表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
中天の章
80/103

暗黒の胎動

お待たせいたしました。PV、ブクマ等、とても励みになっております。ありがとうございます。

 王都の空を、鉛色の雲が覆っていた。夜明けを迎えてなお暗く、不吉な影を纏った王城を背に、馬車が数台連なって王都の南門を出てゆく。馬車の車体に刻まれた紋章はヒマワリを象ったもので、それはファンオウのものだった。

 御者台のエリックは、手綱を緩めつつ背後を顧みる。王都が、気にかかるわけではない。馬車の横を走る元王国兵らと違い、エリックには王都に特別な感傷は、無い。視線を向けるのは、馬車の車内へである。

 風除けの布の向こうに、ファンオウがいる。柔らかな微笑みを浮かべているが、その内心は沈み切っているであろう。慮り、エリックは小さく息を吐いた。

 ファンオウの憂悶であれば、何を置いても取り除いてゆかねばならない。それが、エリックの忠道である。だが、今度ばかりは、それも不可能であった。

 親友である、イグルの家族の残酷な末路について、ファンオウは思い悩むのである。失われてしまった命を元に戻すことは、いかな奇術魔法を用いても、出来はしない。それはエリックの操る精霊魔術でも、同じことだ。覆水は、決して盆に返らない。

 イグルの家族へ理不尽な罰を下した王国に、報復をする。人間の作った勝手な法に、イグルの家族は巻き込まれただけなのだ。イグルは、エリックの親友でもある。腸が煮えくり返り、エリックは何度もそれを考えはした。だが、それはファンオウの望みでは、無いのだ。

 ファンオウの憂悶は、イグルの家族への同情、行方知れずとなったイグルへの心配、そして国王への忠誠と裁可を下された親友への友情との板挟みとが、ないまぜになったものだ。もしかすると、国王が預けたという、ものを言わぬ女官のことも、あるかも知れない。エリックは、そう分析していた。

「千年の、王国か。どれほどの時を経ようとも、人間は……」

 ちらりと王都へ一瞥をくれてから、エリックは前へと視線を戻す。向くべき方角は、背後ではない。思い定め、エリックは静かに馬車を走らせる。主であるファンオウに今必要なのは、静謐な思索の時間だった。



 王都の館で、ジュンサイは配下からの報告に眼を通す。王宮勤めを自ら辞した身であれば、自由になる時間はジュンサイが思うよりも長く感じられる。王都の小さな出来事のひとつひとつの報告を上げさせ、それら全てに眼を通すことなど、王国全土の(まつりごと)に携わることに比べれば、余暇のひとつであるとさえいえた。

「巡回兵の小隊がひとつ、丸ごと消えた、か……思ったよりも、派手にやるではないか」

 皺の多い顔に浮かぶのは、微笑である。呟きは、誰が聞くというものではない。手許に影の腹心であるオウギがいれば、忖度をして動く。慣れきってしまっていた宰相時代の、名残だった。

「たかだか数十の兵らであれば、彼奴等は気づくこともあるまい。だがそれが、その些細な出来事への対応が、肝であるべきなのだ……想定よりも、愚鈍であるといえる」

 誰を指しての言葉であるか、問い咎めることの出来るものは、ここにはいない。新宰相や第一王子、さらには国王でさえあっても、ジュンサイの言葉に口を挟むことは出来ない。それが、ジュンサイが宰相として君臨し、積み上げて来た権威なのである。

「崩御も近い……となれば、そろそろか」

 顔から一切の表情を消し、ジュンサイは言う。憂悶も、歓喜も、一切を無くし平淡な声音は、国家を動かす一個の歯車を思わせる。眼を閉じ、ジュンサイは呼吸を小さく、身を潜めるように思索の海へと没してゆく。

 ほとほとと、密やかなノックの音が聞こえた。ゆっくりとジュンサイは眼を開き、戸口へと顔を向ける。

「父上、ジュンスイです。報告を上げに、参りました」

「入れ」

 短い返事をすれば、部屋の戸が静かに開く。入ってくるのは、息子のジュンスイである。

「王宮で、何事かあったか」

「国王陛下付きの女官がひとり、消えました。表向きは、病を得たため務めを解き実家へ戻した、とのことですが」

「当り障りのない理由だな。陛下の、考えそうなことだ。女官の、実態は」

「恐らく、第十六王女の、ファ姫に間違いないでしょう。直前には、あのファンオウが陛下を訪れております。もし、かの者に王女の身柄が渡っているとなれば」

「捨て置け」

 息子の言葉を遮り、ジュンサイが言った。

「ですが、父上」

「女であれば、どうということはない。それに、ファンオウには()()()()()はあるまい。天地がひっくり返ろうが、な」

「……母上は、違う意見のようですが」

 言われて、ジュンサイは息子の、ジュンスイの顔をじっと見つめる。端正な、美しいといえる顔立ちに、暗く意志の強い瞳が鎮座している。その面影はジュンサイに、一人の女を思い起こさせた。

「儂は、直に会った。あの男には忠義はあれど、野心など欠片も感じられぬ。事が成った暁には、所領を安堵してやれば、それで大人しくなるだろう。むしろ、警戒をすべきはギョジンよ。広大な領土と王子を養子に持ち、民にもそこそこ慕われておる。どの段階で、奴を始末するか。今は」

「ファンオウも、ギョジンも問題ではありません。父上は、エリックというエルフを存じておられますか?」

 息子の顔に、焦りのようなものが見えた。それは恐らく彼の母の、焦りなのだろう。だからこうして、息子を寄越してくるのだ。心中で断じ、ジュンサイは息を吐いて見せた。

「あの、狂犬か。王都におった頃は、随分と問題のあったエルフだ。儂が、知らぬ筈があるまい。それがファンオウの許にいることも、シンと交流のあることも、知っておる」

 ジュンサイの頭に、もう一人の息子の顔が過ぎる。眼の前の息子とは対照的に、明るく、馬鹿の顔をした息子だ。己の血を継いでいるとは、到底思えない。すぐさま、ジュンサイは頭の中からその顔を追い出した。

「かのエルフが、ファンオウの許にいるファ姫を推戴し、乱を起こせば……」

「お前は母に似て、奴のことをまるで知らぬようだな。あのエルフに、人間をまとめ上げる力など無い。極めた武の力は強大なれど、王国の、儂の築き上げた近衛八万騎をもってすれば、容易くねじ伏せることは出来よう。所詮は、その程度の存在だ。動かぬうちは、捨て置け」

「……八万騎は、()()()()()()()()()()()()です。父上にはそのことを、お忘れなきよう」

「忘れては、おらぬ。王国存続の次の千年には、まだ必要な女だからな。ときに、スイよ。新宰相と、第一王子の動きはどうか」

「……今のところは、順調です。城の外に直営田園を拓く、その計画に執心しているようです。父上の、指示の通りに」

「儂は、指示などは出してはおらぬ。ただ、馬鹿げた愚かな理想論を元にした計画書を、宰相の机に置き忘れてきたまでのこと。それをどう使うかは、彼奴の器量次第であったが……」

「新宰相閣下は、夢想家です。そして、第一王子は暗愚であり、強欲です。組み合わせれば、思いの外、計画の進みが加速してゆきます」

「重要なのは、タイミングだ、スイよ。いつであっても、こちらの準備に怠りは無い。だが、全ての状況が整うことを思えば……崩御は、一年先が良い」

 特別な、情念を込めて言った言葉では無い。ジュンサイにとってそれは、予定の確認でしかないのである。息子は神妙な顔をして、小さくうなずきを返してくる。

「承知いたしました。今日より一年の後、そのように手配いたします」

「うむ、ご苦労。では、下がれ」

 椅子へ深く座り直し、ジュンサイは息子を下がらせる。部屋を出てゆく後ろ姿の、耳の形を何とはなしに見つめる。長い耳のその中ほどから、切り取られたような形をした耳だ。王宮へ勤めるに際して、それは必要なことだった。いかに優秀であろうとも、人間以外の存在が王宮へ上がることは、許されてはいない。

「これまでも、そしてこれからも……王国存続、千年の為に、お前たちの力を、存分に使わせてもらうとしよう」

 皺だらけのジュンサイの口元が、三日月の形に吊り上がる。そこにある醜い老人の本性を、見る者は誰もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ