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ジェーンの後悔

私はグラントに会っても、結婚式の用意で忙しくてすみません、と謝って挨拶も早々に母親たちの待つ部屋へ戻って行った。

忙しいのは本当だが二人でちゃんと話したことがないので時間を作って会いたかった。

家族のことや領地の話、彼が何が好きで何が嫌いか、何も知らずにいる。

それにしても何であの時、彼がプロポーズをしてくれた時、あんなに元気に「はいっ!」って言っちゃったのかしら。


あの後、彼と話がある、と言ってお父様がグラントを父の書斎に連れて行ってしまった。

私は着替えるために部屋に戻ろうとしたところすごい顔をしたお母様が私の前に立ちはだかった。


母の部屋に呼ばれ開口一番、

「どおーしてあぁんなに元気なお返事をしたの!」

と言って怒られた。

最近険悪な関係にあった母だが私を部屋に呼んでまでどうこうと言われたことは今までなかった。

気に入らないことがあると不機嫌なことを隠そうともしないが呼ばれて怒られるのは剣の練習で怪我をしたときだけだ。

少々怪我をしようと今日私に怪我をさせたのは父と私の婚約者になった人だから問題ないのでは?と思ったが母はこうなると止まらない。

「だいたい自分より強い人でないと嫌だなんて言ってるからこんなことになるんです。彼も彼だわ、あなたが試合を挑んだのは仕方がないにしてもちゃんと日を改めてプロポーズをするべきだったわ」

母は自分の部屋の鏡を指差した。

「見てごらんなさい、あなたのその恰好!全くか弱い女性に容赦のないったら」

本当だ、何度かこけたせいで服も髪もぼろぼろになっていた。


私は父からグラントと試合をして勝ったら彼にお前と結婚の意志があるか確かめてやろうと言われていた。


彼が毎日食堂に来ているのはもしかして私に気があるのではないかしら、とは思っていたけど父が私にグラントとの結婚話を持ちだしてくるとは思わなかった。

この一週間というもの彼の話ばかり父にしていたのは確かだけど結婚に結びつけてくるなんて。

彼がどんなにすばらしい人であろうとそんな簡単に決められるものではない。

そもそもどこに住んでいる貴族なのかとか爵位も知らなければ歳や家族構成も知らないし、話したことすらない。

彼は私が働いている食堂に来てご飯を食べて帰るだけのお客の一人でしかないのだ。

しかし父がグラントとの結婚の話を出した途端、急に私の心が決まった。

そうだ、結婚するなら彼がいいわ。

今までそんなことを思った人は一人もいなかったけど彼なら私の思っていた通りの人だと気持ちがすとんと腑に落ちた。

私が食堂で働いていたのは彼を見つけるためだったのだと。

彼はいかにも剣の腕が立つように見えたけど私の気持ちが決まった以上、負けるわけにはいかない。


なのに全く歯が立たない。

何度彼にむかって行っても簡単にあしらわれてしまう。

むきになって力任せに行くとその反動で自分がこけた。

まるで大人と子供の試合だった。

だけどどういうわけか彼は試合の後すぐにプロポーズをしてくれた。

試合に負けたことでがっかりしすぎて最初彼が何を言っているのかわからなかったけど、父は笑っているし彼は私の前にひざまずいている。

目の前には大きな緑の石が付いた指輪が差しだされていた。

こんなに強くて素敵な人がこの国にいて、しかも私にプロポーズをしてくれるなんてそんなことある?

「はいっ!」って言っちゃうでしょ、普通・・・


・・・いえ、思い出した。

そういえばお姉様たちのときは


「今日、彼が絶対にプロポーズに来るわ」

と朝から落ち着きがなかったもののお姉様はちゃっかりと準備をしていた。

一見さりげないデザインながら自分に一番似合うドレスを選び侍女に念入りに髪を結ってもらうといそいそと居間で刺繍をして時を待っていた。

そしてプロポーズをされるとさもびっくりしたように「まあ」と驚いてみせ小さな声で恥じらいながら「お受けしますわ」と言った。

間違いない、私とウイリアムはこっそりドアからのぞいて見ていたのだから。


言い訳をさせてもらうと何年も習った礼儀作法の中にプロポーズの受け方という授業がなかったということ。

家庭教師の先生方はみんな結婚していない人ばかりだった。


「そぉんな、どっろ泥で化粧もしていない、ぶっすブスでしかもあのお返事!そっこらへんで走り回っている子供より元気だったわ。「はいっ!」ですって」

母の残酷で的確な指摘は天まで浮かれていた私の気持ちをあっという間に地に落とし、さらに地面へめり込ませたのだった。


こうして彼と会いたいという気持ちとは裏腹にいたたまれない気持ちにさいなまれた私はそそくさと逃げるように彼を避けてしまうのだった。

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