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のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
中天の章
70/103

のほほん州吏、龍とともに旅路を歩まんとし神将軍大いに憤る

 童女姿の白龍、白雪を連れてファンオウは元来た道を戻る。暗闇の沼への往路に使った籠の前で待ち構えていたアクタが、白雪の姿を眼にするなり平伏した。

「白雪様、此度の趣向、如何にございましょうや」

 問いかけに、ファンオウの傍らで白雪が破顔する。

「そなたにしては、上出来じゃったわ。特別に、褒めてつかわすぞ」

 小人族と童女のやり取りに、ファンオウはどこか子供遊び(ままごと)のようなものを感じて頬を緩める。

「殿、ご無事であられましたか。何やら、沼のほうで風の精霊が騒いでいたようですが」

 アクタと白雪をよそに、ファンオウへ駆け寄ったエリックが言う。

「うむ。無事に、龍神殿に……白雪殿に、会うことが、出来てのお」

 言いながらファンオウは、童女姿の白雪を手で示してみせる。長身のエリックが、白雪を鋭い視線で見下ろした。

「ほう、妾に不遜なる眼を向けてくるそなたは、エルフじゃな? 珍しい。エルフが、人間に付き従うておるとはのう」

 挑発的に唇を歪めて笑み、白雪がエリックに対峙する。

「エ、エリック様! 龍神様の御前でございます! どうぞ、頭を低く」

 慌てたアクタの声に、エリックが鼻を鳴らした。

「ふん。俺は、殿以外に首を垂れる趣味など無い。そこな土蛇が、何の冗談か女童などに化けているから、こうして見下ろすことになっているだけだ」

 ぴりぴりとした気配が、エリックから白雪に向けて放たれる。真っ向から受け止める白雪の、笑みはそれでも崩れない。

「アクタ、良い。妾は、構わぬ。小さき森人の雄が、なにやら吠えておるようじゃが、このような機会でも無ければ、見下ろすことなど出来はせぬのじゃ。存分に、堪能させてやろうではないか、のう、ファンオウ?」

 言って白雪が、ファンオウへしなだれかかるように身を寄せようとする。直後、ファンオウの視点が目まぐるしく動いた。気づけば、ファンオウの視界にはエリックの背中がある。エリックが、両者の間に身を割り込ませファンオウを庇うように立ちふさがったのだ。

「そこまでだ。殿に、馴れ馴れしく触れるな。さっさと役目を果たした後に、元居た棲み処へ疾く戻るがいい」

「エリック」

 冷たく言い放つエリックの袖を、ファンオウは引いた。

「殿、このモノの見た目に惑わされてはなりません。龍とは、欲深い生き物です。目的を果たして後は、あまり深入りさせず、追い帰してしまうのが上策です」

 エリックが澄んだ瞳で、ファンオウを見つめて言う。ファンオウは、静かに首を横へ振った。

「その、じゃな。白雪殿は、わしらの、王都への旅に、共に、付いて来ることに、なったのじゃ」

「なん……ですと?」

 エリックが驚愕に眼を見開き、背後を見やればにたりと笑う白雪の顔がある。

「そういうことじゃ。しかし、妾を眼の前にして、ようも好き勝手吐かせるものじゃのう。余程、面の皮が厚いのか、それとも、エルフとは身の程知らずの馬鹿どもであったか、のう?」

 ころころと鈴を転がすような声音で、白雪がエリックを挑発する。

「強欲な土蛇ごときに、礼儀など必要あるまい。そもそも、礼を尽くしたところで貴様に理解出来るのか、甚だ疑問だな」

 対するエリックも、白雪へ侮蔑の視線で応じる。

「エリック、白雪殿。二人とも、そこまでに、してはくれぬかのお?」

 火花を散らす両者の間へ、ファンオウは言葉を割り込ませた。

「殿……?」

「ファンオウ……?」

 珍しく強い調子のファンオウの語気に気圧されたように、エリックと白雪がきょとんとファンオウへ視線を向ける。

「まずは、エリック。白雪殿は、わしの願いを、聞き届けて、下さったのじゃ。あまり、無礼な態度は、取らぬで欲しいのじゃがのお。龍という種族について、わしは、何も知らぬ。じゃが、白雪殿は、礼には礼で応じて下さる、ものの道理を、弁えた御方である、とわしは思うのじゃが、どうかのお?」

 ファンオウの言葉に、エリックは苦い表情で俯いた。

「……殿の、仰る通りにございます。俺の無礼は、そのまま殿のものになってしまう、そのことを失念しておりましたこと、どうかお許しを」

 左掌へ右拳を打ち合わせ、エリックが武人の礼を取る。

「ふむう。わしは、別に、そこまで考えて、おらなかったのじゃが。流石は、エリックじゃのお」

 うんうん、とうなずいたファンオウは、次に白雪へと眼を向ける。

「白雪殿。エリックはこの通り、武骨ではあるが、決して、傍若無人の徒では無い。先ほどの態度は、わしを心配するあまりの、ちょっとした行き違いじゃ。そういうことで、収めてはくれぬかのお?」

 ファンオウの問いに、白雪が微笑みでうなずく。

「妾としては、何とも思うておらぬ。ただ、妾に突っかかってきた若者は、久しぶりでのう。少ぅし、からこうてやったまでのことじゃ。そなたが、手綱をしっかりと握っておれば、妾も何も言わぬ」

 鷹揚に言った白雪へ、ファンオウは拱手を見せる。

「ご理解いただけたようで、なによりじゃ。じゃが、エリックは、決して、身の程知らずの馬鹿、というわけでは無い。勇猛果敢で、わしの身を、一番にと考える、忠烈の臣であり、そしてわしの、莫逆の友でもある。戯れであっても、言葉を選んでもらえると、有り難いのじゃが、どうじゃろうのお?」

 ファンオウは細い眼を鋭くし、白雪を見据える。殿、と歓喜のこもったエリックの呟きが、傍らで聞こえてくる。

「……そなたに、そのような顔が出来るとはのう。成程、これは、妾の失言じゃった。すまなかったのう、エリックとやら」

 そう言って、白雪がエリックへ軽く頭を下げる。黙して見守っていたアクタが、驚きの表情で口をぱくぱくとさせた。

「……こちらこそ、すまなかった。助力は、感謝する、白雪」

 対するエリックも、わずかに頭を動かし礼を返す。その様を見て、アクタが再び驚愕した。

「さて、話もまとまったことじゃし、そろそろ、旅を再開するかのお」

 ぱん、と手を鳴らしてファンオウが言えば、エリックと白雪が同時にうなずいた。呆気に取られるアクタを促し、ファンオウは籠へと乗り組んでゆく。エリック、白雪と続いて籠に入ったが、アクタが遠慮した様子で籠の脇を走ると言い張った。

「白雪様と席を同じくするなどと、畏れ多い真似は出来ません」

 そんなことを口走るアクタに、エリックのこめかみがぴくりと動く。

「貴様、殿とであれば、同席していたではないか……」

 籠を降りてアクタの襟首を掴もうとするエリックをファンオウは必死に押し留め、籠を出立させる。

「あやつは、調子の良いところがあるからのう。許してやってたもれ、ファンオウ」

 ふわりと持ち上げられた籠の中で、白雪が茶目っ気のある笑みを浮かべて言う。うむうむとうなずくファンオウの横で、エリックは少し憮然とした表情で籠の傍らを走るアクタを見据えていた。

 カラカラとファンオウの朗らかな笑い声を響かせながら、籠は長閑に街道を快走してゆく。気持ちの良い風が、追い風となって籠を揺らしてゆくのであった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

今回も、お楽しみいただけましたら幸いです。

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