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のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
黎明の章
9/103

のほほん領主、森を抜け山に至りて山人に会う

 元賊徒の頭ラドウと七人の部下、そして捕らわれていた村人二人を加え一行は大きく人数を増した。村人と元賊徒たちの間には隔たりがあったものの、エリックが元賊徒たちを抑え込み村人たちへ土下座させたことにより村人たちの元賊徒への憎しみは一応の終息を見せていた。

「みんな、揃ってわしの民となったからには、仲良うしてほしいからのお」

 ファンオウの言葉もあり、数日後、森を抜ける頃にはわだかまりも解けきったのである。彼らを使い、エリックが指揮を執って森で狩りや採集などを行い、食料の備蓄もわずかながら増えた。

 そんな一行の前に現れたのが、急峻な岩肌を見せてそそり立つ果無の山脈である。山肌に沿って、細く険しい坂道が続いていた。

「ここを抜ければ、領はすぐそこじゃ。みんな、もうひと頑張りじゃ」

 馬上から後ろを振り返り、ファンオウののんびりとした激励の声が飛ぶ。エリック、ファンオウ、ラドウ、イーサンとイファの五人以外は、徒歩であった。荷を背負い、互いに身を支えるようにして急こう配にへばりつくように登攀する。どの顔にも大量の汗と、そして朗らかな笑顔があった。

「のお、エリックよ。わしも、皆と共に歩いたほうが、良いのではないかのお?」

 前方へ顔を戻して、ファンオウが問う。前を向いたまま、エリックは首を横へ振った。

「いいえ。殿は、そのままで良いのです。殿が笑顔でいる限り、皆は歩き続けられますから。たまに、先ほどのように声をかけられればよろしいかと」

「……そういう、ものかのお?」

「はい。そういうものです」

 首を傾げるファンオウに、エリックがうなずいて見せる。そうして進んでゆくうちに、日が暮れた。山の中腹、少し広くなった場所に一行は陣取り、たき火をする。一日中坂道を歩き続け、疲労困憊となった一同へ、ファンオウは手ずから水の入ったコップを与えてゆく。水は、エリックが魔法で出したものである。人数分の飲み水と、馬の飲む分まで用意したエリックには疲労の色は見えず、山の少し上、頂上近くをじっと見つめている。

「何か、見えるのかのお?」

 二人分のカップを手にしたファンオウが、一つを差し出しながらエリックへと問いかける。

「これは、ありがとうございます、殿」

 カップを受け取り、エリックが一礼してゆっくりと口を付ける。

「構わぬ。何から何まで、お主任せでは、わしも手寂しくなるのでのお。それで、エリックよ。何か、見えるのかのお?」

 再びの問いかけに、エリックが視線を斜面へと向けて手を指し示すように伸ばした。

「あそこに、灯りのようなものが見えるのです、殿」

「ふむう、灯り、じゃと?」

 首を傾げ、ファンオウもエリックの視線を追いかける。闇の中、星々の煌く夜空の中に、赤い点のようなものが、確かに見えた。

「ほお、確かに、見えるのお。誰ぞ、このような岩山に、住んでおる者でもおるのかのお?」

 額に手を当てて遠くを見つめるファンオウの横で、エリックが首を横へ振った。

「わかりません。しかし、邪悪なものは感じられません。このまま進めば、あそこの前を通ることになりますが、殿」

「危険で無ければ、迂回する必要も無いじゃろう。道行きは、出来るだけ短いに、越したことはないのじゃからのお」

 言いながら、ファンオウは民となった者たちの姿を眺める。イーサンとイファの父娘は、寄り添うようにして眠っている。ラドウは、たき火の前で火の番をしているようだった。その他の者も皆、疲れ切った顔を見せて眠っていた。

「……俺と、殿だけであれば、今日であの場所までは行けたのですが」

「民を、捨てては行けぬ。こんなわしに、ついてきてくれるという、奇特な者らじゃからのお」

 冷めきった顔のエリックの隣で、ファンオウは眼を細めて微笑む。

「殿の、御意とあらば、俺は何も申しません」

「そなたにも、余分な苦労をかけておるのは、承知じゃ。すまぬのお」

 ファンオウの言葉に、エリックが恐縮した表情で頭を下げる。山頂から吹き下ろす冷たい風が、そんな二人の間を駆け抜けていった。


 翌日、早朝から登攀を再開した一行は、昼過ぎになって不思議な洞穴の前へとたどり着いた。洞穴の入口には木組みの柱と屋根が設えられており、それが天然自然のものでは無いことを証明している。

「獣の巣穴では無いようですが……どうにも、いやな臭いがします」

 馬から降りて周囲を確かめるように視線を巡らせ、エリックが言った。ファンオウは後ろで、ひくひくと鼻を動かした。

「ふむう? わしには、感じられぬがのお」

 のんびりと言うファンオウの前で、エリックがラドウを手招いた。

「ラドウ。お前の部下を三人、この中へ進ませろ。何もいなければ、それで良し。そのまま戻せ。何かいるようであれば、接触を試みよ。できるな?」

 エリックの命に、ラドウが右拳を左掌へ打ち付けて膝をつく。

「はい! 早速実行に移ります!」

 はきはきと答えてラドウは部下を呼び、洞穴の中へと歩かせる。整然と、三人の部下たちは背筋を伸ばして洞穴の中へ消えてゆき、ほどなくして三人の身体が洞穴の外へと放り出された。

「野盗風情が、レディの家に勝手に入って来るなんて良い度胸だね! たっぷり懲らしめてやるから、覚悟をしなよ!」

 洞穴の中から、大音声とともに小さな影が飛び出してくる。身構えかけたラドウへ、エリックが右手を出して制する。

「やはり、ドワーフだったか。土臭い穴蔵を見かけて、まさかと思っていたのだが」

 言いながら、エリックは剣を抜いて飛び出して来た小柄な影の前に立ちふさがる。陽の光の下で見れば、それはずんぐりとした子供のような体躯をしていた。くりくりとした茶色のくせっ毛の下に、少女のような童顔と団子鼻がちょこんと乗っかっている。それは、女のドワーフだった。

「げ、エルフ……何で、こんな山にエルフがいるの!」

 女ドワーフは大人の身の丈ほどもある長さの槍斧を手に、その顔を嫌そうに歪める。見返すエリックに浮かぶのは、無表情な彼には珍しいほどのはっきりとした嘲笑である。

「穴蔵に年中篭っているお前らにはわかるまい。時代が、進んでいるということだ。時代遅れの鉄食いミミズめ」

「エルフって連中は……どいつもこいつも、本当に鼻持ちならないね! そうやって一々不愉快な言葉並べなきゃ、会話もできないの? 標準的な会話の方法、知ってるの?」

 見上げる視線には、激しい怒りがあった。

「どうやら、賊徒では無いようだが……俺の部下の人間どもをいたぶってくれた礼は、しなければな」

「あの野盗、あんたの部下だったのね。嘆かわしいね。エルフが、野党のボスをしているなんて」

 睨み合う二人の間で、次第に殺気が膨れ上がってゆく。

「のお、エリックよ……」

「殿、お下がりください。アレには、殿が御自らお声をかける価値はございません」

 前に出ようとしたファンオウへ、エリックが背中を見せたまま手を出し制する。

「……どう考えても、悪いのはお主のほうではないのかのお」

「事、此処に至ればもはや善悪の問題ではありません。殿……」

「隙ありっ!」

 側へ寄ろうとするファンオウへ顔を向けたエリックに、女ドワーフが声を上げて槍斧を突き出した。鈍く光る鋭い槍の穂先が、エリックの胸元へ迫る。

「隙など無い!」

 抜身の剣を立てて、エリックがその一撃を受け流す。槍の側面に付けられた、重い斧の刃が剣と触れ合い火花を散らせる。にやり、と女ドワーフの口に笑みが浮かぶ。次の瞬間、エリックの持つ剣が中ほどからぽきりと折れた。

「そんな細い剣で、受けられるものか! 貰ったよ!」

 突き出した槍斧を、女ドワーフが引き戻す。そのとき、エリックが剣を捨てて地面を蹴った。

「ミミズごときに、くれてやれる命ではない!」

 その動きは、槍斧の刃が戻るよりもなお速く。女ドワーフの懐へ飛び込んだエリックは、勢いのままに小さな身体を跳び越えて、背後へと回る。

「なっ、あ、ぐっ……!」

 いつの間にか、女ドワーフの短い首を布が締め付けていた。布の両端は女ドワーフの頭上にある、エリックの両手に握りしめられている。女ドワーフの手から槍斧が落ちて、カランと音を立てた。容赦の無いエリックの絞めつけにより、意識を落とされてしまったのである。

「……片付きましてございます、殿」

 美しい相貌には汗ひとつなく、優雅な仕草でエリックがファンオウに向けて一礼する。その足元へ、泡を吹いた女ドワーフがどさりと落ちた。駆け寄ったファンオウはエリックには一瞥もくれず、女ドワーフの容態を診た。エリックの絞め方は絶妙であったらしく、首にはわずかな紫色の跡があるものの命に別状は無さそうであった。

「エリック……何故、このようなことをしたのじゃ? 話せば、分かり合えそうな、娘ではないか」

 のんびりとした、だが少し悲しげなファンオウの声に、エリックはハッと己の両手を見下ろす。

「も、申し訳ございませぬ、殿! いけ好かぬ、ドワーフの気配を感じてしまい、つい……!」

 我に返ったらしいエリックが、地に膝と拳をくっつけて頭を下げようとする。ファンオウは素早く右手を出して、それを止めた。

「良い。今はそれより、この娘の手当が、先じゃ……ふむう。見かけよりも、随分重いのお」

 女ドワーフの身体を持ち上げようとして、ファンオウが言った。

「小さくとも、重いのです。ドワーフとは、そのようなものです、殿。あまり触れてはいけません」

 慌てて寄って来るエリックへ、ファンオウはようやく顔を向けた。

「なれば、お主が、この娘を担ぐのじゃ、エリックよ。この洞穴の中ならば、ゆっくりと、寝かせてやれるからのお」

 ファンオウの言葉に、エリックが露骨に嫌そうな顔になる。

「と、殿のお言葉でございますれば……しかし……」

「お主がやったんじゃから、当然お主が、手当を手伝うのが筋というものじゃ。ささ、早うせい」

 にっこりと笑いかけて言うエリックであったが、その眼はちっとも笑っていない。

「殿……くっ、わかり、ました……」

 うなだれたエリックが、女ドワーフを米俵でも担ぐように無造作に持ち上げる。

「エリック。一応、ご婦人じゃ。丁重にのお」

 ファンオウに言われ、エリックが渋々といった様子で女ドワーフの身体を横抱きに抱き上げた。満足そうにうなずいたファンオウは、所在なく立ち尽くしているラドウへと顔を向ける。

「ラドウよ。手下らの傷は、問題ないかのお?」

 問いかけに、ラドウが背筋をぴんと伸ばす。

「はっ! 軽い打ち身のみです! 問題はありません!」

 はきはきとした答えに、ファンオウはゆっくりとうなずいた。

「なれば、わしがあの娘の手当をしている間は、休息とせよ。先は、まだ長いのじゃからのお」

「はっ! 有り難きお言葉でございます、領主様!」

 ぴしりと一礼をして、ラドウは部下を洞穴の前へと整列させ、休め、の姿勢を取らせる。

「……あれで、休憩になるのかのお?」

 ちょっと首を傾げてから、ファンオウは女ドワーフを抱えたエリックを伴い、洞穴の奥へと赴いたのであった。


 しばらくの休憩を知らされ、村娘のイファは喜んだ。馬から降りて身体を伸ばしたイファは、馬の背に置いた荷の中から森で摘んだ花と小さな布切れを取り出す。

「ファンオウ様、喜んで下さるかな……?」

 匂い立つ花の香りを布にとじこめながら、イファは幸せそうに呟く。父親のイーサンが、少し遠くからそれを複雑な表情で見やるのには、イファは気づいてはいなかった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

続きは、また来週になりそうです。よろしければどうぞ気長に、お待ちください。

お楽しみいただけましたら、幸いです。

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[一言] 山人と聞いて高地民族と思ったら!
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