のほほん州吏、王都への召還を受ける
※今回のお話には、若干の腐女子要素が含まれます。苦手な方は、ご注意ください。
さんさんと、常夏の日差しが密林の木々に降り注ぐ。コーン、コーンと木を伐る音が、そこかしこから響いてくる。広大な密林の外縁部分には、多くの半裸の褐色肌の男たちが立ち働いていた。
曲がりくねった密林の木が、根元を伐られて倒壊する。男たちがそこへ群がり、木は瞬く間に枝を落とされ、ブロック状の丸太へと切り分けられてゆく。熟練の技と、優れた道具。そして徹底的な作業分担による効率化が、それを可能にしていた。
きびきびと動く男たちを、遠くから眺める者がいた。小柄な身体を、ゆったりとしたローブに包んだその人物は女性であった。ローブにはヒマワリ色の十字架が染め抜かれており、豪奢な刺繍の施されたそれを着ることをこの地で許されているのは、たった一人。聖都ファンオウのヒマワリ大聖堂、その頂点に立つ神官長ランダその人である。
「日に焼けた肌と肌のぶつかり合い……複数の男たちによる共同作業……ぐふふ、捗るわぁ」
おかっぱに切り揃えた前髪の間から飽くことなく男たちの作業を眺め、ランダは人目も憚らずに呟く。ランダには、己の歪んだ性癖を隠そうとする素振りは無い。この地で、領主の政に腕を貸す際の、約束だからである。全てを受け容れ、思想の自由をくれた領主ファンオウに、ランダは心の底から感謝を捧げている。
無論、ランダとてただ己の愉しみの為だけにこの場にいるわけでは無い。男たちの汗と筋肉、触れあう手と手を脳内に刻み込むと同時、密林を俯瞰した図を頭に浮かべつつ伐採面積を計算しているのである。
「来月からは、農作業かしらね。半裸の男たちが農地を責め上げる感じで……うん、いけるわぁ」
妄想を展開しつつ、開拓計画を練り上げる。それは、ランダにしか出来ない芸当であった。とろんと恍惚に歪む表情の奥で、怜悧な思考が密林の地の未来を弾き出してゆく。没頭しているランダの元へ、駆け寄ってくる者がいた。
「神官長! 国境付近から連絡です! 王都から、国王の竹簡を携えた使者が、こちらへ向かっているとのことです!」
ランダは思考を中断し、駆け寄ってきた伝令兵士の言葉を頭の中で反芻する。
「……ラブレター? 国王が、領主様に。身分を超えた、ロマンスね?」
ランダの言葉に、兵士がげんなりとした顔を向けてくる。
「ともかく、ご差配を」
「太陽神殿へ伝令を。大聖堂にて、会談の場を設けます。使者は、そちらで出迎えると伝えなさい」
手早く伝えると、兵士が一礼して駆け去ってゆく。兵士の行く先にある、小高い丘の上の白亜の大神殿を、ランダは眼を細めつつ見やる。
「王都からの使者なんて……厄介ごとしか思い浮かばないけれど、一体何なのかしらね」
ふっと表情を引き締めたランダが、小さく呟く。そうしてランダは、名残惜しげに林業に勤しむ男たちを振り返り、その場を去った。向かう先は、ヒマワリ大聖堂。ランダと同志たちの集う、腐教の巣窟である。新たなネタを手に入れたランダの足取りは、軽やかであった。
国王からの竹簡を携えた使者たちは、大聖堂でファンオウへ竹簡を渡し、早々に帰っていった。歓待をしようと、引き留めようとしたファンオウであったが、早く戻らねば国王より罰を受けるのだ、と言われればそれ以上は何も言えない。しきりに腰のあたりを押さえ、きょろきょろと不安げに周囲を見回す使者一行を、黙って送り出すしか出来なかった。
竹簡と一緒に、一枚の木札の入った布袋を渡されていた。どちらを先に検めるべきか、と少し悩んだ末、ファンオウはまず竹簡へと眼を通すことにした。
「領主様、どうぞこちらへ」
大聖堂内部に設えられた会議室へ、ランダに導かれてやって来る。側を固める鬼のソテツと、面白そうだと付いて来た女ドワーフのレンガも、その後へ続いた。
「うむ。すまぬのお」
「今、お茶をお出しいたしますわ。南方領より取り寄せた、そこそこ上級品ですの。ところで……今日は、エリック様はいかがなさいましたの?」
澄ました口調で、ランダが問いかけてくる。
「うむ。エリックは、調練がある、と言って、おったかのお。じゃから、今日はこの二人が、代わりに来たんじゃよ」
のんびりとした声音で、ファンオウは言った。
「それは、少し残念ですわねえ。せっかく、ソテツがいるというのに……」
「ふむう?」
「とりあえず、ランダの言うことは気にせず、竹簡読もう。ファンオウさん」
苦笑しながら言うレンガにうなずき、ファンオウは素直に竹簡を開く。久々に見る、形式と儀礼に飾られた王都の文体に、ファンオウは苦労しつつもなんとか読み進めてゆく。背後で聞こえてくる、ランダとレンガのちょっとした口論は、耳には入って来なかった。
「ふう……」
「お疲れ様ですわ、領主様」
難解な文章を読み終え一息つくファンオウに、ランダが茶を差し出してくる。苦味が少し強いが、爽やかな後味の茶だった。お茶請けに出されるのは、この地の名産であるヒマワリの種を炒ったものだ。あっさりとした素朴な味が、茶とよく合っていた。
「こうして、組み合わせてみると、美味いのお。茶と、ヒマワリの種も」
「カップリングは、日夜研究していますから。ぐふふ……」
「そういうのは、後でやりなさいよ。それで、ファンオウさん。国王は、何て言ってきたの?」
「うむ。こちらの領も、落ち着いてきたであろうゆえ、一度、顔を見せに来い。おおよそは、そんな所かのお」
ファンオウの言葉に、ランダが指を拡げた両手を口元に当て、大きく息を呑んだ。
「まさか、本当に恋文……?」
木の葉の擦れるような、微かなランダの声が呼気と共に漏れる。小さな声の上早口であったので、ファンオウの耳にはそれは届かない。
「なるほどね。それで、小袋のほうは?」
レンガには聞き取れていたのだが、さらりと流してファンオウに問いかけてくる。
「ふむ。竹簡によれば、南方領の、河川の通行許可証が、入っておるらしいのお」
言いながらファンオウは、小袋の口を縛る絹の紐を解く。中に入っている木札には、国王の名において領主ファンオウに王族のみに許された河川の通行を許す、とあった。
「……どうやら、本物のようね。うっすらと魔力も感じるし。良いもの貰ったじゃない、ファンオウさん」
木札を見つめていたレンガが、ファンオウにうなずきかける。
「うむ。これなら、王都へ行くのに、果無の山脈を、越えずとも済むのじゃのお」
果無の山脈とは、ファンオウの領地の東にそびえ立つ峻厳な山々である。
「ファンオウさんには、あの山越えるのはちょっと厳しかったものね。どこぞのエルフ様が、やたらとぴりぴりしてたし。山を越えてからも、長い道のりなんでしょ?」
「そうじゃのお。エリックが、馬を急がせても、ひと月くらいは、かかるかのお」
「国王も、それは待ちきれないっていうことなのかな。南の大河を船で下れば、十日くらいで王都に着けるっていう話だし。さっきの使者も、船を使って来たんだろうね」
「ふむ。それならば、国王陛下には、気軽に、会いに行けるかのお」
うんうん、とうなずくファンオウの袖が、不意に強い力で引かれた。
「領主様!」
見れば、ランダが必死の形相で呼びかけてくる。
「どうしたのじゃ、ランダ?」
眼を血走らせて大声を上げたランダに、ファンオウは平然と問いかける。
「お、王都へ行かれるのでしたら、是非、私も御共に……」
「あんたは領内の開発計画練らなくちゃでしょ? それに、大聖堂の神官長が大聖堂空けてどうするのよ。あんたは、あたしと一緒に留守居だからね」
訴えかけるランダを遮り、レンガが呆れたように言葉を挟む。
「ぐうう……そっ、それなら、せめて、使徒の一人を連れて行ってくださいまし! 国王と領主様、どちらが受け攻めであるか、見極めねば。それに王都には、まだ見ぬ艶本が眠っている筈です! 中央の地の流行の最先端を、知り得る機会をどうかお与えくださいまし!」
ろくでもない動機であったが、意味のわからぬファンオウはただ熱意に絆されるばかりである。
「ようはわからぬが、お主の代わりに、使徒を一人、伴えば良いのじゃな? それくらいは、お安い御用じゃのお」
「ありがとう……ございますっ! 早速、王都へ行く使途を選出してきますわ!」
快く請け合ったファンオウに、ランダが感涙にむせびつつ一礼してその場から駆け去ってゆく。
「ファンオウさんって、本当に懐が広いね。あんなのでも、受け容れちゃうんだから」
後ろ姿を見送ったレンガが、小さく息を吐いて言った。
「熱意があり、才もある。より良い領の為に、尽くしてくれておるのじゃ。ランダは、わしにとって、大切な、臣下じゃからのお。少しの願いくらいは、聞いてやりとうてのお。ときに、レンガさんは、王都へは行かぬのかのお?」
ファンオウの問いに、レンガが首を横へ振った。
「ランダだけじゃ、荒事があった時に対処し切れないかもだし。それに」
レンガが、背中に背負った愛用の白銀の槍斧を引き抜いて言う。
「これ持ったままだと、沈んじゃうからね。水は、あんまり好きじゃないの」
「ふむ。確かに、重そうじゃのお。それならば、仕方ないのお」
ファンオウが言うと、レンガがこっくりとうなずいて槍斧を背中へ戻した。
「うん。だから今回は、留守居として領を守っていてあげる。そのかわり……」
すっと、レンガがファンオウの隣へと身を滑り込ませ、布衣に包まれたファンオウの胸へ指を当ててくねらせてくる。
「帰ってきたら……ファンオウさんに、して欲しいなって」
頬を染めて睦言のように口にするレンガに、ファンオウはにこやかにうなずいた。
「ふむ。指圧じゃな。留守居を、任せるのじゃ。それくらい、何でもないことじゃよ」
「……むぅ。ま、いいよ。今は、それで」
小さく頬を膨らませるレンガの想いに、気付かぬファンオウはカラカラと笑う。
「………」
「お主は、どうするのかのお、ソテツや?」
ひとしきり笑った後、ファンオウは部屋の隅で黙って立っていたソテツへ問いかける。
「ファンオウ様、仰せる、ままに」
痩身長躯を折り曲げて、涼やかで見事な武人の礼を以てソテツが答えた。
「ならば、お主も伴って、行くかのお。王都へ」
「まあ、今のソテツだったら、大丈夫そうね。帽子で角を隠せば、鬼には見えないし」
うむうむとうなずいて、ファンオウは再び笑う。つられるようにして、レンガも楽しげに笑い、ソテツの口元にも微笑が浮かぶ。厳かな大聖堂の会議室は、和やかな空気で満ちてゆくのであった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回も、お楽しみいただけましたら、幸いです。




