9.エイダとステイシーⅡ
「お茶をもう一杯いかが」
しかしエイダは外で家の馬車を待たせていた。
「そろそろ帰るわ。でもその前に一つだけお願いがあるの」
エイダはステイシーの体のある場所を見ながら言った。
「その胸、本物?」
部屋に入った最初からずっと気になっていた。
ステイシーはいつもと違う。
「どうやって押し上げているの?」
騎士の服を着ているときしかほぼ会ったことがなかったので今まで気がつかなかったがショールがずれたところから見える寝間着からはステイシーの豊かな胸の全容がほぼ明らかとなっていた。
「いいえ、何もしてないし本物よ、騎士の制服のときには邪魔だから布を巻いて押さえているの」
「ちょっと触っていい?」
「ええっ?」
一揉み二揉み・・・。
「すごく柔らかいのね」
「馬鹿なことをしているわね、私たち」
「そうね、じゃ、次はこっちから」
そう言うとエイダはステイシーの背中から脇の下に手を入れて後ろから抱きついた格好で胸を揉もうとした。
「何するの?もうだめよ」
二人でキャッキャと騒いだ。
「何をしている」
声が聞こえ、顔を向けるとドアを開けた状態でグレンが呆然として立っていた。
どうやら自分の(下手な芝居の)不安を解消すべくステイシーの結婚の意思を再度確認するために男子禁制の寮に無断で入って来たようだ。
「人を呼びます」
エイダがグレンを脅した。
「すぐだ、すぐに帰るよ」
いつになくひるんだ声を出したがこの場合は仕方ないだろう。
小さな部屋なので何を言っているか聞こえるが一応気を遣って入り口近くまで椅子を移動し、エイダは後ろを向いて座った。
ステイシーの付添いとして部屋からは意地でも出るつもりがなかった。
グレンとステイシーは部屋の奥で話している。
「結婚してくれるんだよね」
「ええ」
「明日になって気が変わったりしないよね」
「ええ」
「エイダは証人になってもらいにくいな」
この前振ったばかりの女だ。
「結婚式は四日後だ。その次の日、国境へ向かう」
「そうなんですか?」
「そうだ。悪いが君が結婚式に呼びたい人には君から連絡を取ってもらいたい」
「わかりました」
「明日、協会に行って話をつけてくる。時間はそのとき聞いてくるから」
「何の時間ですか?」
「結婚式の時間だ」
「ああ、そうですね。はい」
「・・・本当に結婚してくれるんだよね」
「もちろんです」
「・・・それから明日買い物に行って欲しいものは全て買っておいて欲しい。支払いは俺に廻してくれ。仕事の引継ぎで付き合えそうにないんだ、すまない」
「わかりました」
「誰かと一緒に行ってくれ、一人にしたくない」
「・・・?はあ」
「頼むよ、俺には君が必要なんだ、本当だ。言いにくいが、つまり・・・」
「・・・」
キスをしているらしい、とエイダは気づいた。
・・・長い。
エイダは咳払いをした。
「隊長、私、隊長がここから出るのを見届けるまで帰りませんからね」
なんだ、隊長はちゃんとステイシーを愛しているじゃない。
馬鹿馬鹿しくてお祝いを言う気にもならなかった。
とうとう振られたことが確実となったが気持ちはすっきりとしていた。
帰りの馬車でエイダは考えた。
あんな薄い寝間着だから寒いのだ。
そうだ、自分が着ている寝間着と同じものを結婚祝いに送ろう。
分厚いネル地の内側には柔らかな絹の生地が裏地として使われていてエイダのお気に入りだ。
あれなら体の線も出ないはず。
合理的なステイシーは新婚向けの透け透け寝間着を選ばずにエイダの送った寝間着を着るだろうし、隊長はステイシーが分厚い寝間着で覆われていることにイライラするに違いない。
ボタンがたくさん付いているからね。
そう思うとにんまりと口角が上がった。
四日後、急遽協会が発行した結婚特別許可証でグレンとステイシーが結婚式を挙げた。
二人の親族が慌てた様子でやって来て招待客が揃うや否やで式が始まると、出席していた騎士の男が何人か泣いているところが見られた。
式が終わるとグレンは妻になったばかりのステイシーを抱き寄せみんなに見せつけるようなキスをし、男たちの涙をさらに増加させた。
離れたところでそれを見ていたエイダの横にはふてくされた顔をした副隊長のオスカーが立っていた。
グレンと同期のオスカーは明日付で隊長に昇格だ。
「お前も茶番だと思っただろう、グレンのやつステイシーをさらって行った。なにが行きたくない、だ。自分から異動を願い出ておいて」
話し出すと感情が込み上げてきたのか顔を真っ赤にして怒り出した。
「グレンのやつ、同士だと思っていたのに抜け駆けしやがった。ステイシーの弟に会いに行って何か聞き出したんだ。それであんな三文芝居を始めて・・・俺も最初何が始まったのかわからなかったが気がついたときにはステイシーがあいつの妻になると約束してたんだ」
酒場でグレンが泣いたとき、生の玉ねぎのにおいが辺りを充満していた。
いったい何を作っているの?厨房を睨みながらイラッとしたことを思い出す。
そうだ、確かにグレンの芝居は臭い芝居だった、とエイダはくだらないことを考えた。
まわりのあちこちで大の男たちが男泣きに泣いている。
「ステイシーのいない明日から俺は何を頑張ればいいんだ。ああ、ステイシーのおっぱ・・・うっうっう」
自分の半分も美人じゃないと思っていたけどステイシーは騎士団の男たちの心のオアシスだったようだ。
「とりあえず仕事を頑張りましょうよ」
エイダはみんなに明るく声を掛けた。
「エ、エイダ・・・」
横に居たオスカーが泣きながらエイダに抱きつこうとしてきて・・・・・エイダの足元には鼻血を出したオスカーが転がっていた。
「正当防衛ですよ」
エイダは優しく声を掛けた。
注)現代において過剰な暴力は正当防衛にはなりません。念のため。




