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のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
昇陽の章
51/103

変装領主、蜥蜴の治療に精を出し神官長と密議す

のほほん回ですが、ちょっとした腐成分が含まれます。ご注意ください。

 聖都ファンオウのヒマワリ大聖堂の側にある、小さな診療所。そこは今、さながら戦場のようであった。あちこちに転がる蜥蜴族の戦士の周りを、小柄なイファが駆けまわる。褐色の民の女たちも、あちこちで上がる苦痛の鳴き声の中を動き回り、ぐったりとうつ伏せになった蜥蜴族たちへヒマワリ粥を運んでゆく。

「蜥蜴族さんの怪我は、どうやって診ればいいんでしょうか……ファンオウ様ぁ」

 人体とは勝手の違う蜥蜴族たちに、イファの口から情けない声が漏れる。イファに出来ることは、せいぜい見てわかる切り傷に薬を塗ることくらいであった。言葉も通じず、ぎゃいぎゃいと鳴く蜥蜴族たちに頭を抱えるイファ。老ドワーフとなったオウガが到着したのは、そんな時であった。

「これは、また……たくさんおるのお、イファや」

「あっ、ファン……オウガ先生! 来ていただけたのですね!」

 ぱっと顔を輝かせ、イファがオウガに駆け寄り手を取った。

「先生、実は」

「話は、後じゃ。今は、患者が優先じゃて、のお」

 ゆったりとした動きで、オウガが一人の蜥蜴族へと眼を落とす。ぐったりとしたその蜥蜴族は、呼吸も小さく、痙攣する動きも弱々しい。

「……腰のあたりに、気脈の淀みが見えるのお。どれ」

 オウガは持ってきた鞄から、一本の長い鍼を取り出した。

「イファや、湯と、布を出来るだけたくさん、用意してくれぬかのお」

「はいっ、畏まりました!」

 小気味よい返事とともに、イファが周囲の褐色の民の女たちへと声を掛けにゆく。その間に、オウガは鍼を打ち終え、次の蜥蜴族へと眼を向ける。

「ずらりと並んでおるぶんには、都合が良いか、のお」

 次の蜥蜴族の背に手を当てながら、オウガは視線を巡らせる。横たわる蜥蜴族たちの、視線が集まっていた。大柄な者から、子供と見える小柄な者まで、百対に近い瞳の群れが、オウガへ向けてくるのは縋り付くような弱者の懇願である。

「もう、大丈夫じゃ。わしが、癒してやるで、のお」

 すとん、と意識の落ちた蜥蜴族の頭を優しく横たえ、鍼を手にオウガはさらに次の蜥蜴族へと診療の手を拡げてゆく。湯と布を持ってきたイファに後始末を任せ、オウガはただひたすらに鍼を打ち続けた。

「ギャッギャ、ギュウ」

「うむ。お主も、ちゃんと診るからのお。しかし、まずはこやつが先じゃ。大人しくしておれ」

 軽い怪我の者たちが騒いだが、オウガが言って聞かせれば彼らは素直に鳴き声を静めた。

「彼らの言葉が、わかるんですか、先生?」

 眼を丸くして、イファが尋ねる。

「なんとのう、わかるのじゃ。言葉よりも、心がのう。イファも、診ておればわかるように、なるじゃろうのお」

 湯を通し、消毒をして冷ました鍼を別の蜥蜴に打ち込みながら、オウガは答えた。

「凄いです、先生……私も、頑張ります!」

「うむ。その意気じゃ」

 穏やかに言いつつ、オウガの手つきは止まらない。どころか、数を経るごとに鍼の正確さと速度はますます高まってゆく。治療を受け終えた蜥蜴族たちの中には、すでに供されたヒマワリ粥を勢いよくすすり込む者まで出始めていた。

「お主で、最後じゃ。よう、頑張ったのお」

「ギャウ」

 突き指をしたと見える蜥蜴族の手に、軽く指圧を施せば処置は完了であった。とっぷりと暮れていた陽は沈み、新たな陽が昇る。夜明けの光に照らされた蜥蜴族たちの緑の鱗が、鮮やかに照り輝いている。

「ギャッギャ、ギャウ」

 鳴き声とともに、蜥蜴族たちが一斉にオウガへ向けて腹を見せて寝転がる。

「先生……これは?」

「彼らの、服従の仕草じゃのお。ふむ。そう、畏まらずとも、良いぞ」

 声をかけるも、蜥蜴族たちは逆さになった眼をオウガへ向け、神妙な様子で腹を見せ続ける。

「ギャウ、ギャウ」

 ずらりと並んだ蜥蜴族の、先頭にいるひときわ大きな蜥蜴族が鳴いた。

「わしは、医師じゃ。そんな大それた者では、無い。ほどなく、お主らの長も、帰って来るじゃろう。皆で力を合わせ、この地の民として、生きて行くのじゃ」

「ギャ」

「うむ。そうと決まれば、お主らの、住まう場所などを、取り決めねば、ならぬのお。ランダに、相談すれば、良いかのお……イファや、しばらく、ここを任せても、構わぬかのお?」

 傍らのイファに声をかければ、蜥蜴族と何気なく会話するオウガに唖然としていたイファが心配そうな顔を見せる。

「私で、大丈夫でしょうか? まだ、言葉もわかりませんし……」

 逡巡を見せるイファに、オウガは穏やかにうなずいた。

「ソテツも、ここへ置いてゆく。大聖堂は、すぐ隣じゃからのお。何かあれば、すぐに呼びに来れば良い」

 オウガの言葉に、背後に控えていたソテツがうなずいた。

「イファ、心配、無い。蜥蜴、先生、服従している。害意、感じない」

 鬼の顔に浮かぶ微笑に、イファは少し頬を染めつつうなずきを返した。

「ソテツさんが、そう言うなら……わかりました。ここは、私に任せてください、先生」

「うむ。仲良う、やるのじゃぞ」

 イファとソテツ、そして蜥蜴族たちに見送られ、オウガは大聖堂へと向かった。


 大聖堂の奥の間で、オウガはランダと向き合った。二人の間には机があり、その上には聖都ファンオウを中心とする地図が広げられている。

「蜥蜴族たちの受け入れの準備は、整っておりますわ、ファンオウ様」

 ランダの白い指先が、地図の一点を指す。

「ふむ、何もない、密林のように、見えるのじゃがのお」

 聖都の西部、開拓の手の入っていない場所である。

「聖都周辺の十六部族の集落に、分けて住まわせることも出来るのですが……種族が違う以上、彼らを人間の集落へ溶け込ませることは不可能です。彼らには、自分の住まいを自分で作ってもらうことになります。特別保護区を作り、彼らには彼らの文化を維持させ、有事の際には戦闘力、労働力として駆り出すのが最も良い策であると私は確信いたしますわ」

 つらつらと述べるランダの表情には、どこか頑ななものがあった。

「ランダは、蜥蜴族たちに、何か、思うところでも、あるのかのお?」

 首を傾げて問うオウガに、ランダがはっきりとうなずいた。

「ええ。彼らは、私たちとは相いれない。そんな存在ですわ」

 あからさまに顔を歪め、吐き捨てるようにランダが言う。

「そういえば、蜥蜴族は、南方の領からやってきたが、ランダも、南方出身じゃったのお。何ぞ、嫌な出来事でも、あったのかのお?」

 オウガの問いに、ランダが俯き小刻みに肩を震わせる。

「話したくなければ、無理に、とは言わぬ。じゃが、彼らも、わしの民と、なったのじゃ。出来れば、過去のことは、水に流して……」

「あいつらでは、ちっっっとも捗らないのですわ! 私には、ゲテモノ人外萌えの趣味はございませんの! ぬらぬらしてて嫌らしい見た目の上に卵生で、雄が卵を産むことも無い! あんなのが耽美様に絡みつくことを考えただけで、鳥肌が立ちますわよ! あ、そういえば小耳に挟んだのですがファンオウ様、昨日エリックに種をお与えになったとか……しかも彼のほうから懇願して……詳しく話をお聞きしても?」

 狂態を見せたかと思いきや、くるりと表情を変えて締まりのない笑みを浮かべ鼻息荒く問いかけてくる。変化に苦笑しつつ、どうどうとオウガは両手を前に出して制した。

「エリックに、ヒマワリの種を、飲ませたのは事実じゃが……それより、ランダは蜥蜴族を、随分嫌っておるのじゃのお」

「ムフー……ええ。発展性の無い種族である、と私は認識しております。知恵もなく、新たな文化を受け容れることの出来ない、極めて原始的なイキモノですわ」

「ふむう。じゃからといって、あからさまに、冷遇せずとも、良いのではないか、のお」

「いいえ、それは違いますわ、ファンオウ様」

 びしり、と指を突き付けランダが言った。

「ふむ?」

 首を傾げるオウガに、ランダは突き付けた指を立てて口を開く。

「良いですか? 彼らは、神将軍エリックによって捕虜となった、異国の民なのです。ファンオウ様の広く深い慈悲によって、侵略の罪を許され、民として生きて行くこととなったのです。元からいる領民たちにとって、捕虜は捕虜です。いきなり自分たちと同等の扱いをしては、領民たちの立つ瀬も無いというところではございませんか?」

「う、むう……そう、なるのか、のお」

「はい。そうなります。ですので、蜥蜴族であろうとなかろうと、厳しい環境を与え自ら切り拓かせなければなりません。それが、捕虜となった者の、民へと至る道筋というものですわ」

 きっぱりと言い切られ、オウガは二の句が継げなくなってしまう。

「捕虜とは……そういう、ものなのじゃ、のお……ふむ」

「ご理解いただけたようで、何よりですわ。戦が終わるまで、集落の中に収容所を作ります。彼らには当分、そこで生活していただくことになりますわ。すでに、建築と見張りの手筈は整えてあります。この話は、これで良いでしょう。それよりも……」

 てきぱきとランダが地図を畳み、ねっとりとした視線をオウガへ向ける。

「ふむう?」

「どのような表情で、エリックはファンオウ様の、お種を口へ含まれたのか……じっくりたっぷり、詳しくお聞かせくださいませ?」

「別に、普通じゃったが……やはり、少し興奮しておったようにも、見えたかのお」

「んま! こ、興奮を!?」

「うむ。あやつの、昔からの癖でのお。耳が、わずかに、ぴくぴくと動くのじゃ。よう見ておらねば、気づかぬがのお」

「ふひ、ひひひひひ! ソレです、ファンオウ様! ソレが聞きたかった! うひい!」

 奇怪な笑い声を上げるランダに、オウガは微笑を向ける。

「お主は、余程エリックのことを、好いておるのじゃのお」

 ファンオウの言葉に、ランダが笑いをぴたりと止めて真顔になった。

「いいえ。私は、ファンオウ様の口から出るエリックの媚態を好いているのですわ。あっ、口から出るというよりも、口に出すというほうが……ぐふふ」

「ふむう?」

 首を傾げるオウガの前で、ランダが口元を押さえて含み笑いをする。真昼間の大聖堂には、どんよりとした空気が漂っていた。

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