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のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
昇陽の章
41/103

のほほん領地、文明開化の芽生えを迎える

遅くなってしまい、申し訳ありません。

多忙な時期も抜けたので、たぶん次からは週一から週二くらいのペースに戻せると思います。

 隣領からランダを連れてファンオウ達が帰還し、一週間の時が過ぎた。太陽神殿の広間で、美しい顔を微かに顰めたエリックが報告を上げる。内容は、ランダについてであった。

「殿。やはりアレは、ものの役には立たぬようです」

「一言めから、厳しい言い様じゃのお、エリックよ。何ぞ、ランダが失態でも、犯したというのかのお?」

 エリックの断言に、ファンオウは苦笑を浮かべて問うた。

「……いいえ。失態は犯しておりませぬ。そもそも奴は、何もしてはおりません」

 首を横へ振り、エリックが言う。

「何もしていない……であれば、何故役に立たぬ、と言うのかのお?」

「何も、していないからです、殿」

 エリックの言葉に、ファンオウは首を傾げる。

「ふむう? どういう、ことかのお」

「領へ戻り、一週間が過ぎました。奴は、太陽神殿ではなく、麓の集落で暮らすこととなりました。民たちの生活を、直に見るため、などと言って」

「うむ。確かに、そう言って、おったのお」

 妙に活き活きとした瞳で言ったランダの顔を、ファンオウは思い出して呟く。

「そこで、俺は折に触れ、奴の様子を調べていたのです。生活に不備などあっては、と思っていたのですが……」

 言葉を切り、エリックが苦い表情を向けてくる。

「ランダに、困ったことでも、起きたのかのお?」

 問いかけに、エリックが首を横へ振る。

「いいえ、奴が困っているのではなく、()()困っているのです」

「……何もしておらぬのに?」

「何もせず、密林を切り拓く褐色の民の男たちの……尻を眺めているのです。薄気味悪い、笑い声を上げながら」

「一週間、ずっとかのお?」

「はい。褐色の民の男の間では、邪霊ではないかと囁かれておりまして、開拓の士気に影響が出始めているのです」

 ふむう、とファンオウは顎に手をやり、考える。ランダの行動には、何か意味があるのかも知れない。だが、それを読み取ることは、ファンオウには出来なかった。

「一度、ランダに会って、確かめてみるしか、無いかのお」

 ファンオウの呟きに、エリックが小さく首肯する。

「ここへ召し出し、叱責なされるのがよろしいかと存じまする。早速、手配を」

「いいや、わしが、ランダの所へ行く」

 動きかけたエリックを手で制し、ファンオウは立ち上がる。

「殿が自ら、動かれることはありますまい」

 エリックの言葉に、ファンオウは首を横へ振った。

「ランダが何を見て、何を考えておるのか、それを、知らねばならぬ、ということじゃ。共はお主一人で、こそりと、見に行くとしようのお」

 すたすたと、ファンオウは歩き始める。背後で大きく息を吐き、エリックがそれに続く。

「……麓に降りて、すぐの集落に奴の棲み処はあります。今時分なれば、棲み処を出て集落外縁にいることでしょう」

 エリックの言葉にうなずき、ファンオウは広間を後にした。


 太陽神殿の麓、丘陵を囲む円状に褐色の民たちの集落は広がっていた。神殿へ至る階段から伸びる大通りを挟むようにして、黄色い染料で塗装を施された丸太小屋がずらりと並ぶ。丘の上から見れば集落は、ヒマワリの花びらのようにも見えた。

「ファンオウ!」

「ファンオウ!」

 集落のあちこちから、女子供の声が上がる。平らに均された土の道の端で、褐色の民たちが跪き、拝礼する。

「民たちは、元気そうじゃのお。しかし……神様扱いされるのには、未だ慣れぬのお」

 にこやかな表情を浮かべつつ、ファンオウは複雑な心境を零す。背後のエリックの魔法により、その言葉は民たちへ届くことは無い。

「このくらい、当然です。殿は、王になられる御方なのですから」

 きびきびと周囲に眼を配りながら、エリックが胸を張る。相変わらずの言葉に知らぬふりをしたファンオウは微笑みを投げながら、真っすぐ密林へと続く通りを歩き続けた。

 こーん、こーんと木を伐る音が、密林に近づくにつれて聞こえてくる。皮や布の腰ミノをつけた半裸の男たちが、密林の木々に斧を入れている。彼らはファンオウに気付くと、一斉に作業を中断して拝礼しようとする。

「作業を続けよ」

 エリックの号令で、褐色の男たちは伐採作業へと戻ってゆく。作業風景を眺めながら、ファンオウは男たちから離れてぽつりと立っているランダのほうへと足を進めた。

「ぐふ……ぐふふ……掛け算が捗るわぁ……あっ、ファンオウ様」

 一心不乱に男たちに視線を向けていたランダが、ファンオウへと顔を向ける。

「良い日和じゃのお、ランダや」

「ええ。本当に良い日和ですわ。少々、暑過ぎる気も致しますが」

 やり遂げたような顔で、ランダが額の汗を拭う。べたりと張り付いたおかっぱの前髪が、温い風に揺れていた。

「……殿のお越しだというのに、礼のひとつも出来ぬのか」

 こめかみのあたりに薄い血管を浮かべ、エリックが低い声を出す。

「良い、エリック。いきなり来てしもうたのは、わしの方じゃからのお」

 そっとエリックをたしなめるファンオウに、目の前のランダが息を荒げる。

「今日はエリックが後ろでファンオウ様が前、ぐふふ……コホン。それで、ファンオウ様。本日は、どのようなご用向きでございましょうか?」

 咳払いと同時に、ランダの纏う雰囲気が変わる。得体の知れぬ不気味さから、怜悧で聡明な表情が立ち現れる様にファンオウは少しの間、呆然としてしまう。

「……ファンオウ様?」

 呼びかけられて、ファンオウははっと我に返った。

「おお、すまぬ。ちと、暑さでぼうっと、なってしまっておったようじゃ。それは、ともかく。ランダや、お主は、この地の民を見て、どう思うたのかのお?」

 問いかけにランダが、伐採作業に視線を戻した。

「素直な心根の、良い民であると思います。男たちは逞しく、有事の際には兵となり戦うことのできる者たちです。そして女たちは、明るく開放的です。そして何より、ファンオウ様への崇拝が強くあります」

 訥々と述べるランダの声を聞くうちに、ファンオウはじっとりとした暑い空気の中、不思議な寒気のようなものを感じていた。

「気が付けば、わしを神として、崇めてくれておったでのお」

「殿の仁徳によるものですから、それは当然のことかと」

 横合いからのエリックの言葉に、ファンオウは苦笑する。

「わしは、ほんの少し、医術のできるだけの、人間なのじゃがのお」

「ですが、民たちの信仰は、本物ですわ」

 にたり、と不敵に笑ったランダが言った。ファンオウの身に訪れていた寒気が、ぞくりと強まる。

「そ、それは、わしとしても、嬉しくはあるのじゃが……のお?」

 たじろぐファンオウの眼前に、ランダが顔を寄せる。

「民の信仰の形をひとつにまとめ上げ、利用すればこの領を、王国のどこにも無い豊かで強い領へと育てることができますわ。全ては、ファンオウ様のお心次第でございますけれども」

「ラ、ランダ? その、少し近い……」

「離れろ」

 ぐい、とエリックが身を割り込ませ、ランダを引き離す。

「むは、眼福……ではなくて。ファンオウ様、あなた様には、領を豊かに、そして民たちの笑顔を護るために、どんなことでもする覚悟はおありでございますか?」

 ぐっと拳を握りしめたランダが、ファンオウに向けて静かな口調で問いかける。

「……民が、それを望むのであればのお」

 間を置いて答えたファンオウに、ランダが満足げにうなずいた。

「なれば、ファンオウ様。私は改めて、あなた様に忠を尽し、その御覚悟の続く限り力をお貸しいたしましょう」

 ランダが膝をつき、両手を掲げて拝礼する。

「……言葉だけであれば、何とでも言える。だが、お前に一体、何ができるのだ? この一週間、ずっと呆けていたお前に」

 ファンオウの横で、疑わしい眼をランダへ向けたエリックが言う。

「エリックには、私がここへ来てから毎日、肌も露わな男たちを眺めて悦に入っていたようにしか見えないのでしょうね。実際、その通りではありますし。否定は致しませんわ。大変結構な光景、ご馳走様でございました!」

 褐色の男たちへ向けて、ランダがぱちんと両手を合わせて拝む。唐突な行為に、ファンオウはきょとんとランダを見つめるばかりである。

「はぁ、はぁ……お陰様で、力を蓄え頭もすっきりしゃっきり致しました。これより、本格的な活動を、開始いたしますわ」

 口の端を吊り上げ、満面の笑みでランダが指を鳴らす。しばらくすると、集落の小屋から三人の女がランダの元へと駆けつけた。

「お呼びでございますか、ランダ様……あっ、ファンオウ様! それにエリック様!」

「お二人揃い踏みとあれば……これは、何か宜しげな事が始まるのですね、ランダ姉様!」

「こら、二人とも、ちゃんと頭を下げなさい。申し訳ありません、こちらにおいでとあれば、何を置いても挨拶をしなければならないものを……」

 三人の女はそれぞれ年恰好はばらばらで、若い二人を中年の女性がたしなめ、頭を掴んでファンオウに礼をさせている。だが、それよりもファンオウは彼女らの姿に驚いた。三人の女は皆、褐色の肌に布を巻いた、この領の民たちであった。

「お主らは……言葉を、覚えたのかのお?」

 ファンオウの問いに、中年の女が頭を下げたまま答える。

「はい。夜な夜な、ランダ様と語らいまして……拙い言葉、御聞き苦しいところはございませんでしょうか?」

 ファンオウは女の言葉に、ふるふると首を振る。

「実に……見事じゃ。じゃが、たった一週間で、このように流暢に話せるとは、一体、何をしたのじゃ、ランダや?」

「神の芸術について、お話をしたまでですわ、ファンオウ様。この者たちは、麓の集落の族長の、家族です。ファンオウ様に一番に帰順した栄誉により、神殿の側近くに居を構えることを許された部族の、ですわ」

 胸を張って、ランダが答える。ファンオウの頭の中に、いくつもの驚きが訪れた。まず、麓の集落に細かな順列があること。これは、神殿に住まいを得て今まで、ファンオウの知らない事実であった。そして次に、彼女たちの話す言葉が、とても滑らかであったこと。神殿で家事を為すヨナと引き比べて、それはあまりに流暢過ぎた。

「まず、手始めにこの程度のことを、させていただきました。集落へ住まい、民たちの暮らしを知り、そして政へそれを反映させてゆく。このあたりは、基本ですわね」

 ちろり、とランダがエリックを見やりつつ言う。エリックが微かに苦い表情を浮かべ、その視線を見返していた。

「……その女たちを手懐けたところで、何だというのだ」

 険のある眼をランダへ向けたエリックが、問いかける。

「まずはこの集落へ、そしてやがては麓の集落全体へ、言葉と共に文字の概念を広めてゆきますの。炊事に洗濯、女の仕事場で、それは充分に可能ですわ。男たちには、エリックが頑張って軍務の間にでも、覚え込ませてくださいませ。目指すは、識字率十割ですわ!」

「しき……じ、りつ? 何だか、凄そうじゃのお」

 のんびりと、ファンオウは呟く。

「識字率とは、ざっくり申せば民がどれだけ文字を知り、書くことができるか。そういう割合ですわ。ファンオウ様にわかりやすく言えば、文字というお薬を、民全体に行き渡らせたい、そういうことですの」

「ふむ。なるほどのお。薬を扱うのであれば、診療所なども、欲しいところじゃのお」

「さすがはファンオウ様。王都で医術の神童と呼ばれ、国王陛下の側へ侍ることを許された優秀なお方だけのことはありますわ……ちなみに、国王陛下とは、あっちの関係ですの?」

「ふむ? よくは解らぬが……陛下には、特別に眼をかけて貰っておったかのお。わしの鍼は、とてもよく効く、とのことじゃったからのお」

 首を傾げて言うファンオウに、ランダと三人の女たちはきゃあと黄色い悲鳴を上げる。

「さすがはファンオウ様。掛け算の可能性も、無限大ですわね……」

 先ほどと同じ賛辞を受けるが、よく解らない上に何だか背筋がぞくりと震え、ファンオウの微笑は引きつった。

「そ、それで、文字を配る、診療所なのじゃが、どのようにすれば良いかのお?」

「っ、そうでした。皆様、掛け算のお話は、またいずれ……コホン。文字を民全体へと行き渡らせるために、ファンオウ様には建物を建てる許可をいただきたく存じます」

「建物? 今言うておった、炊事や洗濯の合間では、駄目なのかのお?」

「もちろんそれも、同時に進めてゆきます。しかし、伝聞という形では、ズレが生じます。私の身体は一つですので、彼女らに手伝ってもらったとしても、やはり限度というものはあるのです。例えば王都から伝言のみで命令をだしたといたしましょう。『外交で問題が発生。国境を引き締めよ』という命令が、いつの間にか『大根の疫病が発生。即興で取り締まれ』といった命令に変わっていることもあるのです。正しい知識を確実に広めるためには、必要な建物でございますわ」

「大根の疫病とは、大変そうじゃのお……相分かった。して、どのような建物が、必要なのじゃ?」

 ファンオウの問いに、ランダが我が意を得たり、とうなずいた。

「はい。ファンオウ様を崇める大聖堂を、建立いたします!」

 両手を拡げ、満面の笑みでランダが言った。

「大聖堂……?」

 目一杯に見開かれたファンオウの瞳が、点になった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

お楽しみいただけましたら、幸いです。

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