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のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
昇陽の章
43/103

のほほん領主、神となりて信徒へ施しを為す

 ヒマワリ大聖堂の完成から、ひと月の時が流れた。麓の集落に突如として現れた白亜の建築物に、初めは誰もが違和感を覚えていた。だが、それも緩やかになる。それは、建築物とともに領へもたらされた一つの概念が原因であった。

 大聖堂にランダ神官長が就任してから、領内に爆発的に広がっていったもの、それは宗教である。領主ファンオウを神として、崇め奉る現人神信仰であった。元より褐色の民たちの間に広まっていたそれは、大聖堂と神官長のもとにまとめ上げられ、一本の思想と化した。

 麓の集落は十六の教区に分かたれ、神への貢献の高い者たちから一区、二区と住居が振り当てられてゆく。頂点にある太陽神殿への拝謁は、神官長と十二人の使徒のみに許された特権である。神殿住まいの褐色の民、ヨナは神へ仕える巫女という立ち位置となった。そして集落と神殿を行き来するイファは、神の言葉の預言者と呼ばれ、敬われている。

 民たちの生活は、それまでのものとは大きく変わっていった。領主様、強き者、頂点に座する御方と様々な解釈であったものが、神様、と統一されたのだ。戦士たちへの調練は、神将軍の座に就いたエリックが行っているために、以前とは変わらない。だが、十六の教区の代表者たちは、密林の開拓へより一層、力を入れて臨むこととなった。

 神官長ランダが、それぞれの教区へ均等に土地を振り分け開拓の進捗を競わせたのだ。同時に、大聖堂で個ではなく集に重きを置いた教育を施してゆく。覚えたての知識が、神の御役に立ち自らの生活をより良いものへと導くのであれば。民たちは、新たな神のために奮起した。

 信徒たちによって切り拓かれた土地には、畑が作られる。狩猟と採集によって成り立っていた集落の生産に、新たに農業が加わった。

 主な作物は、赤く酸味のある果実、トマの実。そして黄色い粒のモロコシと砂糖カブである。王国で主流の作物である小麦は、領の土地には根付きにくかった。

 密林の木の切り株を除いた畑には、まずヒマワリが植えられる。領内の大地にはまだ邪気が残って循環しており、畑にするためにはそれを浄化する必要があるからだ。預言者イファの手により植えられたヒマワリは瞬く間に成長し、種を残して枯れてゆく。奇跡の御業を間近に見ることのできた民たちは、ますます神への信仰を篤くしていった。

 森を拓いてゆけば、獣たちの棲み処を荒らすこととなる。そうして出て来た猛獣たちには、神将軍エリックの鍛え上げた戦士たちが対応する。ワニ革の盾と鎧に身を包み、ドワーフのレンガが打った鉄槍を手に隊列を組む彼らは、勇猛果敢に獣たちを狩猟していった。

 ヒマワリの種と獣の肉が、民たちの主食である。農業の成果が出れば、ここに野菜が加わることとなる。そして民たちは、伐りだした木材で住居を作っている。となれば、衣、食、住のうち二つは何の問題も無い。

 残る衣服については、神官長よりある指示が下されていた。布衣を身に着け、着飾ることのできる者は神官、もしくは神の側近くへ仕える限られた者のみというものだ。それゆえに、集落の民のほとんどは以前と変わらず、肌も露わな半裸の恰好のままであった。


 大聖堂に並び、ひれ伏す民の姿を見ればそれは一目瞭然である。裾の長い布衣姿である神官長ランダを先頭に、十二人の使徒たちは皆質素ながらも布衣を身に着けている。一段高い台座にいるファンオウの、脇を固めるエリック、イファ、ヨナもそれぞれに衣服を着ていた。

 だが、使徒たちの後ろに並んで平伏する、七人の男たちは違った。日焼けをした逞しい筋肉も露わに、それぞれが腰に獣の革を巻き付けている程度である。

「このたびは、神たる御身にこの聖堂へお運び頂き、恐悦至極にございます」

 平伏したまま、ランダが口を開いた。ファンオウは丸い顔をゆっくりと、縦に振る。事前に、言葉を話すことは禁じられてしまっていた。現人神であるファンオウの言葉は、預言者であるイファが代弁する。

「苦しゅうない。今日に至るまでの忠節、そして今後の信仰を、嬉しく思う。神は、そのように仰せです」

 よどみなく、イファが言葉を述べる。今日の為にとランダが用意した預言者の言葉を、イファは健気に丸暗記していた。おおっ、と使徒たちの背後で、褐色の民たちが声を上げる。

「静まりなさい……申し訳ありません、神の御心を賜る光栄に、民たちが喜びを抑えきれぬ有様で」

「良い。それもまた、篤き信仰の表れである、と神は仰せです」

 すらすらと続けられる二人の問答に、ファンオウは内心で苦笑を浮かべる。ランダはともかく、イファの張り切りようは間近で見ればよくわかった。瞳を潤ませ、少し日焼けをした顔はうっすらと紅潮している。儀式の場に主催として立つ、晴れがましさからであろうか。推察するファンオウの横で、エリックも静かに興奮しているようだった。

「今日、この場に侍ることを許されましたるは、十六の教区の内、特に目覚ましい働きを見せた者ら五名、そして神将軍の選び抜いた三名の戦士長たちにございます。この者らに、どうか神の御慈悲、聖種を施していただきたいと願います」

 ランダの言葉と同時に、使徒たちが動き、七人の男たちの顔へ布を巻き付け目隠しをする。それから男たちは、ゆっくりとファンオウのいる台座の前まで歩み寄り、膝をついて顔を前へと向ける。神の姿を、直接眼にしないようにという計らいである。

「神は、そなたの願いを聞き届けました。これより、聖種を手ずから与えると仰せです」

 イファが、言葉と共にファンオウに小さな種粒を手渡した。それは、堅い殻をむいたヒマワリの種である。ファンオウは立ち上がり、まずは右端の男の前へと立った。

「太陽のように温かな御慈悲、感謝いたします。それでは、第一、第二、第七、第九、第十三教区の長たちは、口を開けて舌を出しなさい」

 ランダの声に、右端から五人目までの男たちが一斉に舌を出す。指でつまんだヒマワリの種を、ファンオウは舌の上に乗せてゆく。そして舌を引っ込めた男たちが、ごくりと咽喉を鳴らした。噛み砕かず、丸呑みにするのが儀式の作法であった。聖種を身に宿した者は、死してもヒマワリの導きにより天へと召され楽園に至る。そのような意味があるのだ、と事前にランダが言っていた。

「続いて、神将軍よりご紹介を」

「十人長の三名、口を開けて舌を出せ」

 短いエリックの命に応じ、三名の男が機敏に従う。舌を出す動作は、見事に揃っていた。おお、と上がりそうになる感嘆の声を抑え、ファンオウは彼らの舌にも種を乗せてゆく。ごくりと、三つの咽喉が同時に鳴った。

「これからも死を恐れず、勇敢をもって殿へと尽くせ」

 エリックの言葉に、三名の男たちが平伏した。

 これで、儀式は終わりであった。


 太陽神殿の書斎へ戻ったファンオウは、ふうと大きく息を吐いた。

「お疲れサマデス、ファンオウ様」

 ヨナに差し出された布を受け取り、ファンオウは額の汗を拭う。

「神様というのは、中々大変なものじゃ、のお」

「ご立派でしタ、ファンオウ様。皆モ、大変お喜びデス」

 にっこりと笑顔で、ヨナが言う。

「わしは、そんな、大層なものでは、無いと思うんじゃがのお」

 再び息を吐いて苦笑するファンオウに、ヨナがとんでもないと大仰にのけぞった。

「ファンオウ様、太陽デス。皆、ファンオウ様を信じテ、ダカラ頑張れるんデス」

「そういう、ものなのかのお」

 机に顎を乗せて、ファンオウは呟く。直後、書斎の入口に小さな人影が現れた。

「ファンオウさん、戻ったって聞いて……あら、なんか随分お疲れみたいだね。どしたの?」

 のしのしと我が家のように足を踏み入れてくるのは、女ドワーフのレンガである。濃いめの眉と団子鼻が、訝しげな形を作っていた。

「おお、レンガ殿。こちらへは、何用かのお?」

 身を起こし、ファンオウはレンガに問う。

「ちょっとした報告と野暮用。けど、ファンオウさんの方が大事だね。儀式とかいうの、やってきたんでしょ? お疲れ様。あ、ヨナ、お水持ってきて、三人分」

 歩み寄って来たレンガが、てきぱきと言った。ヨナが一礼して、書斎を出てゆく。

「さて、それじゃ聞かせてくれる? 元気無さそうだけど、一体どうしたの? 医者の不養生?」

 言いながら、レンガがファンオウの額に手を当ててくる。鍛冶仕事で鍛えられた、皮の分厚いが温かな手だった。

「熱は、無い。診た所、集落にも、流行り病などは、無いようじゃから、良い事じゃのお」

「うん。人間の温度だね、たしかに。じゃあ、何でしょぼくれてたの?」

「神を名乗ることの、重責に、ちと悩んでおって、のお」

「儀式、上手くいかなかったの? それは違うか。大聖堂の中から、ランダと取り巻きたちが騒いでるのが聞こえてたもんね。『ファンオウ様のお種を屈強な半裸の男たちがー』とか黄色い声上げて……ねえ、儀式って、何やってたの?」

 問われるまま、ファンオウは儀式の内容について説明をした。説明が終わると、レンガが苦い顔になっていた。

「そっか……あの女、イファちゃんに余計なことを吹き込んでいないでしょうね……」

 ぶつぶつと小声で、レンガが言う。ファンオウは、首を横へ振った。

「ランダは、良くやっておる。密林の開拓も、進んでおるしのお。それに、エリックも、反発はしておるようじゃが、少しずつ、認めていって、おるようじゃしのお」

「あの忠犬エルフ様は、ファンオウさんが神様扱いされるとなって、喜んでるだけでしょう。ま、仲良くやる分には、構わないと思うけど? 儀式も上手くいって、部下たちも打ち解けて、それでどうして、ファンオウさんは浮かない顔なのかな?」

 こてんと小首を傾げるレンガの顔が、間近にあった。じっと射すくめられるような視線に、ファンオウは顔を俯かせた。

「……民たちの姿が、遠くなってゆく。そう、感じられて、のお」

 やがてぽつりと、ファンオウは言った。

「声も聞かせられないし、姿も見せられないから?」

 問いかけに、ファンオウはこくりとうなずいた。

「儀式にかこつけて、舌で体調を、診たりはしたのじゃが、これでは、いざという時、診療なども、出来ぬであろうし、のお」

「そうだね……あたしはこうして、たまにファンオウさんにおねだりできる立場だけど、民のみんなはそういうわけにもいかないもんね」

 同意するように、レンガもうなずいた。

「それに、わしは、神様と崇められるような、立派な人間では無い。医師としても、未熟じゃと、いうのにのお」

「神様が似合う人かはともかく、医師としてはもう立派な人だと思うけど」

「いや、わしなんぞは、まだまだじゃ。医術の師に言わせれば、尻の青いひよっこじゃからのお」

「でも、鍼の腕と、あたしを虜にする指圧の腕があるじゃない。ファンオウさんは、堂々としてればいいんだよ。ランダやエリックにはあたしから言って、もうちょっと何とかしてもらうから」

 流し目をくれてから胸を叩くレンガが、眩しく見えた。眼を細め、ファンオウは強い視線をようやく見つめ返す。

「レンガ殿が言えば、何だか簡単に、物事が進んでゆきそうな、そんな気がするのお」

「そう? まあ、あんまり考えないで言ってるだけだけどね。それでも、そういうお気楽な心構えも、必要なのよ、ファンオウさんには」

 にっと笑い、ばあんと背中を叩いてくれる。思いがけない衝撃にむせながら、ファンオウは胸のつかえが取れるのを感じていた。

「ゴホ、ゴホ……レンガ殿は、強いのお」

 咳き込むファンオウの背中を、レンガが慌てて撫でる。

「だ、大丈夫? ファンオウさん。ごめんね、そんなに強く叩いたつもりは無かったんだけど」

「うむ。喝を、入れてくれたのじゃろう? おかげで、もやもやしていたものが、すっきりとした気分じゃ。レンガ殿は、有り難い人じゃのお」

「そ、そんなこと……あるかな?」

 ファンオウの称賛に、レンガはてれてれと頬を染める。ファンオウは、しっかりとうなずいた。

「うむ。わしには、兄上しかおらなんだが、レンガ殿は、まるで姉上のように思えるのお」

 常に側にいて見守ってくれ、そして落ち込んだときには元気をくれる。そんな親しみを込めて言ったファンオウに、レンガは何故か苦い笑いを見せる。

「姉……か。一歩近づいたつもりが、三歩くらい下がった気分だね……」

 レンガの小さな呟きは、ファンオウの耳には届かなかった。

「うむ? 姉上と言うたのは、気に召さなかったかの?」

 首を傾げるファンオウに、レンガが首を横へ振った。

「ううん、とっても嬉しいよ。姉のように、慕ってくれるってことでしょう? まあ、そこから徐々に親しくなってくのも、アリだと思うし……」

「ふむ。よく解らぬが、気分を害したのでなければ、良かった良かった」

 指をすり合わせてもじもじとしだすレンガの態度に、ファンオウはのほほんとうなずいた。

「……今は、姉で許してあげる。それじゃ、ファンオウさん。心優しい姉君の、凝りを解してくれないかな? 新しい農具を打って、ちょっと疲れちゃったから」

 おどけた仕草で、レンガが腕をふるふると振って見せてくる。

「うむ。仰せのままに、姉上殿」

 それに合わせ、ファンオウは大仰な仕草で答えた。二人で笑い合っているところへ、ヨナが戻ってくる。

「随分盛り上がっテおいでデスネ。お水、お持ちしマシタ」

「ありがと、ヨナ。ほら、ファンオウさんもヨナも、咽喉乾いてるでしょ? お水、飲みましょ」

 木をくり抜いて作ったコップの中身を、一気に空けてレンガが言った。カラカラと笑うファンオウがそれに続き、ヨナもファンオウに倣う。すっかりとのんびりな調子を取り戻したファンオウに、レンガが満足そうな笑みを見せた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、幸いです。

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