10.助言
ステイシーが騎士団を辞めると言った理由、それはステイシーがグレンや騎士団から嫌がらせを受けていると思ったからだ。
グレンのことはずっと好きだったし、隊長としても尊敬できるし、あんなに女にモテるところを見ていなければステイシーだってグレンに、好きです、と告白していたかもしれない。
そのグレンがステイシーにプロポーズのようなことを言ってきたとき・・・一瞬にして鼓動が大きく打ち、うれしさに舞い上がりそうになったが何とか冷静でいられた。
酒のボトルをあっという間に半分にしているのに気がついたからだ。
おまけに弟が幸せな結婚をしたのを見てすぐだったので、愛が欲しい、などと欲張った気持ちが出て断ったが本当はすぐ後悔していた。
今は・・・やっぱり断って良かった、と思っている。
だってあれはからかわれただけだったから。
グレンが結婚を申し込んだ次の日から騎士団の男たちは次々とステイシーに結婚を申し込んで来た。
最初はオスカーだった。
オスカーは副隊長で仕事も出来るし悪い人ではないのだけれど女好きで有名だ。
だいたいステイシーはオスカーからいつも見えていないように扱われてきた。
娼館のおとり捜査で、娼婦の役をして欲しい、と言ってきた時もどこかぞんざいな物言いで、君なら客から女として見られないだろうし男が言い寄って来ないから安心して任務ができるだろう、みたいに言われた。
もちろんその通りですけどどうして直接それを私に言うのかしらと、少々傷ついた。
しかも最初の指示は、男と女がねんごろになったところに部屋に入り薬を手に入れろ、というものだった。
ねんごろって何ですか?
聞いたことのない言葉に質問するとオスカーは一瞬言いにくそうにしたがステイシーに説明をした。
無論、速攻でお断り。
あなたが女装してその部屋に入ったらいいわ、と提案した。
そのオスカーがプロポーズをしてきたのは心底驚いたが一応上司だし丁寧に断った。
次に言ってきたのはステイシーよりひとまわり以上年上の真面目な男性でダンという先輩騎士だった。
いつもは無口な人なのに熱心なプロポーズをされ感動すらしたのだがこれで三人目、何かがおかしいとステイシーを留まらせた。
そこから怒涛の二十数人、馬鹿にしているにもほどがある。
内心怒りに震えるほどだがプロポーズをしてくる男たちの表情は至って誠実でひどく熱心だった。
なぜみんなこんなに演技が巧いのか、からかうのに一所懸命だと嘘でも私の心に響くものなのだろうか。
断るのが申し訳ないとその都度思ってしまうのだがこれはグレンから始めたステイシーへの仕打ちなのだとすれば耐えられなかった。
そうだ、ジェーンについて行こう。
弟は結婚をして私のことは必要としなくなった。
こんな騎士団にはもう居られない。
グレンに傷ついてる顔は見せないと心に決める。
にっこり笑って、何もなかった顔をして、退職願いを出すだけだ。
グレンは途方に暮れていた。
なぜ俺の気持ちが伝わらない。
ステイシーはとくに誰か好きな人がいるようではなかった。
もしいるとしたら俺を好きなはずだ、と時々目が合ったときに思っていた。
思い違いも甚だしく、ただうぬぼれていただけなんてどうすればいいのかわからない。
すでに二十人以上がステイシーの魅力に気がついている。
そしてそれを全て捨ててどこか遠くに行くと言っていた。
遠くでステイシーは知らない男を愛するのだ。
気が狂いそうだ。
グレンは今まで誰かを好きになったことがなかった。
それがこの何年かはステイシーを見るたびに心が跳ねるのだ。
そうだ、二度のプロポーズがなんだ、ステイシーを逃すわけにはいかない。
考えた挙句、ステイシーの実家を訪問した。
王都からさほど離れていない場所にステイシーの家はあった。
ステイシーの送り迎えのときに挨拶に来てくれて、二度会った程度の間柄でしかないステイシーの弟のハリーに相談をするためだったが・・・快く応接室に通されたものの話を何と言って切り出していいのかわからない。
しばらく世間話をしたがハリーの顔に、何の用だ?、と書いてあった。
君の姉のステイシーが俺を愛するにはどうしたらいい?
・・・とは聞けない。
これも言いにくかったが二度プロポーズをしたこと、二度とも断られたこと、どうしても諦めきれないことを話した。
ハリーは困ったような顔をした。
そうだろう、と思う。
よく知らない男から姉への執着心を聞かされている、自分でも馬鹿なことを言いに来ているとわかっている。
恥ずかしくなって帰ろうとしたとき、ハリーはグレンを引き留めて話し始めた。
姉は父が死んだとき、修道女になろうか、騎士になろうか、真剣に悩んでいました。
この先誰か困っている人に手を差し伸べたい、そういうことができる道を探していたのです。
もちろん私は騎士を勧めました。
修道女になると結婚できませんから。
月並みですが姉には幸せな家庭を持ってほしかったからです。
父は病に倒れると急に亡くなったので慣れない領地の管理で私は多忙を極めました。
ありがたいことに休暇になる度に姉はここに戻って来てくれて家のことをはじめ、私では気がつかないようなことに気づいたり助言をしてくれていたんです。
私も二年もすると仕事がわかりだしましたし、人に任せられることは任すことにしたので領地のほうは落ち着きましたが姉にはずっと頼っていました。
しかしそれは姉を一人にさせないためでもありました。
姉は一人で行動すると誰かの役に立ちたいと思うあまり、自分のできる範疇を超えてしまうことがあるのです。
常識は人並み以上にあるので意外に思われるでしょうが姉は自分の身を顧みないところがあります。
仕事はチームプレイなのでうまくやっているのでしょう。
領地では姉を知った人ばかりですから姉の親切には親切で応える人ばかりです。
そして姉が出来る範囲のことを頼みます。
ですが王都や知らない土地では姉をトラブルから守る誰かが必要になります。
そのため休暇に姉を一人で行動させないため、この家では姉を必要としているのだ、と言って私は姉を頼り続けていたのです。
そして姉は私が結婚するまで結婚をしない、と宣言をしていました。
だから私は結婚したのです。
もちろん愛する人としました。
姉はそういうのにうるさいのですよ。
あなたに初めてお会いしたとき、あなたは姉に向かない人だと思いました。
あなたは自分のことは全て自分で解決できる大人の男です。
姉はあなたを頼りになる男性として尊敬していると思います。
しかし同時に自分を必要としない人だと思っているでしょう。
そこまで聞いてグレンはハリーに言った。
「それは誤解だ。自分こそステイシーを必要としている」
それでは、とハリーはグレンに助言をした。
何でもいいのです、姉に弱いところを見せて下さい。
私もそうしてきました。
たとえそれが無理やりな話でも姉は必要とされていると感じると側にいてくれるのです。
お気づきかもしれませんが姉は人に頼らずに生きていこうとする人間です。
必要とされていないと気がつくと姉は自然と離れて行くでしょう。
私のように。
グレンの帰り際、ハリーは妻になったばかりの伯爵夫人を紹介した。
自分の学校時代の友人の妹で一目惚れだったんです、と言った。
恥ずかしそうに笑うかわいらしい容貌のシャーロットはどこかステイシーに似ていた。




