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         2.エイダⅡ

エイダとステイシーは黙り込んだグレンを残して執務室を出た。


「ジェーンと一緒に行くの?」

確認のためエイダはステイシーに聞いた。

「そうよ。あなたもそうだと思っていたのに違ったのね」

「違わないけどもう少し考えようと思っていて」

嘘ではない、行かないと決めたわけではないから、とエイダは心の中で言い訳をした。


エイダとステイシーは同じ第四騎士隊だがとくに仲が良いわけでも悪いわけでもない。

エイダは男爵家の次女だ。

家が裕福で王都に大きな屋敷を持っているのでそこから騎士の仕事に通っている。

一方ステイシーは伯爵令嬢だが騎士団の女子寮に住んでいて休みには家のある領地に戻る、という生活リズムなのでエイダとは仕事以外のつき合いがなかった。


ただ二人は最近ジェーンが通う食堂に料理を習いに行っていた。

エイダはたまに気が向いたときだけ、ステイシーは仕事が午後からの日と休みの日には習ってから家に戻るということにしていた。


動機は同じで騎士団の訓練に備えて、だ。

騎士団では数年に一度騎士に課せられる訓練、というよりも軍隊に属する者としての訓練として数週間に及ぶ野外訓練が不定期に行われていた。

ひとチームの人数は五名から八名の少人数で参加者はくじで決められているという噂があった。

野外訓練をすでに経験したばかりのチームもあればほぼ未経験者ばかりになることもあるという。

ただし女性ばかりのチームやチームに女性が一人きりということはなく、チームの中に二~三名の女性がいるチームか男性ばかりのチームで構成されていた。


エイダはまだ野外訓練の経験がなかったためその時に備えるためだったがステイシーはすでに二度も参加の経験があった。

ときどき思い出すが訓練という名の過酷なサバイバルだった。


一回目、ステイシーは入隊して二ヶ月もしないうちに訓練のメンバーに選ばれてしまった。

全六名のチームでステイシーともう一人レテイという女性騎士がいた。

目隠しをされ馬車に乗せられてから丸一日後、まわりに何もないような場所で降ろされた。

任務は指示された方角に向かい、途中いくつかの指令をこなしてから指定された場所に着くと訓練が終わる、と簡単な説明を受け各自一つずつリュックを渡される。

どこかよくわからない荒野のような場所に隊員たちだけが残され訓練が始まった。


「リュックの中の最小限しか支給されていない非常食は本当の非常時まで温存しなければいけない」

そう話し出した先輩騎士が知った様子で作ってくれるというスープの材料は草だった。

訓練未経験者のメンバー五人に説明する。

「この草は食べられるんだ」

説明しながら自慢げに集めていく。

「これには毒がある。こっちの草と似ているから注意だ」

その自信はどこから来ていますか?その説明はどこまで信用できますか?せめて草とは言わず植物の名前くらい調べていてください・・・

・・・ステイシーの心の声だ。


先輩騎士の手にある草の束にはさっき毒がある、と説明していた草がところどころ混ざっている。

ステイシーは救いを求めるようにまわりの人を見たが興味なさそうな顔で頷いているだけだ。

言うべきか、言わざるべきか、どうしようと迷っていたときレテイと目が合った。

ダメよ、彼女の目はそう言っていた。

先輩騎士の言うことは絶対で反論や意見をステイシーやレテイが言う立場にない。

こんな初っ端から険悪な雰囲気を作ってはいけないのだ。


先輩騎士は川の水を鍋ですくってその中に手でちぎった草を入れて煮た。

貴族たる者一度決めたことを貫く、という家に育ったステイシーは質素に耐える精神を持ち合わせていたがさすがに他の騎士たちと心中する気は全く無かった。

ステイシーはレテイと目で合図をし食べたふりをしてこっそりスープを地面に流した。


夜中に男性騎士たちが腹痛で苦しみだしたときステイシーとレテイはそっとその場を離れた。

見張りは私たちでやろう、と配置についた。

側にいないことで女の優しさを感じてもらえることもある。

見張りの場所が風上で良かったと今でも思う。


二回目はステイシーが独学で野草のことを勉強してすぐ後に野外訓練の命令が来た。

まさかこんなに早く二回目が回って来るとは思っていなかったので驚いたが仕方ない。

ステイシーは訓練の最初の日から最後まで他の騎士たちには決して野草摘みをさせなかった。

あと、獲ったうさぎを一人でさばいた。

他の騎士たちはかわいいうさぎを思い、こんなの食べれない、と言いながら食べていた。


三回目のサバイバルに備え次はスープ以外に何かないかと元軍人の料理教室に通っていた。


ジェーンと違い二人が店を手伝うことはなかった。

そのかわりエイダは父が外国から土産として買ってくる香辛料を、ステイシーは家にあるお酒を時々進呈していた。

その都度店主は黙って受け取った。


先日ジェーンとエイダとステイシーは初めて食堂で三人揃って顔をあわせた。

料理を教わった後ジェーンは誰もいない調理場の隅で二人に打ち明け話をした。

絶対に内緒の話なんだけど、と前置きをして

「私、結婚をすることになったの」

と言った。

二人とも第二王子のマイルズとの婚姻がやっと整ったのかと思い話を聞いていたがジェーンの相手がマイルズでないというのでひどく驚いた。

「どういうこと?」

ジェーンは相手は辺境に住む伯爵だと言い、この事実が他に知られないうちに相手の領地に向かいさっさと結婚をする、と言った。

「ね、一緒に行かない?」

ジェーンの嫁ぎ先では結婚をしたい男たちがたくさんいるそうなのだ。

向こうでは剣ができる女性がいないため一緒に行って剣の練習をしましょう、などと言っている。

騎士に入隊する前から噂を聞いていたジェーンの剣の腕前と二人の実力では話にならないほどの差がありジェーンが練習に来ても相手をしているのはいつも男性騎士だった。

一緒に行ったところで練習相手になれるかわからない。

しかしこのときは二人とも驚きすぎて、考えておく、としか言えなかった。


ステイシーはジェーンと一緒に辺境の地に行くことを決心したらしい。


あまり勧められたことではないが女二人で酒場に入った。

酒場といっても昼間二人が料理を習いに来ている食堂で酒場になった夜も店の主人と娘婿のラルクがいるので安心だ。


「どういう理由で決心したの?」

お酒を注文するとエイダはさりげない調子でステイシーに聞いた。

「理由って騎士団を辞める話?それはうちの弟が結婚したからよ。今まで休暇の度に領地に戻って家の手伝いをしていたんだけどこれからは義理の妹が家の切盛りをするだろうし、家に女は二人も要らないっていうでしょ」

ステイシーが説明した。

「それなら騎士団を辞めなくても寮に住んでこれまで通りの生活をすればいいじゃないの」

なにも辞めることはない。

ステイシーは剣の練習も熱心にしていたし騎士の仕事も真面目に取り組んでいた。

「そうなんだけど私、結婚したいの」

「!誰と?」

思わず問い詰める聞き方になっていた。

「それは向こうに行かないとわからないけど」

ステイシーがひるんだように言うと椅子ごと後ろに下がった。

エイダはすごい勢いで身体ごとステイシーに詰め寄っていた。

「ごめんなさい、その話、参考にしたくて」

謝って元の位置に座り直して話を続けた。

「王都で結婚すれば?」

そう言いながら、隊長以外の人とね、と心の中で付け足した。

「いろいろあって面倒になったの」

少し疲れたようにしゃべるステイシーはいつになくそっけなかった。

それを見たエイダは怒りがこみ上げた。


隊長がどんな気持ちであなたに告白したと思ってるの?

グレンの真っ赤な顔を思い出すとエイダは腹が立った。

隊長があんな顔をするなんて知らなかった。

ステイシー、あなたは隊長に一瞬気を持たせたのよ、なのに面倒って何よ。

手に持ったグラスの中に半分以上残っていた酒をゴクゴクと一気に飲んだ。

酒といってもワインを果汁で割って温めたものでほぼアルコールがとんだジュースのような飲物だ。

しかし、次にエイダが口を開いたときはさっきまでとは口調が変わっていた。

「あー?面倒って?メンドウって?めんどうって何?そんな一言で終わらせるなんてひどいんじゃない?ざっ、残酷な思いをする人がいるでしょうが?」

急に怒り出したエイダにステイシーは驚いた。

「突然どうしたの?」

「あんたがいなくなって悲しむ人がいるんじゃないってことよ」

「まあ、それはそれなりにいるかもしれないわね」

エイダが熱く語りだしたのに対してステイシーは冷静な口調だった。

「私、あんたのことが許せないわ。あー、許せない。彼から逃げ出すなんて」

酒場には初めて来たし、家でも飲んだことがなかったエイダは少しのお酒で酔っぱらってしまう体質だとは自分でも気がついていなかった。

「ねえ、どうしてあなたが怒るの?それに声が大きいからここではこれ以上話せないわ」

客の男たちが話を止めてまで二人を見ていた。


ステイシーは困った。

そして大きなため息が出た。

さっきまで怒っていたエイダが今は寝てしまっている。

どこに住んでいるのかステイシーは知らない。

自分の寮に連れて行くにしてもどうやって彼女を運んで帰ればいいのだろう。

すでに店は客でいっぱいで忙しそうな店主とラルクには頼めない。

仕方なく第四騎士隊に連絡を取ると隊長のグレンが仕事を切り上げてやって来た。

「彼女、すぐに酔ってしまって」

ステイシーが説明をすると

「いくら騎士団に所属しているとはいえ女性が夜に二人だけで飲みに出るのは感心しないな」

機嫌が悪そうに言いながらグレンはエイダを肩に担いだ。


「エイダを家まで送るので一緒に行って欲しい」

グレンがステイシーに言うとステイシーは、もちろんです、と言って承知した。

男一人で酔った女性を送るのは外聞が悪い。

その点、同僚のステイシーが一緒だと安心だ。


辻馬車を拾って三人で乗る。

エイダが小さくいびきをかき出すと機嫌の悪かったグレンと困り顔のステイシーの気持ちがほぐれ顔を見合わせて笑った。

「すまない、君だけが悪いんじゃないとわかってるんだ」

グレンが謝ってきた。


馬車はすぐエイダの屋敷に着いた。

酔いつぶれたエイダを玄関で執事に引き渡しながら潰れた事情をステイシーが説明した。






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