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ハル・ヨッカーをぶっぱなせ!ー勘違いが世界をかえるー  作者: 雪野千夏


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たいせつな、もの4

何をするべきか。しないでいるべきか。

とりあえず、アスタを綺麗にしよう。違う国でどう埋葬すればいいのか分からないまま立ち上がった。血に濡れた服を持ち上げる。

甲冑のこすれ合う音と人の声がした。木立の向こうに兵士たちが見えた。


『遅いよ』


今更きたって遅いのだ。アスタはもう死んでいる。

だけど、彼らがアスタの仲間なら、きちんと埋葬してもらえるだろう。経緯を説明したいが、もともと森には来ないように言われていた私がいたらややこしいことになる。それなら、彼らに任せた方がいい。


「ありがとう、アスタ」


膝をついて、アスタを抱きしめた。萌える青葉の匂いに混じって、血の匂いがした。

最期の言葉は絶対に誰にも言わない。


 ※


さすがに、真昼間に血濡れのまま帰るわけにいかず、暗くなってからこっそりと帰ったらワラビがとんできた。


「何があったのですか!」


私の姿を見たワラビは固まった。そりゃそうだ。上も下も、血まみれだ。事件か事故か、と思うような有様だ。


「ただいま」


何でもないふりをして笑おうとして、失敗した。泣かないでいるので精いっぱいだった。

ワラビは痛そうな顔をすると膝をつき、体中を触ってきた。


「怪我は、ないようですが、何があったのですか?」

何がって。

「アスタ……」


死んだ、は何ていうのだ。

そんな言葉、知らない。涙が出た。


「大丈夫、ハル。私がいます。まずお風呂に入りましょう。いいですね」


ワラビはそっと私を抱きしめた。そのまま服を脱がされ、薄衣一枚で初日のたらいの風呂に入れられた。風呂は一人で入るのだ、と頭のどこかはいうけれど、そんな気力はなく、ただ泡立てられた石鹸が体の上を滑るのをじっと見ていた。


「大丈夫、ハル。大丈夫です」


ワラビはそれだけを繰り返しながら、何度も私の体を洗った。

どれだけたったのか、ワラビの声に顔を上げれば、ワラビが心配そうな顔でこっちを見ていた。

寝巻に着替えベッドに座った私の手の中にはお湯の入ったカップがあった。ワラビも着替えていた。ワラビは台所に戻ると、自分の分のカップを片手に私の隣に腰かけた。


「話せますか、ハル」


自分の名を呼ぶワラビの声に、「楠木小春」そう呼んでくれたアスタの声が耳の奥に蘇る。アスタとワラビの声は全然違うのに、ワラビが私の名前を呼ぶたびに、涙の蛇口がおかしくなったみたいに涙が出た。


「いいです。まずはゆっくり休みましょう。ハル、人間はね。一番大事なことはあったかくしてよく寝ることです。他のことは全部それからです」


ワラビは私からカップをとると、冬用ですねと買った毛布で私をくるみ、毛布ごと私を持ち上げた。そのままベ私をベッドに寝かせると、当たり前のように横に入ってきた。


「ワラビ、ない」

「ハル、こういうときは一緒に寝るものです」


さすがにこれはないと抗議したが、柔らかい響きで、断固として譲らぬ、起き上がってはならぬと肩を押された。


「ねえ、ハル。私はあなたの伴侶なのです。どんなことがあってもあなたの味方です。この胸を開いて見せられたらきっと安心してもらえるのに」

「ワラビ、いなくなる、ダメ」


もしも、言葉が分かっていたら、ドン引き確実のことを言ったワラビに、この時の私は抱きついた。寂しくて、寂しくて、悲しくて仕方がなかったのだ。

ワラビは一瞬目を丸くしたあと、今までみたことないくらいの笑顔になった。どんな女性も思わずぐらっときそうな笑みだった。何がそんなにうれしいのだ、と思ったが瞼が重かった。


「ハル、私はあなたが思うよりずっとあなたが大好きなのですよ」


眠りに落ちそうな中、泣きすぎで腫れた瞼に何かがそっと触れた気がした。



翌朝、ワラビは何も聞いてこなかった。いつもはうるさいくらいに何くれと話しかけてくるワラビが静かだと調子が狂う。昨日は自分のことに夢中で考えていなかったが、刃傷沙汰を思わせる事態に、ご主人様とするには、少々思うことがあったのかもしれない。雇い主が夜に血まみれの帰宅なんて犯罪者の臭いしかしない。私がワラビの立場なら絶対関わりたくない。もしかしてこの微妙な距離感はそうなのだろうか。いや、犯罪者じゃないけど。

ワラビの強烈な見た目の朝ごはんを食べながら、ワラビを窺うがその表情からは何を考えているのか分からない。浮気をした夫というのはこんな気持ちなのだろうか。


「ハル、良い天気ですね」

「はい、良い天気です」


日課の会話練習もどうも落ち着かなかった。後ろめたくて妻にお土産を買っていったり、無駄にご機嫌伺いをするという友人の話を思い出す。


「ハル、どうかしましたか」

「どうもしません」

「気になりますか?興味があるなら行ってみますか?」


気まずくてあまりに外ばかり見ていたせいか、ワラビは席を立つと、薄手の外套をとった。ワラビはそのまま外に出るとあまりに目立つので、日中でも必ず薄手の外套を羽織っている。


「なに?」

「今日は新王陛下の即位式ですからね」

「なに?」

「王です。新しい王がたたれるのです」


王!

それは昨日、アスタから聞いた伝言の一部の中にあった言葉だ。それに渡してほしいと言われたのだと思う、多分。後半部分は聞き取れなかったが。


「おー、なに?」

「そんな、掴みかからなくても、そんなに興味があるのなら見に行きましょう。ちょうど、お披露目の時間ですから」


本編で描かれない部分にほんの少しリンクしました。


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