3.2回目
エイダを送るために辻馬車を雇ったが騎士団の寮までたった数ブロックなので帰りは二人で歩いて帰った。
「家の事情とは何か聞いたら教えてもらえるだろうか」
ステイシーの退職願いの理由についてグレンが話を切り出した。
聞かれるだろうと思っていたステイシーは要領よく弟夫婦のことを話した。
「別に追い出されるわけじゃないんです。でもそうするべきだと思って」
「このまま騎士団にいればいい」
エイダと同じことをグレンも言った。
「今の生活から変わりたいんです」
「じゃあ結婚をすればいいのでは?あ、いやこの場合、別に俺でなくてもいいのだが、でもできれば俺と」
グレンは何とか最後にきっぱりと言った。
「ええ、まあ」
ジェーンの結婚のことは最高機密にする、とジェーンに誓ったので差しさわりなく話すよう心掛けた。
「私、結婚はするつもりなんです。王都以外で」
「へっ、なんで王都以外?」
グレンの声が裏返った。
「誰かと会いたくない、とか」
グレンが聞くとステイシーは肯定した。
「まあ、そんなところです」
「俺の知っている人?」
ステイシーはため息をつかずにいられなかった。
「私本当は隊長に怒ってるんですけど」
「俺に?」
「覚えがないですか」
「いいから早く言えよ」
「この前、隊長が私に求婚めいたことを言ったの覚えていますか?その次の日から急に騎士団の人たちが私に結婚を申し込んでくるんですけどどうしてですか」
「え」
ステイシーのところにはグレンが結婚を申し込んで来た次の日から騎士団の男たちが入れ替わり立ち代わりでステイシーに結婚を申し込んで来ていた。
「思い当たりませんか?」
「自慢か・・・」
「まさか違います。名前は言えませんけど二十人くらい、二十人ですよ、次々結婚を申し込んで来たんです。こんな悪ふざけを受ける覚えは他にありません。私、真面目に仕事をしてきたつもりです。それなのにひどくないですか。だから遠くに行ってそこで最初に申し込んでくれた人と結婚するつもりなんです」
しばらく考えていたグレンが口を開いた。
「求婚めいたことって何だ、求婚したんだよ。誰でもいいなら俺でいいじゃないか。何で俺じゃ駄目なんだ。エイダが酒場で怒っていたと酒場の親父が言っていたがエイダが君に何か言ったのか」
エイダが何で急に怒ったのかステイシーにはわからない。
「エイダはただの酔っぱらいです。どうせあなたが振ったんでしょう?ややこしいんで何でもこじつけないで下さい」
ステイシーは適当に言ったのだがどうやら図星だったようだ。
グレンは言葉に詰まっていた。
しかし、と思い直しグレンは言い返した。
「こじつけというのなら君へのプロポーズを、俺は断られたからといって誰かに嫌がらせを頼んだりしない」
「頼まなくても!頼まなくても私が断ったことへの意趣返しで彼らが勝手にやったんだとしても、それはやっぱり隊長のせいだと思います」
いわれのない話にさすがのグレンも口調を荒げた。
「!だ、だいいち断られたことなど誰が言うものか!俺はあきらめないからな、何が遠くに行って結婚だ。それなら俺と結婚すればいい」
そう言うとステイシーを引き寄せて荒々しくキスをした。
キスが終わってもステイシーはグレンの胸の中にいた。
グレンが離さなかったからだ。
「なんで私なんですか」
グレンの胸の中でどうしても聞きたかったことを聞いた。
ステイシーは平凡な顔立ちで茶色の髪に茶色の瞳。
見た目で何か取り柄があるとしても姿勢がいい、とか、歩く姿がきれい、と言われたことがあるくらいでそれは貴族の令嬢として小さな時からの積み重ねに過ぎない。
伯爵令嬢という肩書を除いてしまうと、やや若い女性、という微妙なものしかステイシーは持っていない、自分ではそう思っていた。
一方グレンは告白をされたことがあっても自分から愛の告白などしたことがなく自分の心の内を見せるのはさっきの言いあいだけで充分だった。
これまで何度も言われたことのある、ずっと好きでした、とか、愛しています、の言葉で自分の心が動いたことなど一度もない。
初めて心が動いたのがステイシーだった。
そしてキスをしたことでステイシーを得られたと確信していた。
ステイシーはグレンのキスを最初はおずおずと、途中からは情熱的に受け入れていたからだ。
「あの日、結婚するなら君だと思ったんだ」
グレンは一回目のプロポーズのことを言った。
ステイシーは愛の言葉がないことにがっかりした。
「私、自分のこと平凡だと思うんです。エイダって美人でしょ、比べたら普通だなって」
「美しさは内面からにじみ出る」
「ほら、隊長だって私のこと美人と思っていないじゃないですか」
「そんなことないよ、君には君の美しさがある。そしてそれが私の心をつかんだ」
グレンはステイシーを褒めたつもりだったがステイシーからすると、ただ君を容姿で選んだわけではない、と言われたに過ぎなかった。
さらにグレンの言葉はステイシーの気持ちを逆なでした。
「君は今まで弟のハリーの幸せだけを願っていた。今度は自分の幸せを考えて俺と結婚するのは悪くない話だと思わないか」
「そうですね、これ以上ないお話だと思います」
不満そうなステイシーに気付きグレンはいらいらとした。
ステイシーも疲れていた。
エイダに続いてグレンまで相手にしている。
「もう遅いので早く帰らないと」
グレンは機嫌を損ねた。
「何が気に入らない?どうして欲しい?」
ステイシーは我慢の限界だった。
「他の人に聞けばいいわ、私にプロポーズしてきた人たち二十人以上いる。なんて言ってきたか。言葉にもっと心があった。私を愛している、好きだ、ってちゃんと言ってくれたわ。こんな二十人も続かなければ最初のほうの人で承諾しておけば良かったと思うくらい。グレン、あなたがプロポーズした後でなければ断らなかった」
涙が溢れステイシーは走って自分の部屋に帰った。




