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         4.1回目

ステイシーが泣きながら走って帰るのをただ茫然と見ていた。

グレンはプロポーズをしくじったのだ。

それも二回。

追いかけようかと思ったがやめた。

二人はステイシーの住む騎士の寮がある宿舎エリアの門の横まで帰って来ていた。

今頃部屋に着いている。

さすがに深夜、部屋まで押し掛けるのは逆効果だとあきらめた。

自分はともかくステイシーの立場が悪くなる。

そして、一回目のプロポーズのことを思い出していた。




あの日―

所用で外出していたグレンは近道になるので宿舎エリアの門から入り宿舎と宿舎の間を抜けて王城内にある自分の執務室に帰る途中だった。


まだ夕方と呼ぶには早く、今日は早めに仕事が終わりそうだ、と思っていた。

午前中やりかけにしていた報告書をまとめれば今日の仕事はそれで終わりだ。

明日は休暇だし久しぶりに自分の屋敷に帰って家でゆっくりするのも悪くない。

この分だとまだ明るいうちに戻れそうだ。


早足で宿舎の建物と建物の間を通ったとき、ふと誰かが歌をうたっているのが聞こえた。

女性の悲しそうな小さな声でどこかで聞いたことがある気がした。

誰の声だろうと気になり宿舎エリアの女子寮の横を通っていたのでひょい、と建物横の庭をのぞいてみる。

そこには同じ第四騎士隊で部下のステイシーがいた。

庭の隅のあずまやに座っている。

いつもの騎士服でなくドレスで座り、小さな声で歌っているようだが建物に反響してグレンのところまで声が届いていた。


何の歌だったか、思い出せない。

近くまで行って

「その歌、何の歌だったかな」

気軽に声を掛けた。

ステイシーが驚いてグレンを見た。

泣いていた。


そういえば今日まで休暇を取っていた。

弟が結婚するので一週間の休暇を下さい、そう言われ休暇届を受理したのは自分だった。

休暇中に何かあったのだろうかとどきりとした。

「今さっき、戻ったばかりなんです。着替える前にちょっとだけと思って」

そう言ってグラスを持ち上げた。


ステイシーは部屋に戻ると寝間着に着替えようと思っていたのでドレスを着ている間に外で弟の結婚のお祝いの続きを一人でしようと思ったのだ。

部屋に一人でいるのは寂しかった。

みんながまだ働いている時間だと思うと少し後ろめたかったが気分としては悪くない。

「父のお酒なんです。五年前に病で亡くなった父の。・・・父の一番の気がかりだった弟のハリーが昨日結婚したのでこのお酒を飲みながら父のことを思っていたんです。実家では慌ただしくてそんな気にならなかったもので」

ステイシーが説明した。

「すまない、歌が聞こえたのでつい声を掛けたんだ」

一応謝ってからグレンはステイシーの横に座った。

ドレス姿で泣いている彼女のそばにいたかった。

いつの頃からかグレンはステイシーを気に掛けるようになっていた。


幼いころから騎士に憧れていました、そう言って入団してきた彼女はいつも控えめに誰かの後ろに立っていることが多い。

決して美人ではないがステイシーの所作はいつも美しく、いつしかグレンの目はステイシーを追うようになっていた。

歩きかた、剣の持ち方、座ってテーブルに手を置くしぐさ、笑い方、目の動き・・・その目で自分を見て欲しい、そう願いたまに目が合うとうれしかった。


ステイシーは休みを必ず実家で過ごすためプライベートでどこかの屋敷で開かれる夜会や昼間のお茶会でさえグレンと会うことはなかった。

平日騎士同士で飲む小さな集まりのときにたまに見かける程度だった。


休みは家に戻り女主人として屋敷を仕切り、後継ぎであるハリーに助言や励ましの言葉をかけてから王都の仕事に戻っているのだとハリーから直接聞いていた。

仕事も休まず真面目に物事に向き合う姿勢に好意を持っていた。

妻にするならこういう人がいい。

これを穏やかな愛情と言っていいだろうか。

第四騎士隊に丸四年、他の女性騎士に比べると長い年数になっていたがそばに置いていたかった。

もちろん誰にも言っていないしできるだけ態度に出さないように気を付けていた。

しかしただ黙って見ていることに限界を感じていたところでもあった。


「何を飲んでいるんだ」

そう聞くとステイシーが少し恥ずかしそうにした。

「ブランデーです、父の酒ですから。もちろんわかっています、女が飲むものではないですよね」

貴族の女性が飲む酒はワインなど軽い口当たりのものが良しとされていたが咎めるつもりはなかった。

が、彼女の父親の酒を飲んでみたくなった。

「一人だと気が滅入るんだろう、君は親代わりでずっとハリーの面倒を見ていたというからな。よし、仕事が少し残っているが俺が付き合ってやろう」

そう言って無理やりにグラスを奪って飲んだ。

「うまいな」

グレンはちょっと驚いた。


「わかります?父の自慢で秘蔵の酒でしたから。あー、はいはいわかりました。一本持って来ます。今日のところはそれを持って帰って下さいね。ああ、せっかく気分よく飲んでいたのに」

ぷりぷり言いながら涙は引っ込んだようで元気に部屋に戻って行くのを眺めた。

あのドレスはサイズが合っているのか?少し短めだ。

そして酒のボトルを持って戻って来る姿に衝撃を感じた。

む、胸が・・・。

地味なドレスはパツパツで鎖骨の上まで襟元が詰まっているのにその下のボタンの何個かがとんで胸元がぱっくりと開いていた。

そのため豊かな胸の谷間が丸見えで、しかも見事な谷間だった。

かなりエロチックだ。

さっき座っていたときは横に居たし、彼女は前かがみで肘をついていたので気がつかなかった。

ステイシーはグレンの正面に座るとブランデーのボトルを差し出した。


「そのドレスは・・・」

思わず言っていた。


「ああこれ、少し小さくて。家の者たちにしばらく結婚式の余韻に浸っていて欲しくて、家の馬車で送ってもらわずに駅馬車を使うことにしたんですけどこのドレスは昔居た家庭教師が置いていったドレスなんです。自分の持っているドレスより地味だし前ボタンで脱ぎ着が楽そうに思って拝借したのがいざ着てみるとサイズが小さくて、一人で着るのが大変だったんです。もたもたしているうちに駅馬車の時間に間に合わなくなっていて他のドレスに着替えられなかったので上からオーバーコートを羽織って駅馬車に乗ったんです。誰も気がつかなかったはずだったのにここで隊長に見つかってしまった、というわけです」

恥ずかしそうに笑うステイシーにボタンがとんでいることを指摘すべきかどうか迷ったがとうとう言いだせなかった。

一旦気付くと目のやり場に困りかなり動揺してしまう。

胸をじっと見てしまいそうだ。


「う・・・歌っていたのは何の歌だったかな」


「子守唄のことですか?うちの乳母のオリジナルみたいなんですけど弟のことを思うとついついこの歌を口ずさんでしまうんです」

まさか聞こえているとは思わなかった、とステイシーがつぶやいていた。

「弟に結婚を先にされてしまったな」

「ええ、でも弟が結婚してからじゃないと私は結婚しないと決めていたので」

「じゃあ、これからは自分のことを考えるようになるわけか」

「そうですね」

ドレスのことで気が動転していたせいもありステイシーが持って来た酒をグラスに注いで、何杯飲んだか覚えていない。

よく考えずに口が動いていた。


「このところずっと思っていたんだ。愛しているかどうかわからないけど結婚をするなら君としたいって。俺のことどう思う?」

突然のプロポーズに目を見張ったもののステイシーは慌てる様子もなく少し考えてからゆっくりと答えた。

「隊長、ボトルを見て下さい。この短時間でお一人で半分飲んでいますから。このお酒はもっとゆっくり飲んで欲しかったのに・・・・・もう、帰ってもらえませんか」

「結婚して欲しい」

「愛のない結婚はしたくないんです。隊長も結婚するなら愛のある結婚をお勧めします」

何の表情も変えずに淡々と言っている。

「断るのか」

酔ってはいたがグレンの耳にははっきり聞こえた。

「はい」

返事をしながらステイシーはにっこりと笑っていた。

「わかった」




グレンはどうやって執務室まで帰ったか覚えていなかった。

とにかく家には帰れない。

・・・なぜならここで寝るから・・・。

服のまま執務室の続き部屋にあるベッドに倒れ込んだ。


夜中咽喉が乾いて目が覚めたとき、意外と頭は冴えていてプロポーズを断られた記憶と、彼女の胸の谷間の記憶が速攻でよみがえった。

そして枕元の水差しの水をグラスに注いで飲みながら、いい酒は悪酔いをしないというが本当だ、と思った。

執務室の机の上には持って帰っていたらしくブランデーのボトルが置いてありその残りの半分を飲みながらやり残した仕事を片付けた。



ステイシーはボタンのとんだドレスを脱ぎながらグレンのことを考えていた。

グレンは途中から明らかに様子がおかしくなっておまけにプロポーズまでしてきた。

ドレスを脱ぐとステイシーの大きな胸がぽろんと出てきた。

身体の他の部分はどちらかといえば細身なのに胸だけ不自然に大きかった。

風船のようね、と言われたことがあり昔からコンプレックスだ。


社交界にデビューしたときもデビュタントらしくおとなしいデザインのドレスを着ていたのに腰をコルセットで締めるせいか胸だけやたらと目立っていた。

侍女に言っても、これでいいんです、うらやましいくらいです、と言われてしまう。

パーティの会場で誰かに挨拶をするときには相手はステイシーの顔を見ず胸ばかり見ている、そんな気がして少しも楽しめなかった。

実際、歳をとった男性は露骨に見てくる人がいた。

年頃の娘としては恥ずかしくただただ屈辱に感じていた。


親戚に付き添われ、王都でいやいやパーティの毎日を過ごしていたが父親が亡くなったと連絡が入り急いで家に戻った。

ステイシーの父は体調を崩したかと思うとすぐに亡くなってしまったのだ。

葬儀が済んでも悲しんでいる暇がないほどにばたばたと忙しかったが王都のシーズンが終わっているのに気がつくとステイシーはホッとした。

次のシーズンからはパーティに出るよう言う人がいなかった。

体調が悪かった父に今年デビューはしないわ、と言ったのに早く結婚するためだ、と親戚と王都に行くことになったのが今さらながら悔やまれる。

こんなことならせめてそばにいたかった。

ゆっくり時間をかけて父親の死を悲しんでいたステイシーは、王都のシーズンにはいい思い出がない、二度と行くつもりがない、と思っていたのに弟に内緒でダメもとで受けた騎士の試験に合格をしていた。

喪が明けてはいないが仕事で王都に行くのに問題はなく今度は王都に喜んで行くのだ。


ハリーは反対をしたが騎士団の休みには必ず家に戻って手伝うと約束し王都に行くことを納得してもらうと、それなら剣を振るときに邪魔そうだから胸に布を巻いて押さえておくといいよ、と助言をくれた。

布を巻くと騎士の制服を着てもすっきりして見えてしかも剣を扱う姿も様になった。

これで胸の問題も解決し、ステイシーは喜んで騎士の仕事についた。

そうやって騎士の仕事をしながら休みの日は家に戻る生活が始まった。


一度デビューを果たしているステイシーはともかく弟のハリーはたまにステイシーの送迎のために馬車に乗って王都に来るのと地方にある友人の家を訪ねる以外領地を離れようとしなかった。

一度くらい王都のシーズンを楽しんだら、と自分のことは棚に上げてステイシーはハリーを説得するほどだったが領地で小麦の品種改良や水路の設計をするほうが性に合うらしかった。

仕方なく弟のために屋敷に近隣の人を招いて時々パーティを開いていた。

自分の屋敷のパーティはステイシーを変な目で見る人はいないためステイシーも楽しめる。

釣りや狩猟を企画するのは得意となったし、弟の友人から弟に好きな人がいると聞いてその家族を毎年屋敷に招待していた。


ステイシーの努力は実りハリーは昨日結婚した。


ステイシーはグレンと話していて途中でドレスのボタンがとんでいることに気がついていたが恥ずかしすぎて知らないふりをしていた。

それに最近流行の夜会のドレスはどれも襟が広く開いていて胸を強調するデザインが主流だったのでこんな地味なドレスから少々胸が見えていても気にならないだろうと軽く考えていた。

そしてグレンからプロポーズをされたのは酒の飲み過ぎに違いないから真に受けて返事をするとあとで恥をかくのは自分だと思いちゃんと断れたことに安心していた。

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