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のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
黎明の章
8/103

のほほん領主、森を行き賊徒の頭を心服せしむ

 荒野の旅が終わりを告げ、ファンオウ達は森の中を進んでいた。獣や鳥の鳴く声が、そこらじゅうから聞こえてくる。曲がりくねった道なき道を、エリックを先頭にした一行は難なく越えてゆく。

 森は、エリックにとっては故郷ともいえる場所だった。木々の発する息吹、草木に隠れる小さな動物の鼓動のひとつひとつが、エリックの耳には鮮明に聞こえてくる。精霊の導く路へ、馬たちを乗せて進めば迷う事などありえない。だが、順調に木々の間を抜けていたエリックの馬が、不意に足を止める。

「どうしたのじゃ、エリック?」

 のんびりと、ファンオウが聞いた。

「人間の、気配がします、殿」

 木々に遮られた前方を指して、エリックが言った。

「森に住む、猟師か何かかのお?」

 暢気な問いかけに、エリックは首を横へ振る。

「微かに邪悪な気配を放っているところを見るに、賊徒でしょう。森を根城にするとは、良い度胸だ」

 ぱきり、と細くしなやかな指を鳴らしながら、エリックは馬を降りた。ふわり、と身体の動きにつられるように、エリックの金髪が揺れる。

「エリック、約束は、覚えておるかのお?」

 殺気を見せるエリックに、ファンオウが不安そうに聞いた。顔をちらりと振り向かせ、エリックはファンオウに微笑して見せる。

「はい。旅の間は、決して人間を殺しはしません。俺を信頼してくれる、殿との約束ですから。忘れるはずもございません」

 言いつつ、エリックが腰から剣を抜いて構えた。見据える先には、ただ森が広がっている。深く、エリックは呼吸をひとつ、した。

「これより、俺の前には決して出ないようにしてください、殿。無論……お前たちも、だ」

 エリックの言葉に、ファンオウとイーサン、そしてイファがうなずいた。何故、と問いを差し挟むことさえ、憚られるほどの気迫をエリックは纏っていた。

 森の中を、強い風が吹き抜ける。はたはたと風に踊る服の裾を、ファンオウは両手で押さえる。刹那、すいとエリックの剣先が上がる。

「せええああああああっ!」

 次いでエリックの口から迸ったのは、身も凍るような咆哮である。振り下ろされた剣に、空気が圧されたように風の勢いがますます強まり、森の木々がミシミシと軋んだ。

 やがて、風が収まるとエリックが剣を腰へと戻す。かちん、と剣が鞘に収まり切った途端、ぽとりとエリックの足元に黒いものが落ちてきた。ファンオウが、細い眼をさらに細めてそれを観察する。

「……カラス、じゃのお」

 とてとてと歩み寄ろうとしたファンオウはしかし、エリックの背後で足を止める。決して前に出るな、というエリックの言葉を、思い返したのだ。

「もう、大丈夫です、殿」

 応じるように、エリックがファンオウへと振り向いて言った。ファンオウは地面に落ちたカラスを診て、ほっと息を吐く。

「気絶して、おるだけのようじゃのお」

 ファンオウが指でカラスに触れると、びくりとカラスは身を震わせ、慌てて飛び立っていった。

「一体、何を、したのじゃ?」

「風の魔法にて、殺気を飛ばしました。いわゆる、遠当てというものです」

「ふうむ、なるほどのお」

 理解したのかそうでないのか、曖昧な表情でファンオウはうなずく。

「それよりも、殿。この先には賊徒の棲み処があるようですが、如何なさいますか?」

「賊徒の、棲み処か……ふむ。エリックよ、わしは、賊徒の頭と話をしてみたいのじゃが、できるかのお?」

 ファンオウの言葉に、エリックは即座にうなずいた。

「可能です。先ほどの遠当てで、賊徒の意識は奪っておりますゆえ」

 エリックの答えに、ファンオウはうなずいて馬に乗った。

「なれば、行こうかのお」

「御意に」

 エリックも馬に跨り、一行は森の進行を再開する。ほどなくして、大きな小屋が見えてくる。伐り出した丸太を組み合わせたそれは、簡素だが頑丈そうな造りをしていた。

 小屋の入口には、二人の男が泡を吹いて倒れていた。恐らく、見張りか何かだったのだろう。毛皮でできた粗末な衣服に、山刀を身に着けていた。エリックとファンオウは馬を降りて、男たちに近づく。

「こやつらも、気絶しておるのお」

 男たちの首筋へ手の甲を当てて診ながら、ファンオウは言った。

「賊徒にしては、少しはまともなものを建てているようでございますな。我らの技術には、遠く及びませんが」

 エリックが言うのは、丸太の小屋のことである。

「こやつらが、建てたのかのお?」

 賊徒の男たちを楽な姿勢に寝かせてやりながら、ファンオウが呟く。

「さて、丸太の切り口からみて、そう古いものでも無さそうではありますな」

「まあ、頭に会ってみれば、わかることかのお。イーサン、イファ、怖ければ、お主たちはここで待っておれ」

 振り返ったファンオウが、父娘に声をかける。二人とも馬を降りて、ファンオウの元へと駆け寄ってきた。

「い、いいえ、私たちも連れて行ってください。万が一のことがあれば、領主様の盾になることぐらいは、できます」

「わ、私もです」

 決死の覚悟を見せる二人に、ファンオウは小さく息を吐く。

「盾はいらぬが……気持ちだけは、ありがたくもらっておくかのお」

 微笑むファンオウの横で、エリックは憮然とした表情である。

「俺が意識を奪っておいたのだ。万が一など、ある訳がないだろう」

 言いながら、エリックが小屋の入口の戸を引き開けた。むっとした空気が、小屋の中から漂ってくる。だが、中で動いているものは、何も無かった。ばらばらと、人が倒れているだけである。ずかずかと小屋の中へ足を踏み入れるエリックに続いて、ファンオウ、イファ、イーサンと並んで中を進んだ。

 大部屋の奥には廊下があり、右側と奥に、それぞれ戸があった。右の戸には、小窓が付いており部屋の内部を覗ける造りになっている。戸の外側に閂があるところを見れば、それは牢屋であるらしい。

「エリック」

 戸の上部にある小窓へ視線をやり、ファンオウが呼びかける。エリックは歩を止めて、ファンオウの背丈では届かない小窓を覗き込んだ。

「……人間が、二人倒れておりまする。恰好からして、賊徒ではありませんな」

「ふむ。ここを、開けられるかのお?」

「造作も無い事です、殿」

 エリックが重い閂を引き抜いて、戸を開ける。饐えた臭いが、途端に漂ってきた。部屋の中へ入ったファンオウが、倒れた二人の男へ近寄り、脈を診る。

「生きては、おるようじゃのお。多少、殴られたような、跡はあるが……イーサン、この者らに、見覚えはあるかのお?」

 粗末な衣服を身に着けて転がっている男たちを指して、ファンオウが問う。前に出たイーサンが、大きく眼を見開いた。

「これは……私の村の、住人だった男です。逃げる途中で、賊徒に捕まってしまったのでしょうか」

 声を上げるイーサンにうなずき、ファンオウは男たちの腹に手を当てて、軽く押した。二人とも、軽く身体を震わせ、うっすらと眼を開く。

「うぅ……イ、イーサン?」

「あぁ……イファちゃん……こ、ここは、冥土か? お、俺たちは、死んじまったのか?」

 掠れた声を上げる男たちに、イーサンとイファが駆け寄る。ファンオウは二人にその場を任せ、廊下へと戻った。

「イーサン、手当は、ひとまずお主に任せる。ゆるりと、話でもして待っておれ」

 言い残し、エリックと共にファンオウは廊下をさらに奥へと進んでゆく。ファンオウの診立てでは、そう簡単には賊徒たちは目を覚まさないだろうと思う。だが、いつ意識を取り戻すかわからない状況で、あまりのんびりとしている訳にもいかなかった。

 廊下の奥の戸には、鍵も何も掛かってはいなかった。エリックが押し開けると、その先に見えたのは小さな部屋だった。鹿の毛皮が床に敷かれており、金貨の入った袋やがらくた等が、無造作に置かれている。そんな部屋の中央に、一人の男が倒れていた。

「恐らく、これが賊徒の頭でしょう」

 うむ、とうなずいたファンオウが、男に近寄り腹に手を当てて活を入れる。

「う、ぐ……な、何だ、てめえら!」

 目を覚ました男が、驚いた顔でファンオウを、そしてエリックを見つめる。

「下手に動けば、殺す」

 男の頭を掴んだエリックが、耳元で囁く。びくん、と男の身体が小さく跳ねた。

「エリック、わしは、話を、しにきたんじゃがのお」

「こうしておけば、大人しくなります。ささ、殿。存分に、ご歓談を」

 怯え切った男の背後へ立ち、エリックがファンオウへ恭しく一礼をした。こくり、とエリックにうなずいたファンオウは、半身を起こした男へと顔を向けた。

「お主が、ここの頭じゃな? わしは、ファンオウ。遠く西南の地へ、旅の途中に、立ち寄ったのじゃが……ふむ、そう、怯えるでない。お主が、大人しくしておれば、わしは、何もせぬ」

 がたがたと全身を細かく震わせていた男だったが、ファンオウののんびりとした口調に、やがて落ち着きを取り戻す。

「あ、ああ。俺は、ここを縄張りにしてる、赤根団って賊徒の頭だ。名前は、ラドウ。それで……旅人が、こんな所に、一体何の御用で? か、カネなら、そこらにあるから」

「貴様……殿が、金目当てでここへやってきたとでも?」

 底冷えのする声が、男の背後から聞こえてくる。ひっ、と男が悲鳴を上げて、また怯え切った眼になった。

「……エリック、そう、脅かすでない。すまぬのお。エリックは、真面目な男なのじゃ。あまり、冗談を好まぬ性質でのお。この間も、患者の軽口に……」

「殿。話が、ずれておりまする」

 冷静なエリックの声音に、ファンオウがぽん、と手を打つ。

「おお、そうじゃった。ふむ、お主、ラドウというのか。のう、ラドウよ。お主は、何故、賊徒などをしておるのじゃ?」

 ファンオウの問いに、ラドウが首を横へ向ける。だが、後ろからエリックの手が伸びて、すぐにその視線はファンオウへと戻された。

「……生きていく、ただその為だ。赤根団に入った奴らはみんな、食い詰めて、どうしようもなくなってここへ来た。俺らが生きていく為には、持ってる奴らから、奪うしかねえんだ」

「貧しい村や、旅人などを襲って、かのお?」

 ファンオウの言葉に、ラドウは力なくうなずく。

「弱い奴から、奪うんだ。国のお偉いさんだって、同じことをしてるじゃねえか」

「ふむう……それは、確かにそうじゃのお。国は、強く、民は、弱い。闇雲に重税を課せば、それは、お主らのしていることと、何も変わらぬかのお」

「そ、そうだろ? だから、俺たちは、生きていく為に」

 ラドウの言葉を遮り、ファンオウは首を横へ振る。

「じゃが、それでは、駄目なのじゃ。王国も、お主らも。変わらねば、ならぬのじゃ。弱い者から、奪うことを続けては、いつか、打ち倒される。今の、お主らのようにのお」

 ラドウが、顔を俯ける。その肩が、小刻みに震えた。

「変わるったって、どうすりゃいいんだ。俺たちは、奪い、殺すことしか知らねえ」

「そんなことは、無いと思うがのお」

 ファンオウの言葉に、ラドウが顔をそろりと上げる。

「この建物は、お主らが造り上げたものじゃろう? 丸太を組み、家を建てる。それは、立派な職能じゃと、わしは思うがのお」

「俺らのことを、認めてくれるってのか、旅人さんは」

「ファンオウ様、だ。物覚えの悪い人間め」

「……それで、ファンオウ様は、俺らを、どうするつもりなんだ? 俺らのことを、何かに利用しようってのか?」

 ラドウの言葉に、ファンオウは少しの間、考えた。

「……話を、してみたかったのだろうかのお。お主らが、生まれながらにして、賊徒なのか。それとも、賊徒に身を、落とさざるを得なかった、民であるのか。それを、知りたかったのじゃ」

「俺らは、賊徒だ。奪って殺す、そうやって、ずっと生きてきた」

 じっと、ラドウがファンオウを見つめて言った。

「それでも、お主らは、民じゃ。そして、民ならば、わしは無暗に命を奪いは、せぬ。お主らが、変わりたい、そう望むのであれば、わしの領へ来ぬか? お主らの、大工の腕は、きっと役に立つじゃろう」

 ラドウの眼を見返し、ファンオウは優しく眼を細めて言った。

「俺らのことを、民と……というか、領? ファンオウ様は、領主様なのか、いや、なのですか?」

「うむ。遠く西南の地でのお。お主らの成してきた悪行も、伝わってはおるまいて。一からやり直すには、丁度よいと、思うのじゃが、どうじゃろうのお?」

 優しく語り掛けるファンオウの言葉に、ラドウの顔が俯いた。ぽたり、ぽたりと床に、滴が落ちる。

「お、俺らのことを、そこまで……買ってくださるのですか! しがない、賊徒の俺らに、そこまで言って、くださるのですか!」

 叫んで、ラドウが顔を上げる。涙の流れるに任せ、ラドウが右拳を左掌に打ち合わせ、一礼をする。

「なれば、喜んで! 我ら赤根団、総勢八人の小勢ではありますが、ファンオウ様の御為に生きて、そして死ぬことを誓います!」

 ラドウの宣誓に、ファンオウはゆっくりとうなずいた。

「うむ。よろしくのお。お主らのことは、旅の間は、エリックに任せる。エリックも、それで良いかのお?」

 視線を向けると、エリックは無表情にうなずいた。

「殿の、御意なれば。ただし、ラドウ。お前にひとつ、言っておく。ファンオウ様の配下となったからには、賊徒のような真似は禁ずる。もし破れば、俺が一人残らず皆殺しにする。せっかく八人も残ったのだ、命は大事にすることだ」

 冷たい、冷気のような言葉にラドウはぶるりと全身を震わせる。

「も、もちろんでございます、エリック様!」

 へこへこと、エリックに向き直りラドウが何度も頭を下げて言う。滑稽なその素振りに、ファンオウはからからと笑う。エリックは冷たい瞳をラドウに向けたままであり、さながらそれは北風と太陽のようであった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。次の更新は、恐らく明日になります。

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