グラント
地方の伯爵である私は祖母の命により王都に、妻になる人を探しに来た。
後継ぎを早急に作れ、と申し渡されている。
十年前に母を亡くし、おととし父を亡くした私は父の葬儀後から祖母と一緒に住んでいる。
祖母は父と母が結婚するとすぐ、温泉で有名な富裕層の保養地にある別荘を父に買わせてそこに住んでいたのだが父が亡くなると、屋敷を取り仕切る手伝いをする、と言ってそのまま私のところに滞在をしている。
手伝いといっても何をするわけでない。
今まで執事に任せていたことに時たま口を出して普段温厚な執事を困らせていた。
祖母の代に仕えていた執事はずっと昔に引退していて今は間違いなく地面の下にいる。
現在いる執事は母が亡くなってから父が雇った者だ。
やんわりお帰りを促しても後継ぎの私が結婚するまでは死ねない、心配だからしばらくここにいるのだ、と言って帰ろうとしない。
私を含め屋敷の者一同、口だけ元気で自分の気分一つであれこれ用を言いだす祖母にそろそろ我慢の限界を感じていた。
そこで父の喪が明け、さらに領地の管理を人に任せられるようになったので祖母の言うとおりに王都に来た。
王都の社交シーズンは始まったばかりでピークまでまだ間があるし、ちょうどいい季節に来ることができた。
馬車で一か月かかる道のりだが馬を乗りついで来たので思ったよりも早く王都に着いていた。
同行者は従者が一人。
何かと気のつく役に立つ男だ。
着いてすぐ、城下で食事ができるところを探した。
我が家のタウンハウスから少し離れた場所に店を見つけたが昼にはまだ時間が早いというのに客でいっぱいだった。
座ってすぐ、離れた席で注文をとる給仕の女性に気がついた。
この食堂の娘だろうか、服装は平民のものに見えるがそれにしても品がある。
そして目が離せない。
髪は薄茶、目は何色だろうか、もう少し近くで見ないとはっきりとしない。
「ご注文は?」
残念なことにこのテーブルには店の主らしい男が注文をとりに来た。
「ここのおすすめは何だろうか」
「今日は鶏に詰め物をしたローストを切り分けたものか、鹿肉の煮込み・・・」
「・・・じゃあ、それと一緒にビールを私と連れに頼む」
あまりじろじろと見すぎたのだろう、娘も気にしだして時々目があう。
店主とは似ていなかった。
たとえば没落貴族が娘を働きに出しているなどということはあるのだろうか。
結局彼女と話をする機会は訪れなかった。
食事の後、店主に勘定を払いながら
「あなたの娘か?」
と聞いた。
店の主人はむっとした顔になったが私の顔をまじまじと見ると、勘定を受け取りながら
「そうですよ、一人はね」
と言った。
何人も居たのか、と思ったがすぐ
「あの娘のことはこちらでお尋ねになって下さい」
そう言って名刺を出してきた。
給仕が数人いたのなら一人にしか気づいていなかった。
確かめるため振り返ろうとすると、うちの娘は今日は厨房に居たんですよ、と言った。
店主が釣りを出してきたが断って店を出た。
そういえば食べたものについて味をよく覚えていなかったが帰り道従者が、美味しかったのでまた行きたい、と言った。
午後からは行くところがあった。
亡くなった父の妹で祖母の娘のところ、私にとっては叔母に会う予定になっていた。
祖母と叔母は性格的にあまり合わないようだ。
私は昔父と出かけた際に叔母の嫁ぎ先の領地の近くを通ることが何度かあり、その都度挨拶に屋敷に寄ったため面識はあった。
今回、叔母には私の結婚相手に良い娘がいないかを聞きに行くのだ。
叔母は夫が亡くなって息子が田舎の領地を継いでからは王都に娘と住んでいた。
私の従妹にあたる娘はウィルマといって年頃だが祖母に、くれぐれも押し付けられるんじゃないよ、と念押しをされていた。
ついて早々叔母に私の結婚相手のことについて話すと
「少し早ければウィルマがいたんだけど」
と残念そうな顔をした。
「子爵位で良い方がいて是非に、というものだから二ヶ月前に婚約をしたのよ。お母様にはそのことを手紙に書いて少し前に送ったんだけどまだ届いていないのね」
心より祝辞を述べた後、叔母がお勧めという年頃の令嬢について何人かの評判を教えてくれた。
叔母は良かれと思っていろいろ言ってくれるのだろうが会ったことがない人の話を長々と聞くのはなかなか大変だった。
今日はどこに泊まるのか、と聞くので、王都に持っているタウンハウスを管理人に開けてもらっている、と答えた。
しばらくそこにいるのならパーティの招待状をいくつか送るように頼んでおくわ、と約束してくれた。
お礼を言って帰ろうとしたがふと思いだし昼間食堂でもらった名刺の主のことを聞いた。
もらった名刺にはこの国の将軍であり父の存命のときに領地で会ったことがある人の名前があった。
もちろん名刺のことや食堂の娘のことは叔母には言わずに聞いた。
叔母の話では、将軍のところなら四人のお嬢さんのうち上のふたりは嫁いでいて、一人は婚約間近、もう一人はまだ小さいはずだわ、と言った。
ではあの娘は誰だろう。
非嫡出子だろうか、それなら辺境に連れて行きたいと言ってもすぐに了承してくれるのではないだろうかと思った。
昼からずっとあの娘のことが頭から離れない。
叔母の屋敷から戻りながら彼女のことを聞きに将軍のところに挨拶に行こうと決心をした。
いつ届くかわからないパーティの招待状を待つよりも早く彼女のことを知りたい。
すぐにタウンハウスに戻り、従者に将軍の居場所を調べてくるよう申しつけることにした。
将軍の居場所はすぐにわかったらしく戻った従者が、王都の屋敷に今なら居るそうです、と言った。
一応先触れは出したが急な訪問だったのにもかかわらず将軍はにこやかに対応してくれた。
「貴殿とは久しぶりであるな」
父が健在であった時に領地に訪れた際のことを覚えていてくれた。
一通りの挨拶と近況を述べたが話に一区切りがついたところで食堂で渡された名刺のことにふれた。
「ということは娘を見初めたということかな」
やはり将軍の娘なのか、と今回王都に来た理由を話した。
継いだ領地の管理や見回りに追われていたがようやく落ち着いたこと、領地の管理人に任せられるように指示が終わったこと、祖母から早く結婚するよう急かされていること、などを話したが
「町の食堂の給仕をしていた娘を貴殿は王都到着すぐに見初めたというのか、しかも娘とは一言も話していないのだろう」
将軍は疑問に思ったようだ。
「そうです」
なぜかは自分でもわからない、強いていうなら直感とでもいうのだろうか。
「何度か食堂に通ってから改めてお伺いしたほうが良いのであればもちろんそうします。今日は自分でもよくわからないうちに将軍にお会いできているという状態なのです」
汗がでてきた。
勢いに任せてここまで来たが焦り過ぎていたのだ。
「彼女の立居ふるまいに品があって目が離せなくなったといいますか・・・」
青臭く、一目惚れです、とも言いにくい。
だが彼女のことに決着をつけなければこれからいくらパーティの招待状が届いても他の女性のことは目に入らないことになると思った。
だからここに来たのだ。
「そうか、貴殿なら悪くないな」
将軍はひとりごちている。
「しばらくその食堂に通うといい。貴殿の気持ちが固まれば娘を紹介しよう。無論、結婚は娘が承諾する相手でなければならない。それが我が家の方針なんだよ。あー、その前に貴殿はひと試合しなければならないだろう」
誰との試合が待っているというのだ?
試合とは何か聞いたが詳しく説明するのは待ってほしい、と言われてしまった。
そして将軍と今日会ったことを娘には試合の日まで内緒にしておくようにとのことだった。




