新婚旅行と林檎占い3
眺めのいい一等客室の扉を閉じたワラビに私は再び両肩を掴まれていた。
「誰から聞いたのですか?王ですか、それともあの女ですか」
「ワラビ、ない」
がくがくと頭が揺さぶられる。胃から物が出そうだ。窓から見えるのどかな景色がぐらんぐらんと揺れている。
「内密にするという約束だったはず。一体誰から聞いたのです、ハル。答えてください」
さらにがくがく。人間は頭を揺らすのが通常システムではないのだ、と言いたいが言えない。
「聞いた?」
「とぼけないで――嘘をつかないでください。誰からアスタの死因の調査にここに来たのだと聞いたのですか」
忘れることのできない名前を耳が拾った。
「アスタ?」
多分厳しい声になっていたのだろう。
ワラビは手を止めると、ぱちぱちと長い睫毛を瞬かせた。
「えーっと、ハル、何か甘いものが食べたくありませんか?」
取ってつけたように言った。
「ワラビ、話す」
「えっと、何のことですか?」
私は両手で腰を掴み怒っています、のポーズをとる。いくら私だってそんなあからさまなやつに騙されたりはしないのだ。同居人とは対等であるべきだ。両手でワラビの両頬をぎゅっと挟む。
「ハル」
ワラビは頬を染め、ちらりとこちらを見た。思わずワラビの顔から手を離す。
「ハル?続きをしないのですか?」
何かを期待するようにこちらを見てくる。。私の中の何かがアラートを鳴らす。何か変なスイッチ押したのか。いや、違うそうじゃない。
「ワラビ、アスタ言った。何?」
ここへ来たのはアスタのことが何か関係あるのか。ごまかされたりなんかしないぞ。一歩、二歩後じさりながらワラビを睨めば、ワラビは困ったように頬に手を当てた。色気が駄々洩れだ。反則だ。
そういうのはよくないぞ。色仕掛けはよくないぞ。言いたいが語彙がない。
「ワラビ、ダメ。絶対」
なんかどこかの標語みたいになった。自分の情けなさに首を傾げていると、どう受け取ったのか、ワラビが深いため息をついた。
「できれば、あなたには知られたくなかったのですけれどね」
「なに?」
「ハルにはただの旅行を楽しんでほしかったのです」
ただの旅行ではない。慰安旅行だ。慰安は何というのだ。ワラビの手が頭の上に乗せられる。最近ワラビは私の頭を撫でるのが好きだ。猫になったみたいでそれはよいのだが。
「アスタを殺した犯人を捕まえないと、ハルはアスタ殺しの犯人として処刑されます」
「なに?もう一回」
なんか物騒な単語があった気がするぞ。ワラビは苦笑した。
「アスタは死にました」
それは分かる。悔しいけれど。
「犯人がいます」
それも分かる。そんな単語覚えたくもなかったが、覚えてしまった。そこまで言うと、ワラビは持ち運び用説明板を取り出すと人を書き出した。アスタ、犯人と書いてもう一つ人を書いた。
「これがハルです。これが兵士」
ワラビは私だといった人に縄の絵を描いた。捕まっている。え、おかしくないか。これではまるで私が犯人のようではないか。ワラビの深い色の瞳に冗談の色は一つもない。口元だって真一文字。本当、なのだ。じわじわと染みてくるその言葉の持つ意味に息の吸い方が分からない。
「ワラビ、ない。アスタ、こ、ころすは、私ちがう」
原因になったかもしれないけれど、だけど私が殺したのではない。多分、あの男たちの仲間がやったのだ。
「そうです、ですが、犯人が捕まらなければハルが捕まります。私はここにあの男を殺した犯人を捜しに来たのです」
「ち、ちがう。私ちがう。アスタちがう。ワラビ知る」
なんで私が捕まるのだ。ワラビは知っているだろう。証言してくれればそれでいい話だ。
「分かっています。ハル、落ち着いて。私も王もあなたがアスタを殺したとは思っていません」
もしかしてこれは捕まらないために逃げているのか。アスタを殺した人間なんて死ねばいい、と思っていたそれが自分に向けられていると思うと体の震えがとまらなかった。ワラビがぎゅっと私を抱きしめる。
「なにで?」
何で、私が犯人にされようとしているのだ。ワラビの腕の中私はワラビの顔を見上げた。いつもなら耐えられないほど美麗な顔が目の前にあったけどそんなことは気にならなかった。王家の森を思わせる深い緑の髪ごと腕を掴んだ。
「王は即位したばかりです。中継ぎの王。王族の端くれとはいえ、辺境の領主だった王の支持基盤は盤石とはいえません。右腕だった男が殺されたなど足元を揺るがす出来事です。王に反逆する意思のある者の仕業かもしれない。その犯人が分からないということなど許されない。たとえそれが誰であったとしても捕まえる必要があるのです」
「私、ない」
「知っています、ハル。だけどここはそういう国なのです。真実は時に何より無力なのです」
「私、ない」
「大丈夫。必ず私がハルを守ります」
「ですから、無事、この件が終わったら、あの共寝を、結婚してください」
「私、ない」
「ど、どうしてですか。どうしてなのですか。昨日は皆の前で伴侶だと言ってくれたではありませんか」
突然錯乱しだしたワラビに私ははっと我に返った。あまりに髪をなでるワラビの手が心地よくて、少しばかりうとうとしていた。こんな時なのに自分の寝汚さに恥じ入るばかりだ。
長旅の疲れもあったのだ。だがもちろんちゃんとした社会人である。私はぴしっとした顔を作って誠心誠意頭を下げる。
「ごめんなさい。私がんばる、する」
しかしワラビは止まらなかった。なぜか抱き上げられ、ベッドに押し倒される。
「ワラビ、大丈夫。眠くない」
まさかこんな大事な場面で半落ちだったなどといえず、大真面目に申告するが、ワラビは何やら早口でまくしたて共にベッドに横になった。いや、本当、大丈夫だから。私の命に係わる話を先にしよう。というかぜひともそちらを先に。この国の法体系とか刑事罰のあり方とか。もしものときの弁護士の手配とか。そんな存在があるのかも含めてお話を。
「私はハルのことを愛しているのです」
「え?」
それは一瞬のことだった。目の前に緑の髪がある、ワラビの目がある、と思った瞬間、唇に柔らかな感覚が降ってきた。それが何かを頭が処理するより前に、ワラビと目が合った。
「ワラビ?」
ワラビはなぜかはっと息をのむと、傷ついたような顔をして私の肩に顔をうずめた。
窓の外から祭りに来た人たちの賑やかな声や、何かの弦楽器に合わせて歌う声がした。
「分かりませんか、ハル。あなたの国では愛を伝えるときは何といえばいいのですか。何をすればいいのですか。教えてくださいその通りにします。口づける以上の優しい愛を私は知らないのです。これ以上あなたを傷つけてしまう前に、お願いです。教えてください」
吐息が耳に触れてくすぐったい。だけど哀願にも懇願にも似た響きにワラビの顔を見ようと顔を動かすと、見るなと言わんばかりに頭を固定された。ワラビはそのまま私の頭を抱きかかえた。鼻をすする音がした。泣いているのか?
「ワラビ」
私は体の下になってしまった左手を取り出すことを諦めると、自由になる右手をワラビの背中に回した。こんな状態なのに、ワラビは私に体重をかけないように調整していた。背中を撫でる。きれいな女の人の服をいつも着ているけれど、筋肉質な背中は確かに男の人のものだ。くるりとカールした髪に指を這わせる。柔らかくて何度上から下に撫でてもくるり、くるり、となっているのが手触りでもわかる。
「何をしているのですか」
しばらく一ワラビ、二ワラビ、とカールに指を絡め、右の髪を左に移しているとワラビが体を起こした。ぐすり、と鼻を鳴らし恨めし気にこちらを見た。なんかこっちが襲ったみたいな図だと思いながら一応きいてみる。
「ワラビ、私、すき?」
「だからずっと言っているではないですか。愛していますと」
そんな怒ることないじゃないか。クッチャ亭ではワラビの「いらっしゃいませ」に常連客が「愛しているぜ」と言っていたのだ。そんな意味の言葉だとは思わなかっただけなのに。というかそうやって考えると、ワラビお前男からめちゃくちゃモテていたのではないのか。
いや、それより「いらっしゃいませ」への返事だと思ってずっと使ってきてしまった。「おはよう」とか「こんにちは」の変形じゃなかったのか。串焼き屋の店主にも、香辛料を売る商人にも、店へ行くたび言ってしまったではないか。
これまでの自分の所業にのたうちまわっていると、ワラビに両腕で囲まれた。
「なに?」
「いいえ、ちゃんと愛しているが伝わっていると思うと幸せだな、と思っただけです」
「ない!」
何を言われたのかはわからなかったが、妙な気恥しさに枕に顔をうずめた。なんかきらきらして、ちょっと爆発しそうだったのだ。




