。
それでも二人の姉の婚約中のことは覚えている。
結婚の日を迎えるまで使用人を含む家じゅうの誰もがにこやかに姉たちを見守っていた。
それなのに私には結婚相手のグラントと接近禁止みたいなお触れを父から出されている。
使用人だって私がもうすぐ結婚するのを知っているのか知らないのか、とにかく家の中にそんな雰囲気はない。
食堂に行って愚痴をこぼすとサラが、今から何を言っているの?結婚すると夫は妻に対して釣った魚に餌はやらない状態になるのよ、と言った。
結婚前、ラルクはサラを誘いいろいろなところに出かけていたそうだ。
今は仕事に忙しくてそれどころでないし、それどころでないのを一番よくわかっているので文句が言えない。
平民なら恋愛中がそして貴族は婚約中が一番楽しいらしいわよ、と言った。
いや、貴族はだいたい政略結婚だからそれを思うと私は幸せなのか。
クロエは、結婚できるならそれでいいじゃない、と口をとがらせた。
クロエの好きな人は二人がまだ若いという理由でおじ様から結婚を認めてもらえず彼も今遠くにいるのだそうだ。
だけどすぐ近くにいるのに会えない、という不条理に私はイライラするのだ。
なかなか人にはわかってもらえない。
サラは今でもグラントのことが苦手のようで、ねえ、あの人とキスしたの?と恐る恐る聞いて来た。
私の被害妄想のせいでちょっと危なかったけど互いの気持ちを確認できたとき、グラントはキスをしてくれた。
だから、もちろんしたわ、と答えるとクロエが急に身を乗り出してきて、どんなキス?と聞いてくる。
どんなキスってキスはキスでしょう?他に何があるの?
そう言うとサラとクロエは顔を見合わせた。
「べろんべろんのびっちゃびちゃ、よ」
とクロエが言った。
「はい?」
「だからぁ、べろんべろんのびっちゃびちゃよ」
「何を言いだしたの?キスの話をしていたと思ったけど・・・」
そう言うと再びサラとクロエが顔を見合わせた。
「もうじき彼と結婚するのよね、貴族ってすごい。箱入り娘なのねぇ」
クロエはやたらと感心している。
でもサラに
「あんた、あんまり言ってると父さんにニールじゃない人と結婚させられるわよ」
と言われ身震いをしていた。
私も年上ぶって何か言おうと
「サラはともかくクロエは私より二つ年下だしあまり慎みがないのは駄目よ」
と言うと今度は二人から、キスくらいで、と呆れられた。
今サラはどっちの味方なの?
そのあと二人にべろんべろんとは何なのか聞いたけど、父さんに殺される、そう言って答えてはくれなかった。
でもクロエに
「グラントに聞くのよ。べろんべろんよ」
と言われた。
食堂の昼の手伝いが終わってから剣の稽古に行ったけどステイシーは結婚していなくなってしまった上に、第四騎士隊は隊長のオスカーを含め大勢、騎士たちの元気がなかった。
エイダ曰くステイシーがいなくなってから男たちの覇気がなくなってしまったそうだ。
「しかも私が元気をつけようと思って頑張れば頑張るほど男共は、やる気が失せる、って言うのよ。だからジェーンについて行けないわ。ここで男たちを鍛え直すの」
エイダは張り切っていた。




