ヒマワリ大聖堂、建立さる
今回は、少し短めです。
大地を巡る自然の力の流れを、地脈と呼ぶ。流れに近ければ近いほど、大地は豊穣となり、逆に離れれば痩せた土地となる。それを読み解くことのできる存在は一握りで、風水師、と呼ばれている。
ランダには、風水師の才があった。人の集まり、栄える場を知ることのできる能力は、政を為す人物であれば咽喉から手の出るほどに欲しがるものである。特殊な趣味が無ければ、ランダは隣領にて栄華を極めることも可能な筈であった。
だが、ランダが選んだのは、野に下り才を腐らせる道であった。隣領の領主はランダにとって、掛け算の捗らぬ人物だった。何とはなしにそれが態度に出てしまい、領主から疎まれ、それを感じ取ったランダは領主の元を去った。そこへ出会ったのが、ファンオウとエリックだった。
冴えない小男であるが、ファンオウには不思議な魅力があった。穏やかな、陽だまりのような笑顔はランダの心を解きほぐした。そして、そんなファンオウに忠を尽す、美しいエルフの青年。掛け算の捗る主従の側へ仕えることは、ランダにとってはこの上ない至福であった。
そうして連れて来られた領地で一週間、ランダは地脈を観察し続けていた。もちろん、半裸の男たちの見物や同士の確保のための布教も忘れてはいない。ランダはそうして、領内の発展の糸口を探っていたのだ。
もしも領が急激な発展を見せれば、ファンオウとエリックは手を取り合って喜ぶかも知れない。いや、抱擁ぐらいはするだろう。もしかすると、それ以上もあるかも知れない。それを目にすることが出来るのであれば、犬馬の労も厭わぬほどにランダは張り切っていた。
大聖堂の建立。発展の全ては、ここから始まる。地脈の流れの活発な場所に住む民たちを立ち退かせ、準備は既に整っていた。かけた時間は、三日である。住民たちが新たな家を建てる材木は、いくらでもあった。太陽神殿の周囲の密林を、切り拓いている最中なのだ。そして、神と崇めるファンオウが命じれば、住人たちは喜んで土地を差し出した。
そうして出来上がった空き地の端で、ランダは大地に手を当てる。土の魔法を用いるための、魔力は充分にある。普通の家程度であれば、二、三軒くらいは建てられそうなくらいだった。それは、半裸見物によって得られ満ち満ちた気力のお陰であった。
「だけれど……大聖堂の建立には、それだけでは足りないわ。この地の地脈の力、そして民たちの信仰の力も、借りなくては」
呟くランダの背後で、褐色の女たちがこくこくとうなずく。いまや十二人となった女たちは皆、ランダの同士であった。そして同時に、これから建立される大聖堂の崇める神の、従順な使途となる予定である。澄み切った十二対の瞳はいま、ランダの小さな身に注がれていた。
「皆、始めますわよ……」
大地に両手をつき、跪くようにしたランダが言った。背後の女たちは、それに合わせて両手を組み、祈りの形にして眼を閉じる。場に満ちた力を、ランダは少しずつ、大地へと流し込んでゆく。
微かな揺れが、訪れた。空き地の真ん中あたりの地面が、ゆっくりと持ち上がってゆく。白い岩が、地面を割って天へと突きあげられてゆく。
「は、あああああっ!」
急激に、体内の魔力が大地へと流れてゆく。全身の力が抜ける感覚に抗い、ランダは叫んだ。
地面から隆起した岩が、やがて背丈を超え、周囲の家の丈をも超えてゆく。ランダの背後で女が一人、ふらっと倒れた。魔力を、使い果たして気絶したのだ。
「まだ、まだですわああああっ!」
大地を押し出すように、ランダがさらに魔力を込める。盛り上がった土は、集落の家の三倍ほどに膨れ上がっていった。そしてまた一人、女が倒れる。
「ランダ様、これ以上は、危険です!」
地響きに声を震わせながら、女の一人が呼びかける。ランダは、首を横へ振った。
「いいえ、まだよ! ここから、大地の中から大聖堂を、切り出さなければ!」
肩で呼吸をしながら、ランダが盛り上がった岩の塊に手を触れる。のっぺりとした三角形の岩は、そのままでは岩の柱でしかない。精密な土の魔法を用いて、これを建物の形にする必要があった。
「皆、ここが踏ん張りどころですわ! 祈りの力を、ひとつに!」
残った女たちへ、ランダは背中で呼びかける。
「はい! ファンオウ様、エリック様! どうか、私たちに力を!」
「ファンオウ様と、ソテツさんでもアリですねっ!」
「攻めは、エリック様でもいいでしょうかっ!」
口々に、女たちが祈りの言葉を叫ぶ。束ねられたそれは力となり、ランダの体内を駆け巡る。
「……受け入れましょう! 掛け算は、自由なのですから!」
歯を食いしばり、ランダが岩に魔力を注いでゆく。ぱたり、ぱたりと背後で幾人か、女たちが倒れた。岩の柱が形を変え、次第に白く、輝く大聖堂が姿を見せてゆく。
「私に、掛け算に、限界はありませんわあああああっ!」
背後の女たちの全員が倒れ伏し、ランダも岩に縋り付くように魔力を込めてゆく。そして、最後のひとかけらの魔力までも使い果たしたその時、大聖堂は荘厳な佇まいをもって完成した。
「や、り……ました、わ」
がくり、と力を失い、ランダが倒れ伏す。その姿はまるで、大聖堂に救いを求める亡者のようにも見えた。
倒れた女たちを、ファンオウは順に診てゆく。皆一様に、魔力切れを起こしているだけのようだった。魔力の回復を促す場所へ、ファンオウは鍼を打ってゆく。
「……人間にしては、よくやるじゃない」
大聖堂を見上げ、レンガが言った。土の魔法を使い建築をする、と聞いて見物に来たのである。
「レンガ殿が手伝えば、もう少し穏便に終わった気も、するのじゃがのお?」
ランダの頭へ鍼を打ちながら、ファンオウが言う。
「あたしに、そっちの趣味は無いからね。手伝いは無理だよ。あたしは、ファンオウさん一筋だから」
にっこりと笑うレンガから眼を逸らし、ファンオウはランダの身体をそっと横たえた。死んだように眠るその寝顔には、何かをやり遂げたような穏やかな表情がある。
「ソテツ、イファ。聖堂の周りに、種を蒔いてくれぬかのお」
大聖堂建設の見物に伴ってきた二人へ、ファンオウが声をかける。はい、とうなずく二人が抱えているのは、ヒマワリの種を入れたカゴである。少女と鬼の手によって植えられたそれは、たちまちに芽を出し葉を広げ、蕾をつけて花開く。
「ファンオウ様! こ、これ!」
「花、色、変!」
イファとソテツの上げた声に、花を見やったファンオウは驚愕した。
「ふ、ふむう……?」
黄色い花を咲かせるヒマワリの中に、いくつかどぎついピンク色の花が混じっている。見る者を不安にさせるような色の花びらは、他の花と一緒に散ってゆき、種を残す。
「ファンオウ様、これ、大丈夫なんでしょうか……」
両手にこんもりと盛り上がった種の山を前に、イファが問う。
「……植えてみねば、解らぬのお」
首を傾げるファンオウに、イファがうなずき種をひとつ、地面に植える。するすると育ったヒマワリの花びらは、やはりピンク色だった。
「選り分けて、仕舞っておくのが、良いかのお」
ファンオウの言葉に、ソテツがうなずき麻袋の中へピンクのヒマワリの種を仕舞ってゆく。普通のヒマワリの種も、イファとソテツが回収していった。
「……建物の周りが、あっという間にヒマワリ畑だね。大地の邪気は、問題なく浄化されていそうだけど……なんだか、眼が痛いよ」
輝くように真っ白な大聖堂と、黄色いヒマワリの花の群れに眼を細めてレンガが言う。
「ふむう。さしずめ、ヒマワリ大聖堂、といったところかのお」
同じく眼を細めたファンオウが、のんびりと呟いた。
「ヒマワリ大聖堂……何だか、ファンオウ様らしくていいですね!」
黄色のヒマワリの種を拾い集めていたイファが、笑顔で言った。
「ヒマワリ、聖なる花。ファンオウ様、合う」
ソテツも、厳つい顔を緩めて同調する。
「いいね。あいつらに任せると妙な名前付けられそうだし、ヒマワリ大聖堂で決まりだね」
ごろごろと寝転がったランダと女たちに眼を向けて言ったレンガが、大聖堂に向けて指をぱちりと鳴らす。荘厳な佇まいを見せる大聖堂の壁面の一部がぱらりと削れ、ヒマワリ大聖堂、の文字が深く刻まれた。
「勝手に名付けて、良かったのかのお……?」
「ファンオウさんを祀る大聖堂だから、良いんだよ。あとは内装を整えれば、完成だね」
首を捻るファンオウの背を、ランダがばんと叩いて言った。
「うむ。それも、そうじゃのお」
カラカラと、ファンオウが笑う。こうして、ヒマワリの花に囲まれた大聖堂、ヒマワリ大聖堂が建立されたのであった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回もお楽しみいただけましたら、幸いです。




