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ハルと押しかけ伴侶

『よろしく、ワラビ』

「どうしてですか。私の名前はワリュランス・ビュナウゼルです。あなたは伴侶の名前を呼ぶに値しないというのですか」


何事も始めが肝心だぞ、と握手を求めたが、泣かれた。ワラビは泣き虫である。売られたのであればそれもいたしかたない。私としても世界に売られて泣きわめきたいが踏ん張っているので、慰める元気はない。むしろ慰めてほしいくらいである。

疲れれば泣きやむだろう。

私はとりあえず、荷物の整理をすることにした。割れた卵、スマホ、ノート、筆記具、つぶれた弁当、財布……。ひとつずつ取り出して机の上に並べる。

うん?がまぐち財布がない。


『ワラビ、私の財布はどこか知らない?』


ノートにがまぐち財布の絵を描いて見せる。絵心のなさに打ちのめされたが、どうやら伝わったらしい。ワラビは絵を指差し、天井を差した。

上には何もない。


『だから、これ。どこにあるか――』


扉の外で怒鳴り声がした。この剣幕は危険な感じだ。出てったとたんに殴り倒されるパターンである。呼ばれる声に玄関へと向かうワラビの袖をつまむ。


『いや、これは居留守がいいよ』


ワラビは私を見下ろして髪を撫でた。


「大丈夫です、ハル。たとえあなたが私を伴侶と認めなくても、私にとってあなたは伴侶。ちゃんと守りますからね」


よくわからない笑顔で、ごまかされた。怖い、が怖いものこそ見たいものだ。ホラー映画を一人で見れないけど、見てしまうのと一緒だ。ワラビの背中にくっつきながら、玄関へ向かった。

扉の外にはおばさんがいた。あの怒鳴り声はこのおばさんのものだったらしい。

おばさんの手にはがまぐち財布があった。拾って届けてくれたのか。親切な人である。怒鳴っていたのではなく大声で呼んでいたのか。言語の壁はなかなか難しい。


『ありがとうございます』


頭を下げて手を出せば、変なものを見るような目で見られた。

ワラビが一歩前に出た。


「どうされたのですか、何かありましたか」

「あんたが昨日この家を買ったときにくれたこれだけどね。どこへ行っても売れやしない。これじゃ、この家渡せないね」


おばさんはがまぐち財布を手の中で振り回した。人の財布を手の中で振り回すなんて。抗議したいが、どう見たっておばさんの方が強そうだ。私は口の中で唸るしかない。


「そんな、昨日はこれで家を売ってくださるという話しだったではないですか」

「仕方ないよ、売れないもんに価値はない。価値のないものと交換できない。分かるだろう」

「本当ですか。本当にそれが理由ですか」


あれ、そういえば、この財布が私のものだと知っているのは――。ワラビは硬い顔でおばさんを見ている。


『返してください!』

おばさんの手につかみかかった。

「何するんだよ! 離しな!」


勢いよく振り払われた。顔から地面に衝突した。ワラビが何か言っているが、こんなことは日常茶飯事なので、大したことではない。むくりと起き上がった私に、おばさんは視線をそらした。気まずそうだ。


「仕方ないじゃないか。アタシらみたいなのは上から睨まれれば終わりだ。そりゃあんたらに同情はするよ。だけど、サイタリ族の落人と異国の民なんて、厄介事に巻き込まれるのはごめんなんだ」


おばさんは地面に座り込んだままの私を立ち上がらせると、がまぐち財布を押し付けてきた。


「返したからね、昼までには出てっとくれ」


みせ財布とはいえ、今となっては貴重なものだ。すぐに中身を確認する。

ちゃんとあった。

一体あのおばさんは何だったのだ。

ワラビが力なく笑った。


「すみません。偉そうなことを言ったのに。主のお金で勝手に家を買っておいて。家、なくなっちゃいました」


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