留守番と探検と不穏な影3
妙に興奮状態の雛鳥たちがぽすんぽすんとワラビにのされた男の上で跳ねている。
「で、お前ら一体何をやっていたんだ?」
戻ってきたアスタは、ものすごい顔でこっちを見た。その視線は正しい。
ただ、言わせていただきたい。
私も止めたのだ。そんな不審人物の上で遊ぶべきではない、と。しかし、雛鳥たちは好奇心旺盛だった。気絶した男を嘴でつつき始めたと思ったら、突如現れた遊び道具の上で容赦なく跳ね回ってくださった。飛び跳ねる部分で高さが違うと気づいてからは、無法地帯だ。仰向けの男が気の毒になるくらいのはしゃぎっぷりだった。
私に止められるはずもない。
ケ?
お前は来ないのか、と呼ばれれば、しがない子守要員は行かざるをえない。手近な棒を拾い、一メートルほど離れたところから、男の覆面をめくったところだった。安全確認のためだ。好奇心ではない。決して。
「それ、悪いひと。アスタ、来る」
「悪い人?」
妙な場面を見られた気まずさに棒を捨て弁解する。アスタはいぶかし気にワラビを見た。
「私をあなたと思って襲ってきたのです。随分な手練れのようでしたよ」
「なんだと?」
アスタは眉間に皺をよせた。男の上で足を振り、雛鳥たちを雑に追い払う。私がやったら確実に一斉攻撃されるやつである。
ケケケー。雛鳥たちは抗議の鳴き声を上げるが、反撃する様子はない。
すごい。やはり世の中、力なのか。
私が世の中の現実に黄昏ている間に、アスタは男の懐やポケットを探っていた。男の剣や、靴の裏まで見る。ワラビといいアスタといい、泥棒とかしていたのではないか。動きに無駄がなさすぎて怖い。確認したいが、そうだと言われても対処に困る。うん、見なかったことにしよう。大事なことだ。
小市民は流されるべきだ。
「けがは……なさそうだな。それにしても相当な訓練を積んだ人間のはずなのだが」
アスタは厳しい顔のままワラビを振り返った。
「私はサイタリ族です。伴侶を探す旅の途中には物騒なこともありますから」
ワラビは微笑んだ。二人の間の空気がなんか怖い。二人とも私には優しいが相性が悪いのだろうか。朝とは逆に、アスタのワラビに対する警戒心がすごい。
アスタは深くため息をつくと、こっちを見た。
「なに?」
アスタは斜め掛けの鞄に手を入れるとリドゥナを取りだした。
「約束のリドゥナだ」
「ありがとござ!」
すごい、五枚もある。
「どうやって取ったのですか」
ワラビも驚いた顔をした。
「別に、何枚もとってそのあとで他の奴と交換しただけだ」
「すごい、さいこ、よ、たいしょー」
これで、このセドは勝ったも同然だ。
覚えているだけの賛辞の言葉を並べてみる。ものすごく微妙な顔をされた。どうやら陳腐過ぎて称賛の心が伝わらないらしい。
それなら――。
「だいすき!」
「ハル!」
ワラビが悲鳴を上げ、アスタは目を丸くした。
うん?なんだこの修羅場感は。だいすきは嬉しいときとかにいう言葉ではないのか。何か間違えたのだろうか。
「なに?」
アスタはワラビと私の顔を見比べ、面倒くさそうに手を振った。
「まあ、これで自分の荷物を取り戻せるといいな」
「ありがとござ!いつか、アスタため動く」
深く、深く頭を下げる。ようやく、これで第一歩だ。自分の物は自分で取り戻す。一人じゃ何もできないけれど、絶対、帰るのだ。
「私からもお礼を。私の伴侶のためにありがとうございます。いずれ、なにかお礼を」
「そうか、それならもうここには二度と来るな」
「それは」
急に空気が張り詰める。アスタとワラビは黙って見つめ合ったまま動かない。
「なに?」
「ハル、ここに、来るな」
アスタが私の頭の上に手を乗せた。
今度は分かった。それはこれまでにも言われてきた。だけど、これまではもっと軽い感じで、こんな怖い顔ではなかった。来たらだめだぞ、と悪戯を叱る近所のお兄さんのような感じだった。だめだといいつつ受け入れてくれていた。頭の上のあたたかな優しい手と、その言葉の意味が繋がらない。
「なに、だめ。わたし、悪い、だめ?セド、お願い、いやなる?」
何か悪いことをしたというのだろうか。リドゥナを取ってもらうというお願いが本当は嫌で手切れ金のつもりなのか。だとしたら謝りたい。初めてこの国で私を私として認識してくれた大事な人だ。名前を呼ばれるということの喜びを初めて教えてくれた人だ。
だけど、アスタは私を見ていなかった。ワラビに向かって言った。
「こいつが俺を狙ったというのなら、ここに来るのは危険だ。それにもともと王家の森だ。一般人が立ち入って何かあったとしても落ち度は全て侵入者にある。分かるな」
何を言っているのか分からない。アスタもワラビも私を見ようとはしない。
無視しないで、必死に首を振った。ワラビは分かりましたと頷いた。
「私、分かるない!私分かる、説明する! アスタ!」
私は叫んだ。次の瞬間、
「いたぞ、声がした!アスタだ」
聞いたことのない金属音がした。舌打ち一つ、アスタは剣を抜いた。
「行け!」
「ご無事で」
ワラビが私の手を掴み、走り出す。
「ナニ、ワラビ、ダメ、もどる。話、アスタ」
「ハル、話はあとですべて聞きます。だから今は私に従ってください」
引っ張られながら、振り返った。
何が起こったのか。起こっているのか。
剣を抜いたアスタの向こうに何人もの甲冑をつけた男たちがいた。この森で見たことのない男たち、ぎらつく死の匂い。
「ワラビ、戻る、アスタ一緒かえる!」
私は暴れた。
「ごめんなさい」
泣きそうな声でワラビが笑った。
「ナ、ニ」
私の意識は落ちていた。