7.異動
グレンとのキスのせいでステイシーは眠れなかった。
いつもはおだやかなグレンが怒ったようにキスをしてきた。
逃れようとしたけど、腰を抱かれ、首のうしろを抑えられて動けない。
そのうち熱に飲まれてステイシーはキスを返していた。
長いキスを受けながら、想像していたキスはこのキスとは違うわ、と思った。
ステイシーが夢見たキスとは二人が少し見つめ合ったあとに女の側が<どうぞ>と意思表示をしてはじめてそっと行われる、というものだった。
こんな一方的に荒々しくされるものだとは。
だけど、なんというか、悪くなかった。
眠ろうとしてもキスの記憶がよみがえり、あれは何だったのだろうか、と考えてしまう。
グレンは騎士たちからのプロポーズをけしかけたのは自分ではない、と言った。
諦めないから・・・俺と結婚すればいい・・・キス・・・。
ステイシーの頭の中でキスの記憶がぐるぐると廻る。
そこまで言ってくれたのに。
信じられないというなら今だって信じられない。
グレンとキスをしたなんて。
仕事に行きたくない。
顔をあわせたくない。
お腹は痛くないし、風邪もひいていないけど何か理由がないか考える。
だけど仕事を休んでグレンがここに来たらどうしよう。
でも来なかったら?それも嫌だ。
ああ、休むのは駄目、思わせぶりだし気を引くようなことをしていると思われる。
今日休んだとしても明日は?はぁ・・・やっぱり休めない。
これ以上悩んでも仕方ない、と諦めた。
しょうがない、何もなかった顔で仕事に行こう。
気力と諦めと厚かましさなら持っている。
部屋の小さな鏡に写った顔は眠れなかったのと泣いたせいで目が腫れていた。
水で濡らした布をしばらく当ててみても変わらないし、腫れが引いたかどうかそのうちどうでもよくなってステイシーは騎士の仕事に出掛けた。
隊長は朝早く来ていたようだが急用があると言って出かけている、エイダも体調が悪いと言って休み、だった。
ステイシーはホッとしたものの、悩んだ自分が馬鹿みたいだ、と思った。
次の日からはある程度気持ちの整理もでき、無理せず何でもない顔でいられたが相変わらずエイダは何も言ってこないし、グレンはいつもに増して忙しそうにしていた。
ただステイシーはグレンの顔を見るのも避けていたのでどんな風でいるのかよくわからなかった。
そうこうしているうちに日にちばかりが経っていた。
「実は異動が決まった」
グレンが朝の朝礼で発表した。
第四騎士隊がざわめく。
昨日までそんな話は噂すら全く無かった。
「あー、心配しなくていい、異動するのは俺だ。北の国境警備に就く」
異動は五日後と急だ。
長年北の国境警備の隊長を務めていた人が急に病に倒れ今は王都の病院にいるらしい。
騎士団に比べると気の荒い者が多いので北の国境警備隊をまとめるのは苦労する、と男性騎士たちが話していた。
人を上手く使うことに定評のあるグレンは適任とされたようだ。
僻地において上官不在の期間が長いのは軍の規律が乱れる原因となる、と急な移動となった。
送別会が急遽開かれた。
「別れというのは寂しいものだな、ま、命令だから仕方ないが」
「あんな北の端の何もないところ、いきなり王都からの異動で独り身にはつらいよ」
「気難しい奴らばかりだそうだ、命令に従わない、なんてことないだろうな」
グレンが愚痴っていた。
「俺の知らないやつらばかりだろう、知らない土地で孤立することになりかねない」
「冬はとくに厳しいようだ、あー、行きたくない」
「行きたくない、行きたくない」
何あれ・・・。
エイダは幻滅した。
愚痴なんか言わない人、っていうイメージだった。
優しいのに強い、人望もあるグレンは理想の上司だった、はず。
「あの・・・私、行きましょうか?」
「「「「「えっ」」」」」
エイダを含め、みんながステイシーを見た。
「良ければですけど一緒について行こうかな、なんて・・・」
ステイシーはグレンを見上げている。
「いや、悪いよ、はっきり言って何も無いんだ。ただの荒野と崖ばかりだし女性が行っても何もいいことない場所だ」
「グレン、泣いているの?隊長らしくないわ。一人で行きたくなくても私と一緒なら少しは気が楽になるのではないかしら」
周りの男たちは「反対」「反対」「絶対行かせない」とやかましい。
もちろんステイシーに対してだ。
「君は知っているのか?王都以外の地域で女性を軍は登用しない」
「はい、知っています。あのプロポーズがまだ有効ならいいんですけど」
ステイシーの声が尻すぼみになっていく。
「妻として?」
「ええ、妻として」
「本当に?」
「はい」
茶番だ、エイダは呆れた。
ブーイングの嵐の中、二人は世界を作っていた。
目次名:エイダⅡの中で<ステイシー>とあるべきところが数ヶ所<エイダ>となっていたのを直しています。タグ、増やしました。なんかいろいろすみません。




