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のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
昇陽の章
44/103

動き出す王都の影

 煌びやかな宝物と、着飾った女官たちに彩られた玉座の間は華美に満ち溢れていた。玉座の隣には、宝石を埋め込まれた眼にも鮮やかな赤い椅子が設えられており、そこに一人の女が座っている。王の、愛妾である。彼女の誕生を祝う宴は、一週間前より繰り広げられていた。

「些少ながら、贈り物をご愛妾様へと捧げたいと、存じます」

 玉座にある王へ向かい、ファンオウ領の老家令、フェイが捧げ持つのは箱である。侍従がそれを受け取り、中を改めると息を呑んだ。

「こちらへ」

 箱を少し開け、中を覗き見たまま動かぬ侍従へ、王が声をかける。慌てた様子で侍従が王へと振り返り、箱を大きく開けて見せた。

 おおっ、と王と愛妾が感嘆の声を出した。箱の中には、腕輪が一つあるだけだ。だが、ミスリル銀の精緻な彫刻の施された腕輪と赤い宝石の美しさは、この国の華美の全てを支配する王やその愛妾にとってさえ、目を瞠るものであった。

「なんと……美しい。余は、この品を表すべき言葉を、知らぬ」

「本当に……」

 うっとりと、腕輪を見つめて王と愛妾が言う。

「その品には、火の精霊の加護もございますれば、陛下やご愛妾様の助けとなりましょう」

 両腕の袖を垂らして顔を隠したまま、フェイは言い添える。宝物に眼を輝かせる王は、すでにフェイのことなど眼中に無いようであった。

「下がれ」

「いや、待て」

 侍従の指示に、一礼して下がろうとするフェイを、王が呼び止める。ぴたり、とフェイは全身の動きを止めた。

「はっ」

 何か、不興を買うことが、あったのか。フェイの額に、かすかに冷や汗が浮かぶ。腕輪を手に取り息を吐く愛妾から、王がフェイへと向き直った。

「ファンオウは、息災であるか」

 開いた王の口から、出てきたのは主であるファンオウの名だった。

「はい。拝領いたしました領地を、陛下の御為により良いものにせんと奮闘努力を重ねておりまする。ために、直に拝謁のかなわぬこと、ご容赦願いたい、と」

「なれば、良い」

 言葉を遮り、手を振って下がらせる。その態度にフェイは、思うところなく退出してゆく。人と人であれば、不遜といえるかもしれない。だが、王と人なのだ。王を、不遜と言える者は誰もいない。そして王に対し、諫める臣はどこにもいないのだろう。宴に浮かれ切った宮廷を退出する際、フェイが呼び止められることは一度も無かった。



 前後一週間ずつ、合わせて二週間に及ぶ宴も終わった。執務室から続きの間にある私室の椅子へ、王国丞相ジュンサイは深く腰を下ろして息を吐く。身に着けた、裾の長い布衣が重い。痩身の老体には堪える絢爛さではあったが、表面上はそれを見せない。それが、ジュンサイの微かな誇りであった。

「随分と、お疲れのようでございますな、丞相閣下」

 体面を守る男ジュンサイの裏を知る、数少ない男が声をかけてくる。顔を振り向ければ、部屋の片隅にローブ姿の好々爺然とした老人が微笑していた。

「オウギか。首尾は」

 ジュンサイは、言葉を飾らずに老人へと問うた。同時に、視線を壁の飾り布へと逸らす。

「残念ながら、かの者は巧妙に王都へ紛れているようで、追うことは出来ませんでした。しかし、王都から外へは出ておらぬようで」

「そなたが、追えぬか?」

 ジュンサイは驚きの表情を作り、もう一度老人へ眼を向ける。皺だらけの、長い髭をたくわえた老人の姿は、ジュンサイの胸に少しの不快感をもたらす。それは、老人の生業に対するものか。あるいは、長い時を凄絶な暗闘で生きて来た証である老醜に、思うところがあるのだろうか。いずれにせよ、己の身に訪れつつある老いと目の前の老人のそれとは、確実に違うものだ。

「魔術で守られているようですな。恐らくは、かの者の背後にいる、エルフの手によるものでしょう。いやはや、厄介なことですわい」

 表面は穏やかな老人の声も、ジュンサイにはどこか禍々しく感じられる。だがそれでも、手駒は手駒である。思い直せば、不快感もいくらかは和らいだ。

「エルフが……? あの隷属しか知らぬ耳長どもが、そなたよりも上にあると言うのか」

 ジュンサイが思い浮かべるのは、王都の貴族たちが抱える生気のない人形のようなエルフたちである。老人は、そのイメージを眼にしているかのように首を横へ振った。

「王都におります者どもは、奴隷となった時点で手足の腱を切られています。それゆえ人間よりも非力で、従順なのですよ。野生のエルフであるならば……」

「だからといって、そなたが任を果たせぬこととは、何の関係も無い」

「仰る通りで、ございます。ですが、ご安心を。かの者どもが王都から出でぬ限り、時間の問題にございますよ。そして、王都から出ずれば、事はさらに速く進みます」

「頼もしいことではないか。今しがた、わしを失望させかけた男のぬかすこととは思えぬ」

 皮肉をこめた言いざまに、老人がたじろぐことは無い。

「これは手厳しい……なれど、そうでなければ、務まりますまいなあ」

 何が、とは言わない。だが老人は、ジュンサイの望むものを知っている。ジュンサイが丞相へと昇り詰めるまでの望みを、全て叶えてきたのだ。やり口も、よく知っている。

「……時間の問題、そう言ったな」

 だからこそ、ジュンサイは問う。

「此度は、手下を使うことにいたしましたので」

「自ら歩けぬほど、耄碌したわけではあるまい」

 非難めいたことを口にしたジュンサイへ、老人はニタリと笑う。

「そのことにござりますれば……しばらく、丞相閣下のお側を離れる許可をいただきたく」

「ならぬ」

 一言のもとに、ジュンサイは老人の願いを切り捨てた。この老人は、ジュンサイにとっての影の剣であり盾でもある。側を離れるときは、己か老人の死ぬ時だ。そう、思い定めてすらいたのだ。

「なれど、かの者を探ることについては、手下を使ったほうが良いのです。それに、かの地のことについても、この眼で直に見ておかねばなりませぬ」

「……トンヘイの代わりになる者を、送れば良いではないか」

「ですので、私めにございますよ。トンヘイよりも適任となる者は、他におりませぬ」

 じっと、ジュンサイの眼を黄色く濁った双眸が見つめ返してくる。しばしの、沈黙が流れた。

「……期間は、いかほどになる」

 折れたのは、ジュンサイの方だった。

「一年。まずそれだけは、いただきたく存じます。長ければ、五年、あるいは十年ほども」

 論外。そう言って首を振りたかったが、ジュンサイは堪えた。そうして、頭の中の天秤へかけてみる。老人と、それを手放すことによって齎されるものを。

「……かの地の南に、程よき領があった。まずは、そこから仕掛けてみる。そなたを行かせるかどうかは、その結果次第だ」

「それで、充分です。ありがとうございます」

 にこやかに言う老人から、ジュンサイは顔を背けた。

「それで片が付けば、そなたを行かせはせぬ。それで、良いのだな?」

 念を押すように言うと、うなずきが返ってきた。

「はい。やり方はお任せいたしますが、それで潰れなければ、丞相閣下の手に余る相手にございます。そうであれば、もう異論はございますまい」

「……下がれ。いずれにせよ、かの者についての調べはそなたの手で続けよ。こちらも、そうそう待たせはせぬ」

「承りまして、ございます、丞相閣下……」

 部屋の隅に、笑顔の輪郭だけを残して老人が消える。

「相変わらず、薄気味の悪い……」

 老人の消えたあたりへ視線を戻し、ジュンサイは呟く。小さく息を吐き、身体を解しながら執務室へと戻る。竹簡と筆は、そちらに置いてある。

「……たかだかエルフごときに、宮廷魔術師が出るまでもあるまい」

 小さなジュンサイの声は、すぐに筆の音にかき消されていった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

次回も引き続き、のほほん様の出番はありません。どうぞご了承ください。


お楽しみいただけましたら、幸いです。

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