5.娼館
注)娼館、麻薬の話が出てきます。
第四騎士隊の副隊長のオスカーは行きつけの娼館の女将からある相談を受けていた。
最近店の女の子たちに美容の薬を試してみないか、と誘ってくる客が数人いてそれが麻薬の売人かどうか判断して欲しい、というのだ。
万が一にでも麻薬のたぐいであれば使ってみてからでは遅い。
最初はただの興味本位でもやがて快楽を求め、薬を求め、狂ったようになる。
そればかりか美しかった女の体は異常に痩せ正気を失った目に昔の美しかった頃の面影はなくなっている、なんてことになるともちろん商売にも支障が出る。
娼館の女将は、もちろんうちの娘たちには誘いに乗らないよう釘を刺しているけど女の側が断ったところで無理やり薬を使われると困る、と言う内容だった。
王都を守る騎士団の副隊長として麻薬の売人の摘発に尽力するのはやぶさかでないが相談の出所が自分の馴染みの娼館なので個人的理由から隊長のグレンには言いたくない。
理由は、<ここにグレンを来させたくない>。
これ以上、グレンが女にモテているところを見たくない。
グレンがここに来るようなことがあれば次に店を使うとき、女たちはグレンのことを聞いてきたり店に来るよう伝えて欲しい、などと言われることは容易に想像できる。
奴が嫌いなわけではないし真面目で責任感が強いところは同期入隊だが上司としてちゃんと尊敬している。
だがやたらと女にモテるのは気に入らなかった。
少なくとも第四騎士隊ではグレンの一人勝ちである。
隊に入った女性騎士のほとんどがグレンのことを好きになり隊長のグレンに認めてもらえるよう一所懸命に仕事を覚え、自信をつける、グレンに告白をしたあと失恋、他の部隊に異動、となるのが常なのだ。
そこでグレンには内緒にし、同じ娼館を使っている騎士が他にいるという女将の証言からその騎士たちに女将が声を掛けるということになった。
あとは同じ第四部隊でも一番地味だが口の堅そうなステイシーにオスカーが声を掛けた。
ステイシーは騎士団に入って四年の第四騎士隊としては異例の長さで残っている女性騎士だ。
地味すぎて第四騎士隊から異動させるのを忘れられている、と内心オスカーは思っていた。
同じ娼館を使う騎士団の男たちはオスカー以外、二十三名が判明し、お互い気まずいながらも今回の捕り物に全員が顔をあわせていた。
ステイシーの役割は目当ての客が贔屓にしている娼婦の部屋まで注文された飲物を運ぶ下っ端の娼婦となり、男が脱いだ服の片づけをしながら証拠を探し、男の相手をする娼婦と協力して薬を手に入れる、というものだ。
つまり横で事が始まる前にさっさと男から薬を手に入れないと大変なことをステイシーは見ることになるのだ。
オスカーからすれば事が起こっているところであろうとなかろうと関係なく証拠を見つけて来て欲しかったのだがいくらただの地味女でも由緒正しい伯爵令嬢である。
すでにそのことでステイシーとは一悶着あってそれは嫌だというものを仕事とはいえ半分オスカーの私的な事情が入っていることがあり無理やりは頼めなかった。
しかしそこでオスカーに誤算があった。
女将の手で娼婦に成りすましたステイシーがかなりの変貌を遂げていたのだ。
ステイシーが騎士の服を脱ぐと女将は、これはこれは、と言って、うーん、と唸ったあと、奥からドレスを引っ張り出してきた。
いつもは邪魔にならないようにきつくひっつめたステイシーの髪はほどかれ女将が娼館の髪結いにゆるくふんわりと結い直すよう言いつけた。
化粧の最後はたっぷりと粉をはたかれ口紅を塗られ香水をかけられてさらには履いたことのないような華奢な細いヒールの靴が用意されていた。
鏡に映った姿を見るとドレスは薄い生地が心もとなく体に張り付いているだけ、コルセットがないのに胸は豊かに主張していてステイシーの体の線が露わとなっていた。
顔に結い残した髪がかかっていて思わずその髪を後ろにまとめようと手をやると女将に
「いい感じで残してあるんだ、さわるんじゃないよ。その髪は男がかき上げてくれるようおいてるんだからね、お嬢さん」
そう言われてさすがのステイシーも泣きたくなった。
一応嫁入り前の貴族の令嬢である。
こんな姿を他の団員に見られるなんてみじめすぎる。
おまけに気がつくと客の指名はステイシーになっていた。
聞いてません、女将にくってかかりそうになるのをなんとかこらえる。
悪いのは全部オスカーだ。
こんなことになるとわかっていたらオスカー曰く、<簡単な仕事>なんて断ればよかった。
ステイシーの強い要望により、どんな変貌を遂げているか別室で待機しているオスカーたちには知らされていなかった。
そのために客がステイシーを選んだと女将から聞かされた時はいったいどんな女の趣味だ、と半ば呆れ、半ば不思議に思ったが、急遽予定は変更された。
結局作戦はステイシーがやけくそで立て、その変更内容は女将を通してオスカーたちに知らされた。
女将が、空き部屋が無いので新人の(ステイシー改め)スパイシーの部屋を用意するまで応接室でしばらく待ってもらいたいと客に説明しその間にステイシーが男の情報を聞き出す、というものである。
もちろん指名を受け損ねた娼婦は大激怒だ。
仕方なくオスカーが次に来たときはその娼婦を指名する、ということでなんとか事は収まったもののいまだ娼婦は女将に文句たらたらで怒っていた。
一方薄暗い応接室は客とステイシーが二人きりでいた。
ステイシーが椅子に座ると客の男がぴったりと引っ付いてステイシーの横に座った。
まわりに椅子がいくつもあるというのに。
「お名前はぁ?」
やけくそのステイシーは強く自分に言い聞かせていた。
隣りでいやらしく笑う男は実は迷子の子供だ。
これは子供、子供・・・。
意を決し、迷子と話しているつもりになって
「出身はぁ?どこに住んでいるのぉ?お母さん・・・いえ、恋人はいるぅ?」
あくまでイメージだ。
客の男はステイシーの手をにぎにぎと握り、隙あらば体を触ろうとする。
その手をステイシーのほうからにぎにぎして自分の体から引き離す。
「あとちょっとが待てないなんて駄目な子ですねっ(怒)」
ステイシーは本気で怒っているというのに客の男はなぜか喜んでいる。
「かわいいねぇ、これ以上待ちきれないよ、スパイシーちゃん。じゃあ、先にここで俺と薬をやろう。
部屋に通される頃にはちょうど良くなってるよ」
何が良くなるのかわからなかったがとにかく男は薬を持っているようだ。
「えーっ、どんな薬ですかぁ?あ、でもぉ、女将さんから薬は禁止されているんですぅ。わたしぃ、興味はあるんですけどぉ。持ってるんならぁ、見たいですぅ」
ちょっと声を鼻にかけるのが特徴のこの喋りかたは最近女子寮付きになった若い新人の侍女を参考にしていた。
最後を伸ばさずに喋るよう何度注意しても伸び続ける、と先輩にあたる侍女がこぼしているのを耳にしていた。
その後その新人の侍女は、この喋りかたは男受けがいいのだ、と言いしまいには、絶対にやめない、ときっぱり断言をしたと侍女たちが噂していた。
そして内心ギャーッ、と思いながらステイシーは頭と手を男の胸に寄せた。
「これだよ、この薬」
男が薬を見せたところでさっと取り上げ感心してみせる。
「えーっ、これですかぁ?本当ですかぁ?使うとぉ、どうなりますかぁ?はあ?エッチな気持ちにぃ?・・・くしゃん!!」
くしゃみが合図となり娼館の用心棒の格好をしたオスカーが、この娼婦は先に予約が入っていた、と言ってステイシーを部屋の外に連れ出した。
ステイシーはオスカーの手に渡された薬を押し付けた。
急いで鑑定して麻薬かどうかを調べ、麻薬なら即逮捕、麻薬でない場合はさっきの薬を返してくれという男に対し女将が口八丁手八丁で誤魔化し、強めの酒と別の娼婦をあてがうことになっていた。
「・・・何してるの?薬だけ受け取って手は離してちょうだい」
オスカーの手がいつまでたってもステイシーの手を離さない。
「苦労している手だねぇ、君の名前は?次来たら指名しちゃうよ♡」
剣タコができている手をさわっているからよ、オスカー、気持ち悪いわ、その喋りかた。
潜入捜査は三日間に及んだ。
薬がらみの男たちも薬に関係ない男たちも客のほとんどがスパイシーを指名するという異常事態の中、不名誉にも<ステイシー作戦>と名付けられた応接室のやり取りの方法でステイシーは次々と薬を手に入れていった。
鑑定した薬の結果は全部黒、つまり麻薬成分が入っていた。
ただしごく微量で娼婦が即廃人、になるほどきついものではなかったが体に悪いことには変わりない。
客の男たちも薬の売人ではなく近くの露店で、男には精力がつき、女には媚薬になる、と言って売られていたものを買い求め、そのまま娼館に持って来ただけだった。
そこで騎士たちは頑張った。
客に薬を売っていた露店を摘発すると芋づる式で薬を調合していた男や、その男に麻薬を売っていた男を逮捕し、さらにはその男に麻薬を売っていた郊外の麻薬工場を見つけることに成功した。
久しぶりの大捕り物にオスカーたちには騎士団と娼館よりそれぞれ金一封が出たためさっそくオスカーはステイシー以外のメンバーと夜の街に繰り出したことは言うまでもない。
ステイシーは用心棒役のオスカー以外の騎士たちに会うことはなく、一体だれが捜査にかかわっていたのか知らなかった。
知らされなかったし、知りたくもなかったからだが他の騎士たちも娼館通いを知られたくないためステイシーの前には現れなかった。
しかしステイシーが奮闘していた応接室には娼館ならではの隠し窓があり、オスカー以外の騎士たちは隣の部屋で手際よく男から薬を取り上げるステイシーの対応とかわいい喋りかた、そして化粧映えした顔にドレスに負けないボディラインを三日間ずっと応援しながら見ていたのだった。
隠し窓から隣室をのぞく騎士たちの話題はもっぱらステイシーの悩ましい胸についてで、あれは本物だろうかと議論した。
そのうち、ステイシーが頑張っているんだ、ここで結果を出さないなんて男じゃないだろう、誰かが言いだした。
そうだそうだと他の騎士たちも同調し、ステイシーが薬を手に入れると一致団結はりきった男たちがてきぱきと動き出した。
娼館の女将は伯爵令嬢でなければスカウトしたのに、と口惜しがった。
度胸の良さ、器量の良さ、見事な身体に加え品のあるたたずまいは王都一の売れっ子になると請け合い、家が没落したらいつでもおいでになって下さいよ、そう言うと謝礼の代わりにとステイシーに女将見立てのお色気ドレスを数枚、今回の記念に、と言って無理やり押し付けた。
このありがたくない申し出も女将の好意と受け取ってステイシーはドレスを手に娼館を後にした。
疲れて部屋に戻ったステイシーはそのドレスを寮の部屋のクローゼットの奥に押しやり、翌日から弟の結婚式のため休暇を取っていたので早々と就寝についた。
こんなに疲れた任務は初めてだった。
娼館で男たちを次々とあしらい薬を取り上げていた姿が忘れられない。
オスカーをはじめとする騎士たちはすっかりステイシーの虜だった。
思えば他のどの女性騎士より優しく接してくれるステイシーはきっといい妻になってくれるだろう。
昼間は貞淑な妻であり、夜は・・・。
こうして休暇明け、ステイシーは次々と騎士たちから結婚の申し込みという被害にあうことになった。




