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新婚旅行と林檎占い9

「ちが」

「なんだ、俺が一緒に祭りを回れなかったから拗ねているのか? だけど俺だって仕事だったんだ」


 アスタを殺した男は優しい声で言った。

 軽口っぽいその言葉に爽やかなお兄さんは目を丸くした。

「なんだお前も隅に置けないな。だがこんな奥まったところにどうして」


 助けてほしい。せいいっぱいお兄さんにシグナルを送るがお兄さんは気づかない。それでも何とかしようともがくと、私の肩を抱いている手に力が入った。容赦なく関節に指をねじ込んできた。


「極度の方向音痴なんだよ。祭りを一緒に見て回る約束だったんだが。探しに来たのだろう、なあ?」


 ヤツは猫なで声で、痛みに顔を歪めた私の顔を覗き込んできた。お兄さんが見えない。これではヘルプミーの合図ができない。お兄さんから見えないだろう脇腹に固い何かが当たった。それが剣だと分かってしまう自分がいやだ。ヤツは私の耳元に口を寄せると、何かを言うと、反応のない私に眉を寄せた。アスタを殺した人間なんかの思い通りに絶対になってやるものか、私にだってできることはあるのだ。本当は語学習得能力の低さゆえだが、こんな時なのにヤツの思う通りになっていない自分に少しだけ満足する。だが言語能力が低くとも強者の威圧が分かってしまうのが弱者というものだ。ため息をついてこちらを見たヤツの目に思わず腰が引けた。本能なのだ。遺伝子的何かにきっと組み込まれたプログラミングなのだ。言語能力を凌駕する殺気でもない何かに必死にもがくが、もちろん、ヤツに肩を掴まれているせいで、引くこともできない。そしてヤツは私よりも上手だった。悪党ほど賢いと相場が決まっているらしい。


「話を合わせれば命だけは助けてやるぞ」

「ぎゃ」


 下町の子供たちとの触れ合いで、このくらいの悪い言葉ほど理解できてしまう。そして意味が理解できれば恐怖を感じるのが小市民というものだ。しかし現実問題、理解できても伝えることも交渉することもできない。とぼけたふりしてけむに巻く技も、後日検討いたしますも、善処しますも使えない。だが殺人犯に屈したりはしたくない。小市民にも五分の魂というではないか。こうなれば他力本願で申しわけないが本格的にお兄さんを巻き込むしかない。腹に力を込め、お兄さんを見た。

 助けてほしい、そう言うために息を吸い込んだとたん、体に電気が走った。意識が急激に遠のいた。


 ※


 目が覚めた、ということはどうやら生きているらしい。だがどうにも頭がぼんやりしている。このままもうひと眠りしたいと要求してくる怠惰な脳みそに檄をとばし、フル稼働させ記憶を掘り起こす。だが手がかりになるようなことは何も思い出せない。私の周りには箱やら燭台やら家財道具が整然と置かれている。どうやら物置のような場所に放置されているらしい。ヤツの声はしない。ほかの物音もしない。ならば逃げる一択だ。起き上がろうとしたら、床に鼻から激突した。


『なんてやつだ』


 確かに私は海苔巻きを愛している。恵方巻は二種類買って一人海老天とまぐろ尽くしを楽しみたい。だが、さすがの私も人間のりまきは好きではない。というか嫌いだ。どんな言葉を尽くしてでも遠慮させていただきたいが、薄い掛布団らしきもので体を包まれ、荒縄で巻かれた現状ではそんな主張は通りそうにない。ご丁寧に布団の中の手は後ろ手で縛られ、足首も縛られている。雑魚より雑魚な私に過剰評価すぎて涙が出そうだ。一体私はどれだけできる人間だと思われているのだろうか。

 しかもここは暑くて頭がくらくらする。考えがまとまらない。それでも起き上がろうとしてみたが、軟弱な私の腹筋がすぐに反逆してきたため、床に逆戻りした。

 もうろうとした意識の中に足音が入ってきた。頑張って耳を澄ます。


「見られていないだろうな」

「はい、布団にくるんでありますので」

「死んでいないだろうな」


 外で男の人の声がして扉の開く音がした。びたびたと死にかけの魚みたいなことをする元気はない。真夏日は室内でも熱中症になるとヤツにぜひとも教えたい。生きてなんとかしようとしていないのなら無駄な知識なので意味はないが。

 ヤツともう一人編み笠のような帽子をかぶった男が入ってきた。特に服に特徴はない。ヤツより少し大きいくらいだけれど、街できけばこの男の声を判別することは私にはできないだろう。ヤツは編み笠男の命令で動いているのだろうか。


「おい、死なすなよ」


 編み笠男がものすごく嫌な顔をした。いや顔は見えないのだけど伝わってくる空気からビシバシと感じる。そういうものには敏感なのだ。こちらだって好きでこんな汗まみれの顔をさらしているわけではない。臭うのだとしたら、汚れた布団で私をくるんだヤツなのであって断じて私ではない。だが、こうもゴミくずを見るような目で見られると、うずうずする。別に性癖的な何かではない。念のため。

 実行犯より偉そうな犯人親玉は入口近くの桶から水をすくうと私の顔にかけた。かけるというよりぶつけると形容するのがふさわしかったがこの際贅沢はいっていられない。人間水がなければ死ぬのである。だが、ぬるい、ぬるすぎる。放置されてぬるくなった半分お湯のような水ではなく、せめて井戸の冷たい水を汲んできていただきたかった。もちろんそんなことはいえない。


「ありがとござ」


 一応礼儀としてお礼を述べればものすごく嫌そうな目で見られた。損した気分だ。


「日が沈んだら荷物を移す。これも用意しとけ」

「はい」


 ヤツは頷いた。二人はまた出ていった。

 だんだん頭がもうろうとしてきた。そういえば、ワラビはどうしているだろうか。泣いていないといいけれど。

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