王都より戻りたる使徒、同士らに文化の最先端の在処を明かす
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今回は、若干の腐成分が含まれております。ご注意ください。
聖都ファンオウの太陽神殿を見上げる丘陵の麓、十六に分かたれた街区の一つに、聖堂がある。季節を問わず庭に狂い咲くヒマワリの花の名を取り、そこはヒマワリ大聖堂と名付けられていた。
数の増えたファンオウ領の領民らだが、己が神と定めた太陽神、領主ファンオウへの信仰は衰えるところを知らず、篤い。王都より無事の帰還を果たしたファンオウへの貢物を手に、老若男女が集って祈りを捧げてゆく。
「あなたがたの祈りは必ずや神の御許へ届けられ、やがて大いなる実りを齎すことでしょう。全ての人々に、幸あれ」
祈る人々に聖句を授けるのは、大聖堂の使徒の一人、オネである。神の側へ侍り王都への道のりを共に歩んだ聖者として、信徒たちはオネの言葉を真摯に受け止めた。オネもまた信頼に応え、旅路の中の神の言葉、立ち居振る舞いなどを聖句として信徒らに伝えてゆく。結果として、信徒らの信仰はますます篤く、強固になってゆくのである。
「オネ、帰国早々、ご苦労様。今回の旅は、貴女にも良いものを齎してくれたようですわね」
「ランダ様。私は、あるがままに神命を果たしたに過ぎませんわ」
説法がひと段落し、声をかけてきたランダにオネは笑顔を向ける。
「なんとも、謙虚なことですわ。一回り大きくなった、貴女のお話を聞きたいのだけれど、どうかしら?」
「それですわ、ランダ様。私も、使徒の皆とランダ様に、お伝えしたいことがございますの。旅の疲れは後に癒すとして、まずは報告の場を与えていただけませぬでしょうか?」
オネの言葉に、ランダが莞爾とうなずいた。
「無論ですわ。すでに皆揃って、会議室で待ってますの。そちらでゆっくり、聞かせて頂戴な」
「仰せのままに、ですわ」
信徒らの立ち去った聖堂の中、ランダに連れられてオネは奥へ続く扉をくぐる。廊下の左右に設えられた松明のほのかな明かりが、己のいるべき場所へと戻って来たのだ、とオネの胸の中に郷愁を抱かせる。重く軋む扉を開けば、懐かしい顔ぶれが笑顔でオネを迎えてくれた。
「おかえりなさい、オネ!」
「お疲れではないかしら、オネ?」
「王都での、領主様と神将軍様の絡み具合は、如何でしたの?」
方々から、歓迎と質問が飛んで来る。手を叩いてそれを制するのは、大司教であり議長でもあるランダである。
「はいはい、皆、まずはオネが着席してからよ。あと、ヒマワリ茶も、新しいのを用意して頂戴。旅から帰って来て、彼女はあまり休んでいないのよ」
円卓に腰掛けつつ言うランダに、使徒らはハーイと声を揃えて静かになる。二人の使徒がさっと立ち上がり、湯気の立つヒマワリ茶のカップを各人の前へと置いてゆく。それで、準備は整った。
「それじゃあ、オネ。報告してもらえるかしら。貴女が、王都へ行って何を見て来たのかを」
静粛になった円卓で、ランダに促されオネがうなずく。
「はい。それでは、始めに……我々使徒は、ランダ様の思想の元、理想の桃源郷を夢見て妄想を膨らませ、美形男子同士のカップリングをして良しとなして参りました。固い絆に結ばれた我ら使徒には、受け攻めのリバースによる論争も、自由に、盛んに行われております。これは、他国においても同様と、私は思っておりました。けれど……」
言葉を切ったオネが、俯いて表情を険しくする。
「……王都では、それは違っていた、ということかしら?」
水を向けるのは、この場の誰よりもソレの文化を愛し、理解するランダである。オネは、俯いたままこくりとうなずく。
「……王都にあるのは、形骸化した文明の残骸です。芸術へと昇華した一部の例ばかりがもてはやされ、そうした過去の幻影にしがみつき、ために停滞を生んでいる……総エルフ受けだけの、淀んだ文明でした」
オネの言葉に、他の使徒らがどよめいた。彼女らにしてみれば、カップリングとは自由であり、他者との論争により生まれる創造性、拡張性のある文化なのである。老若問わず、あらゆる男性を妄想のタネにする彼女らにとって、オネの語る王都の現状には、堪えられぬものがあった。
「……森の民として、エルフを草食として捉えるのであれば、それもありなのでしょうか」
使徒の一人が、顎に手を当て熟慮の末に論を口にする。だが、オネは静かに首を横へ振った。
「王都の現状は、酷いものでした。誰もが重税にあえぎ苦しみ、灯火さえも惜しんで薄暗い町の中。数少ない趣色絵屋へたどり着いた私の目に飛び込んできたものは……種族の誇りである長い耳を半ばより断たれ、死んだような眼で中年貴族を受け容れる、そんなエルフ美少年の裸絵のみでした。背景、相手、体勢を問わず、それらからは皆同じような、まるで複製品のような趣しか感じ取ることは出来ません。最初の一枚こそ、興奮に奇声も上げたものですが……棚に並べられた、無数の同じ情景には、私は哀切と憤慨を禁じ得ることが出来ませんでした」
切々と語られる現実に、ある者は額を押さえ、またある者は胸の前に手を組み合わせ祈りの姿勢を取る。
「つまり……今の王都には、私たちの思想の付け入る隙は無い、そう、見えたということですのね、オネ」
ランダの問いに、オネはうなずく。
「王国千年の歴史から、積み上げてきたものはありましょう。けれど、それは自由とは程遠い、閉鎖の中での退廃をした、時代遅れのものに過ぎません。新しい、風の吹きこむ環境こそが、望ましくありますわ、ランダ様」
答えたオネに、ランダが難しい顔になって小さく息を吐く。辣腕の内政官でもあるランダの頭の中には、オネには窺い知れぬ策謀が、渦巻いているのかも知れない。しばしの沈黙の後、ランダが再び口を開いた。
「オネ、王都への道すがら、河族との接触があったと聞きました。彼らは、如何でしたの?」
問いかけに、オネは俯いた顔を上げ表情を和らげる。
「河族の民の皆さまは、素敵でしたわ。荷運びを生業としており、大河に落ちた時のことを考えて、皆一様に半裸、あるいは薄着の逞しい男たちが声をかけ合い、互いに助け合っている様は……私たちの領に引き比べても、遜色は無いように感じられましたわ。大河の流れに沿って生きる者たちは、その気性は自由奔放で……惜しむらくは、私たちのような文化が、育っていないことくらいでしょうか。良くも悪くも、彼らは天然自然と共に生きる民。何者にも縛られず、染まらず、そんな印象を受けましたわ」
オネの語る河族の男性たちの光景に、使徒らはほうっと熱い息を漏らす。河ならば、蜥蜴族の方々となんて如何かしら? といった高尚なカップリング議論が、小声で繰り広げられている。同胞たちの妖しくも香ばしい議論を前に、オネはふわりと笑った。やがて議論は熱を生じ、声高に使徒らは推しを口にし始める。その熱量に、帰ってきたのだ、とオネは胸いっぱいに息を吸いこむのである。
「貴女の旅は、私たちにとっても、新しい風となりましたわ、オネ」
微笑むランダに、オネは小さく胸を張る。
「はい。そしてランダ様、私、確信をいたしましたの。王都よりも、河族の領域よりも……王国中のどこよりも、このファンオウ領こそが、文化の最先端であることを。辺境僻地にて花開いた文化は、やがて河を伝い、そしていつの日か、王都を席捲する。これよりは、そんな日を夢見てゆきたいですわ」
熱に浮かされたように、オネは理想を語る。満足げにうなずいて見せるランダが、視線を壁のほうへと向けた。
「貴女の、いえ私たちの尊いものへの想い、必ずや届くことでしょう。この、世界中に……まず手始めに、あの女性から、伝道してゆきましょうか。領主様が王都より連れ帰った、物言わぬ彼女から」
「ファ様、でしたかしら? あの方は、今、何を?」
可能であれば、早速にでも伝道したい。そう願いを込めてオネは問う。
「お医者様が、診ておられますわ……お声が出せないのは、可哀想だと。ですので、今は診療所にいますわ」
「では、戻って来た際に、伝道できるよう聖書の準備をしておかなくてはいけませんわね」
浮き立つ思いを抑えきれず、オネは大聖堂の書庫へと向かう。
「オネ、それは明日になさいな。時間は、たっぷりとあるのですから」
背中にかけられる、ランダの心配そうな声。同士であり大司教でもある彼女の気遣いに、オネはくるりと身を回して見せる。
「鉄は、熱いうちに打て、ですわ、ランダ様」
苦笑するランダへ向けて、花のような笑みでオネは言うのであった。
大聖堂の隣にある、小さな診療小屋の中。一人の老ドワーフが、椅子に座った少女を前に口を開く。
「この姿のときは、わしは、オウガと、名乗っておる。よろしく、頼むのお」
つけ髭を軽く外して見せて、オウガはのんびりとした口調で言った。少女は少し驚いたように眼を見開いたが、やがてこくんと小さくうなずく。
「さて、それでは……始めるかのお」
薬草の臭いの漂う診療室内で、オウガは少女の手を取った。気脈の流れを診るところから、診療は始まるのであった。
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