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閑話 ワリュランス・ビュナウゼルの伴侶

占いなど信じたことはなかった。それでも伴侶に出会えると言われれば信じたくなるのがサイタリ族というものだ。

もう何度も繰り返される質問にうんざりしながら頷いた。


「ですから何度も申し上げているように、私は自分をセドにかけたいのです」

セドの担当官は困ったように首を振った。

「ですが、あなたは借金もなければ、養っている家族がいるわけでもない。セドでその身を売るということは買った人間の物となることですよ。どのような命令が下されるかもわからない。こう言ってはなんですが、あなたほどの美貌の持ち主ですと望まぬ関係を強いられることもあります」


むしろその可能性の方が高いのだろう。担当官は何度も言った。私の意志が強いと確認すると、保留にしますと言った。なにしろ、人がセドにかけられること自体稀であったし、その場合も生活苦などやむにやまれぬ場合のみだ。


「ですから、私はこの夏までに伴侶を得なければ死ぬのです」


未分化のサイタリ族は伴侶を見つけたときに相手に合わせて性別を固定する。しかし、過去の歴史から二十五歳を越して分化した者はいなかった。どういうことかは分からないが、伴侶を得る期限なのだといわれている。だからこそ、サイタリ族は十六歳になると伴侶を求め旅に出る。伴侶を見つけた者は里に戻るものもいれば、そのまま戻らないものもいた。


あと三か月で二十五歳になる。国内に限らず、大陸中を巡ったが出会えていない。かつて里にも伴侶のいない大人がいた。彼らは決まって、懐かしそうに旅の話を聞かせてくれた。こんな人に会った、あんな人に会った。彼らの話は楽しく、幼い自分の心を躍らせた。彼らは優しかった。それでも彼らに伴侶はいなかった。


行くべきところはもうなかった。やけになっていた。昨日の夜、下の弟に伴侶ができたと知らせが来た。三つ目の街で見つかったと控えめに嬉しさを伝え、私の幸運を祈ると結ばれていた。随分と酒を飲んだ。酒には強いが、酔いたかった。


そして、薄汚れた道端の占い師の前で話をしていた。占い婆は言った。

「自分をセドにかける覚悟はあるかい。あるならセドに出なさい。そうすればきっとあんたの伴侶に会えるだろう」


こうして今、セドの担当官と押し問答をしていた。

それから、二日総史庁に留め置かれた。脅されていないか、何か犯罪に巻き込まれているのではないか、などあらゆる角度から調べられ、最終的に許可が下りた。


「本当にそんな占いを信じるのですか?」

すっかり顔なじみになった担当官は言った。この数日で私の身の上とサイタリ族の習性を知り、慄きながらも認めてくれた。


「まあ、イチかバチかかけてみます」


私は自分自身をセドにかけた。セドにかけるということは自分をモノとして認めるということだ。私は買主への忠誠を誓う旨の書類に署名した。それはどんな買主だったとしても後から覆すことのできないものだ。


私を競り落としたのはおよそ私が避けてきた種類の人間だった。やってきたその男は数人の部下を引き連れ、にやりと笑った。黙って顎をしゃくると私に鎖をつけた。その扱いにセドの担当官が声をかけたが、男は気にしなかった。


「私が買ったものをどう扱おうと私の勝手です。このものもそれを承知で我が身をセドにかけたのでしょう」


気の毒そうに私をみる担当官に微笑んだ。どうやら占いは外れたらしい。所詮、占いだ。八年近くもさまよい続けて見つからなかったものに出会えるなどとそんな都合のいい話を信じた自分がバカだったのだ。

もう、どうでもよかった。


里に戻ってきた伴侶を得られなかったものたちは、その大半が孤独に耐えられず一年以内に姿を消した。どこかで生きているのか、死んでしまったのかは分からない。今なら彼らの気持ちが分かる気がした。


狂おしいほどに人を求める気持ちのどこにも答えが得られなければ、人は無になるしかないのだ。


足に取り付けられた重い鎖も、下卑た男たちの声も、その誰にも何も感じなかった。


すっぽりと布をかぶせられ歩いていた。貴族街へ差し掛かるころだった。何かを感じた。顔を上げた。


いる。それは明らかなことだった。どうして今まで気づかなかったのかと自分を罵りたくなるほど、絶対的な存在感だった。

走った。鎖も腰縄も気にならなかった。行かなければ、それだけだった。


男たちが後ろで叫んでいるが関係ない。あれを捕まえなければならないのだ。

そして、私は伴侶に出会った。

異国の少女だった。小柄で言葉が通じない彼女は私の鎖を見ると、顔をしかめた。そして私を買ってくれた。

ハル・ヨッカー。私の伴侶の名前である。

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