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のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
黎明の章
6/103

のほほん領主、賊徒と相対し、理解を深める

 薄い戸を破らんばかりに叩く音に、ファンオウはゆっくりと振り向いた。

「そんなに叩かずとも、今、開ける」

 父娘を隠した藁の山を背に、ファンオウは声を上げて入口の戸を引いた。家の前に立っているのは、二人の賊徒らしい恰好の男たちである。

「おう、やっぱり人が残ってやがったかよ」

 山刀をぶら下げた、賊徒の一人がにやにやと笑いながらファンオウを見下ろす。しわがれた濁声を前に、ファンオウは腕を腰に当てて仁王立ちになった。

「お主ら、この村に、一体何の用じゃ? ここには、もうわし以外、誰もおらぬ」

「ちっ、気の抜ける喋り方しやがって……まあいい。俺らはな、泣く子も黙る盗賊団、赤根団のもんよ。この村に残った物を、あるだけ奪いに来たんだ。金目の物を隠してやがるなら、大人しく出しやがれ!」

 山刀の鋭い切っ先が、ファンオウの胸先へ突き付けられる。

「そうか。それなら少し、待っておれ」

 悠然と刃物を見下ろし、ファンオウは男に背を向けた。とてとてと歩き、家の中に置いた荷の元へとやってくる。

「金目の物、となると……ウサギの毛皮くらいかのお」

 言いながら、ファンオウは荷の中から鞣された毛皮を取り出し、男の側へと戻り差し出した。

「ほう……こいつは、中々丁寧な仕事をしてるじゃねえか」

 毛皮をひったくるように奪い、男は後ろにいるもう一人の賊徒へそれを放り投げた。

「それで、満足したかのお?」

 ファンオウの問いかけに、男はにやりと笑って首を横へ振る。

「いいや、まだだ。その荷と、それからお前の着ているものを、全部寄越せ」

 男の言葉に、今度はファンオウが首を横へ振る。

「それは、出来ぬ相談じゃのお。わしは、ゆえあって旅をしておる。荷と服が無くなれば、旅を続けることが、出来なくなってしまうからのお」

 のんびりと言ったファンオウに、男の腕が伸びた。胸倉を掴まれたファンオウの顔のすぐそばに、男が顔を寄せてくる。

「残念だが、お前の旅は終わりだ。身ぐるみ剥いだ後、お前もとっ捕まえて売り飛ばす。よくよく見りゃ、品のある顔してるじゃねえか。奴隷好きのお貴族様に、たっぷり可愛がってもらうんだな」

 ドスの効いた低い声で、男が言う。ファンオウは、のんびりと少し困った顔で男を見返した。

「それは、困るのお。わしは、あと二日はここに、居なければならぬ理由があるのじゃ。わしを、どこかへ連れて行くと言うなら、二日は、待ってもらえぬかのお?」

 問いかけるファンオウの顔へ、男が拳で殴りつける。ファンオウの身体がぐるりと回転し、もんどりうって土間へと倒れてしまう。

「つべこべ言わず、言われた通りにしろ! さもなきゃ、こいつの切れ味を思い知ることになるぜ!」

 地面に手を突いたファンオウの首元に、男が山刀の切っ先で軽く触れてくる。

「乱暴な、奴じゃのお。お主は、もう少し野菜などを、食したほうが良いぞ?」

「うるせえ! さっさと荷を寄越して服を全部脱ぐんだよ!」

 叫んだ男の背後で、どさり、と重い音がした。男が振り向いた隙にファンオウは身を起こし、男の足の間から音の主へと眼を向ける。

「あん? 一体、どうしたんだ? おい!」

 地面へ倒れ伏した賊徒のもとへ、男が近づいてゆく。その眉間を、短い矢が貫いた。男の頭蓋を砕き、矢はすぐ後ろの地面へと深く突き刺さる。怪訝な表情のまま、男はのけ反り、絶命した。

 ほどなくして、軽やかな馬蹄の響きが近づいてくる。ファンオウが立ち上がり、服の土埃を払う頃には家の前にその姿があった。

「エリック」

 地面に射込まれた矢じりから、その正体は知れていた。ファンオウが呼びかけると、エリックは鮮やかに馬を飛び降り、地面へ拳をつけた。

「殿、ご無事で何よりです。遠目より不逞の輩を見かけましたので、射殺しました。お怪我は、ございませんか?」

 エリックの問いに、ファンオウはゆっくりと首を横へ振る。

「わしは、無事じゃ。こやつらは、死んでしまったようじゃがのお」

 頭を射抜かれ、血を流し倒れ伏す二人の男を一瞥してファンオウは言う。

「この辺りには、賊徒が出るようです。俺も、狩りに出たときに遭って斬りました」

 事も無げに、エリックが言った。

「それで、賊徒の馬を、奪ってきた、ということなのかのお?」

 エリックの背後に目を向けて、ファンオウが問う。エリックが、こくりとうなずく。

「貧しい村を襲い、奪いつくす賊徒どもの元にいるよりも、殿の元で働く方が彼らも幸せかと思われまする」

 エリックが二頭の馬へ眼を向けると、それぞれが頭を下げるように嘶いた。

「そのようじゃのお。心なしか、わしにもこの馬らが、喜んでおるように見えるのお」

 跪くエリックの脇を抜けて、ファンオウは頭を下げる馬の首筋を撫でるように叩く。元々いた荷馬が頭を寄せて来るので、ファンオウはそれも撫でた。

「殿……俺には……」

「ん? 何じゃ、エリック?」

 膝を立てたまま振り向くエリックに、ファンオウは首を傾げる。

「……いいえ、何もありませぬ」

 端正な顔にどこか落胆にも見える色を見せて、エリックが言った。不思議そうにそれを見つめていたファンオウであったが、倒れ伏した賊徒たちへ眼を向けるとその表情を曇らせた。

「いかがなさいましたか、殿?」

 問いかけるエリックに、ファンオウは死体を見つめたまま口を開く。

「……あやつらも、同じなのじゃ、エリック。貧しいものから奪うのは、己が生きてゆくため。生まれながらの賊徒などというものは、どこにもおらぬのじゃ」

「殿……」

 馬の首から手を離し、ファンオウはエリックに向き直る。

「エリックよ。お主は、強い。世界は広いとはいえど、お主を害せるものなど、そうはおるまい」

「そんな、いいえ、殿……」

 称賛の言葉に、微かに唇を歪めてエリックが俯く。見てみれば、耳の先までほのかに赤くなっていた。

「じゃから、わしは、お主の強さに甘える。エリックよ、この旅が終わるまで、人の命を奪うことは避けるのじゃ」

 ファンオウの言葉に、エリックは眼を見開いて顔を上げた。

「と、殿……そ、それは、どのようなご意志でございますか?」

「殺さずとも、よい命ならば……奪いたくは無い。もちろん、お主の身が危険であれば、そのときは、守らずとも良い。あくまでこれは、お主への、頼みなのじゃ。友であるお主への、甘えなのじゃ。聞いて、くれるかのお?」

 ファンオウの柔和な造りの顔には、かつてないほど真剣な表情が浮かんでいた。

「……勿体なき、お言葉でございます、殿!」

 唇を一文字に引き結び、エリックが深く頭を下げる。

「この身の力をもってすれば、殿へ害を成す人間どもを根切りにすることなど容易いことではございまするが、殿はそれを望まれぬ。俺の力を信じ、あえて試練を与えて下さるのですね!」

 言いながら、エリックが顔を上げる。実に晴れやかな、それは笑顔であった。

「う、うむ……わしの頼みを、聞いてくれる、ということなのかのお?」

 とても良い笑顔で見つめてくるエリックに、若干引き気味になったファンオウが笑みを返して問う。

「はい! 殿が俺を信じて下さる限り、俺は決して人の命を奪いはしません! そして旅の間、殿の身に降りかかる災禍は全て、俺が払いのけて見せましょう!」

「そ、そうか。有り難いことじゃが、決して無理は、するでないぞ?」

「はい! 殿の御為に、この身の一片に至るまで、死力と成して闘いぬく所存です!」

 熱意溢れるエリックの言葉に、ファンオウはどこかズレを感じながらもうなずいた。

「まあ、良いか。エリックよ、ともかく此度も、ご苦労であった。狩りで疲れておろう。後で、わしが鍼を打ってやろう」

 ぽん、とファンオウがエリックの肩を軽く叩く。ついでに気脈を診てみるが、エリックの全身には凄まじい勢いで気が巡り、満ちている。

「……と、思ったが、今のお主には、必要無いかのお……」

 診立てて言うファンオウに、エリックは少しだけ肩を落としたのであった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

今週中にもう一話、書けたら投稿します。

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