表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
黎明の章
7/103

のほほん領主、新たな領民を得る

 ファンオウとエリックは、村人の逃散した集落を後にする。病の癒えた少女とその父親が、賊徒より奪った馬に乗り後ろに続いていた。四頭となった馬は、先頭を駆けるエリックの指示によく従い、ファンオウと同様に父娘もただ鞍に座っているだけで良かった。

「すみません、ファンオウ様。私と、娘まで連れていただいて」

 馬上で揺られ、手綱を握る父親がファンオウに顔を向けて言った。

「何、構わぬ。あそこにいたら、またぞろ賊徒が、やって来るかもしれんからのお」

 優しい微笑を湛えたファンオウが、のんびりと言った。賊徒、という言葉に男は少し顔を青くしたが、すっかり元気になった少女へ眼を向けると落ち着きを取り戻した。

「あの子も、あんなにはしゃいでしまって……うるさくは、ないですか?」

 馬上で嬌声を上げる少女に、父親は苦笑いを向けつつ言う。少女の軽い身体が鞍の上で跳ねて、馬の方が落ちないようにと気を遣っているようにも見えた。

「子供は、元気が一番じゃ。のう、イファちゃんや」

 鷹揚にうなずき、ファンオウが少女に声をかける。あどけない顔にいっぱいの笑みを浮かべて、少女はファンオウに顔を向けた。

「はい! 病を治してくださって、ありがとうございます、ファンオウ様!」

 くりくりとよく動く大きな瞳を、少女はあちこちへと向ける。村から出ることも、まして馬に乗った視界も少女には初めてのことらしく、興奮気味であった。

 ファンオウはその様子に細い眼をさらに弓なりに細め、うんうんとうなずいた。治療を施すうちに、ファンオウは少女とすっかり打ち解け、手すきの時には物語などを聞かせることもあった。

「どこぞに、良き土地があれば、よいのじゃがのお」

 父親へと顔を戻したファンオウが、口にするのは父娘の逃散先のことである。農地を捨てて、一からやっていくのは並大抵の苦労では無い。父娘が慎ましく暮らしてゆくだけでも、余程の幸運と出会いに恵まれる必要があった。

「そのことなのですが、ファンオウ様……」

 父親が、呼びかけつつも顔を下へと向ける。馬上で、ファンオウは首を傾げた。

「何か、当てでもあるのかのお?」

 ゆっくりと聞いたファンオウへ、父親が顔を上げる。表情からうかがえる真面目な色に、ファンオウは自然と姿勢を正した。

「私たちを、いえ、せめて娘のイファだけでも……領主様の民として、迎え入れてはいただけないでしょうか」

「なんと……」

 父親の言葉に、ファンオウは眼と口をぽかんと開いた。父親は必死の形相で、馬上で激しく頭を下げてファンオウに手を合わせる。

「お願いいたします! 厚かましい願いであるのは承知の上ですが、私にはもう、信じられるのはあなた様しかいないのです!」

 叫ぶ父親に、馬を寄せたのは黙っていたエリックである。

「おい、人間。あまり馬の上で暴れるな。馬が、難儀している」

 ぽん、と父親の馬のたてがみに手をやり、エリックが静かに言った。

「こ、これは失礼を致しました、従者様!」

 身体を固くして謝る父親に、ふんと鼻を鳴らしてエリックが馬を離した。

「荷は、荷らしく運ばれていろ。余計な願いなど、口にするな」

 冷淡なエリックの声に、父親ががくりとうなだれる。

「エリック、もう少し、優しく言えぬかのお?」

 横からとりなすように、ファンオウは声を上げた。

「殿。いかな理由があったとて、この男は一度村を捨てたのです。殿の領へ行ったとて、再び苦難に遭えばまた村を捨て、やがては賊徒となるやも知れません。俺は、反対です」

 言いたい事だけを言って、エリックは再び先頭へと戻ってゆく。ファンオウは苦笑を浮かべ、その背を見つめてから父親へと顔を向ける。

「すまぬのお。あやつも、馬を操るのに難儀しておって、気が立っているのじゃ。心無い言葉を聞かせたこと、どうか許してやってくれんかのお」

 そう言って頭を下げるファンオウへ、父親が慌てて手を突き出して左右に振った。

「と、とんでもありません、ファンオウ様! どうぞ、頭を上げてください! 私が、厚かましくも願い出たのがいけないのです!」

 顔を上げたファンオウは、穏やかな微笑をもって首を横へ振る。

「それは違うぞ、イーサンよ。お主が、わしの領へと来てくれるという気持は、嬉しい。未だ領主として、何の実績も無いわしに、ついてきてくれると言うのは、有り難い話じゃ。じゃが、わしの領は遠く、西南の彼方にあるのじゃ。長く、苦しい旅になってしまう。弱っていたお主とイファには、ちときついのではないかと、思うのじゃ」

 森を抜け山を越え、峡谷を渡り領へと至る。幼い頃に通った道筋を頭の中で辿りながら、ファンオウはしみじみと言った。ファンオウの言葉を聞いた父親が、考えるように俯き、しばらくしてその顔を上げる。そこには、晴れやかな覚悟の表情があった。

「構いません。私は、旅路の露となり果てようとも、ファンオウ様についてゆきたく思います」

「私も、ファンオウ様について行きたいです! 私に命をくれたのは、ファンオウ様ですから!」

 少女のきらきらとした瞳と父親の真摯な眼差しを向けられて、ファンオウは大きく眼を開き、そしてゆっくりとうなずいた。

「あいわかった。お主らの覚悟、確かに受け取った。これよりは、わしの民として、お主らを守り抜くことを、わしは誓おう」

 のんびりとした声音であったが、それは宣誓であった。父娘にとっては何よりも尊い、神の言葉に等しいものだ。父娘は揃って、馬のたてがみに頭を押し付けるようにして平伏する。

「そういうことは、降りてからしろ、人間」

 先頭から聞こえてくるエリックの声に、父娘は恐縮して顔を見合わせ、ファンオウは高らかに笑い声を上げたのであった。


 夜になり、その日は野営することとなった。道中でエリックが集めていた枯れ木の束に火が灯され、風の魔法により温かな空間が作られる。大鹿の肉を燻製にしたものと、野草を煮詰めた簡素な食事を終えてファンオウは、夜空を眺めていた。隣には、イファの姿もあった。

「綺麗な、空じゃのお。一つ一つの星に名があるそうじゃが、わしは、どれも覚えてはおらぬのお」

「赤い星も、青い星も、いっぱいあって、綺麗ですね、ファンオウ様」

 にこにこと身を寄せるイファの頭を、ファンオウは優しく撫でる。ちらりとたき火の側へ目をやると、棒切れを振るイーサンと腕組みをしてそれを見つめるエリックの姿が見えた。

「それで、イファよ。話とは、一体何じゃ? お主も快復したとはいえ、病み上がりじゃ。あまり、遅くまで起きていては、身体に障るぞ」

 気遣う目を向けてみると、イファはもぞもぞと懐から何かを取り出していた。うっすらと肉のついた痩せた胸がちらりと見えて、ファンオウは慌てて視線を逸らす。

「これ、ファンオウ様にあげます」

 目の前に、イファの小さな手が現れた。よく見ると、その手には小さな小瓶が握られている。

「ふむう、開けても、良いかのお?」

 ファンオウの問いに、イファはうんうんとうなずく。小瓶の封をしている木の栓が、ファンオウの手により軽い音を立てて抜ける。手のひらを上に向けて、ファンオウは小瓶を逆さにする。中から出てきたのは、小さなカケラだった。

「これは……種、かのお?」

 首を傾げて言うファンオウに、イファが笑顔でうなずいた。

「はい。これは、ヒマワリっていう、お花の種です。夏に、お日様のほうを向いて咲く、黄色い大きな花です。他の種は食べちゃったけど、これだけは、大事に持っていたんです」

「ふむう……ヒマワリ、のお」

 しげしげと、ファンオウは手の中の種を見つめる。楕円形の種には、白黒の縞模様があった。

「ファンオウ様の領へ行ったら、その種を蒔いて、お花を咲かせて見たいんです。ファンオウ様といっしょに」

「なれば、これは、お主が持っていたほうが、良いのでは、ないのかのお?」

 のんびりと言うファンオウへ、イファが首を横へ振って見せる。

「私は、ファンオウ様の領へ行く前に、死んじゃうかもしれませんから。もし、そうなったら、ファンオウ様に咲かせてほしいんです、ヒマワリのお花を」

 明るく言うイファの言葉に、ファンオウは手のひらに種を乗せて、しばし呆然となった。

「うむ。それなら、しかと、受け取っておく」

 そう言って、小瓶の中へと種を戻し、ファンオウはうなずいた。小瓶を懐へ仕舞ったファンオウは、イファの頭へそっと手を置いて、撫でる。

「じゃがのお、花を見るのは、お主と一緒の方がいいのお」

 しみじみと言いながら、頭に添えた手をファンオウは動かす。イファはちょっとだけ顔を赤く染めて、小さくうなずいた。

「はい。私も、です……」

 うっとりと、イファが目を閉じ呟いた。静かな時間が、過ぎてゆく。煌く星々と、月の光がひと時の安寧を、じっと見下ろしていた。

「そろそろ、寝るかのお」

 腕の中で寝息を立て始めた少女を抱え、ファンオウは呟いた。イファと共に寝具に入り丸くなると、じんわりとした温もりが伝わってくる。目を閉じれば、ファンオウにも眠りはすぐに訪れたのであった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

のんびりと、お楽しみいただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ