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のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
黎明の章
4/103

のほほん領主、旅の途次にて少女を救う

今週二話目です。まったりとどうぞ。

 二頭の馬が、旅人を乗せて荒野を進んでいた。やや早足気味の馬上で揺られているのは、ファンオウとエリックである。

「殿、しばしお待ちを」

 エリックが馬を走らせ、背中から短弓を抜き出した。遠くのほうで、茶色い小さな塊がふたつ、ちらりと見える。そこへ向かって、エリックが矢を二つ、一息に射かけた。矢は吸い込まれるように、塊へと突き立つ。駆けて行ったエリックがそれを拾い上げ、戻ってくる。

「殿、ウサギがおりました。今宵の夕餉に致しましょう」

 首の付け根を射られ、ぐったりと動かなくなったウサギを掲げてエリックが笑顔を見せる。

「見事な、手際じゃのお」

 のんびりと言いながら、ファンオウは手を叩いて讃える。唇の端を少し上げ、エリックはウサギを馬の胴へとくくりつける。

「もう少しで、小さな村に到着するはずですので、そこで野菜などを贖いましょう。一匹は、売るのも良いかも知れません」

「そうじゃのお。お主は、肉は食わぬからのお」

 馬を並べ、並足で走らせながらファンオウは言う。馬を動かすのは、エリックがほとんどやってくれるので、ファンオウはただ乗っているだけで良いのである。

「臭いのきついものは、苦手なのです、殿。売れなくとも、殿が召し上がるのでしたら燻製にでもしてしまいましょうか」

「お主は、何でも出来るんじゃのお。一緒に旅ができて、頼もしい限りじゃのお」

「いいえ、俺など、大したことはありません。もっと高位のエルフであれば、転移の魔法があるので旅などという不便をすることが無いのですから」

 エリックの言葉に、ファンオウは穏やかな顔で首を横へ振る。

「こうして、のんびりと旅をする方が、わしは、好きじゃ」

 ファンオウの言葉に、エリックは何も応えずただ前を見つめていた。ファンオウは気にせず、のんびりと首を巡らせる。荒れた大地に、わずかな草木が生えていた。どこまでも続くような荒涼とした景色から、エリックの馬にぶら下げられたウサギへと目を移す。

「……そのウサギらも、旅をしておったのかのお」

「滅多に人の入らぬ土地ですゆえ、ここへ住んでいたのかも知れませんな。殿、少し先に、集落が見えまする。あれが、地図にあった村なのでしょう」

 すっと、エリックが前方を指して言う。ファンオウも眼を凝らしてみるが、地平の彼方には何も見えない。

「……遠すぎて、何も見えんのお」

「殿の目には、まだ見えぬのですか。まばらに家の並んだ、侘しい集落なのですが」

「も少し、近づいてみるかのお」

 エリックの指し示す方向へ、馬たちが並んで足を少し速める。やがてファンオウの目にも、ぽつぽつと集落の屋根が映ってきた。

「おお、確かに、村じゃのお」

 顔を綻ばせるファンオウに対比して、エリックの表情が少し険しい色を浮かべる。

「妙ですね。あの集落には、人の姿が無いようです」

「ふむう。皆して、出かけておるのではないかのお?」

 暢気に聞き返すファンオウに、エリックは首を横へ振る。

「畑にも、人の姿がありません。作物らしきものも、です。何か、あったのかも知れませんね。敵意は感じられませんが、どうかご用心を」

 すっと自分の馬を前に出し、エリックが緊張した声で告げる。ファンオウは、ゆっくりとうなずいた。

 慎重に集落へ入れば、ファンオウも異変に気付いた。辺りに人の姿は無く、家の戸は開け放たれており、中には人はおろか物も無い。

「からっぽ、じゃのお」

 きょろきょろと見回して、ファンオウは呟く。先行するエリックが、一軒の家の前で馬を停めた。

「ここだけ、戸が閉まっております、殿。訪ねてみましょう」

 エリックとファンオウは下馬し、閉じられた戸の前へと立つ。

「誰かいるか! 我らは、旅の者だ!」

 どんどん、とエリックが戸を叩いた。しばらく待つと戸は軋む音を立てながら開かれ、中から痩せこけた壮年の男が顔を見せた。

「……旅の、御方ですか。ここへ、何の御用ですか?」

 ちらちらと、男の視線がファンオウとエリックを行き来する。薄っぺらい戸を盾に、必死な様子であった。

「旅の途中で、立ち寄った。野菜や穀物があれば、このウサギと交換したいのだが」

 淡々と、エリックが言った。右手には、血抜きを済ませたウサギが握られている。男の視線に、ぎらぎらしたものが宿った。だがすぐに、それは鎮まってゆく。

「……申し訳ないですが、この村にはもう、麦一粒とて残ってはおりません。ですので……」

「なれば、宿を、借り受けたいのじゃが、周りの家は、使っても良いかのお?」

 のんびりとしたファンオウの声に、男は力ない笑みを見せる。

「それは、構いません。村の者は皆、逃散いたしました。使う者もいない家ですので、どうぞご自由になさってください」

 そう言う男に、ファンオウはうむとうなずいた。逃散、という言葉にぴくりと反応を見せたエリックを、ファンオウはゆるりと手を挙げて制する。

「すまぬのお。ここのところ、野宿が続いていてのお。屋根があるだけ、有り難いというものじゃ。借り賃として、ウサギを差し上げたいのじゃが、どうじゃろうかのお?」

 ファンオウの提案に、男の眼にぎらぎらとしたものが再燃する。

「非常に、ありがたいお話ですが、その、本当に何も無い家ですが……」

「良い。雨風を、しのげるだけで充分じゃ。エリック、ウサギを」

 無表情に、エリックが男へウサギを差し出した。痩せて枯れ木のようになった腕が、それをひったくるように受け取る。

「ありがとう、ございます。よろしければ、うちへ上がってゆかれませんか? 他の家と違い、狭いですが一通りの物はございますから」

 深く頭を下げる男へ、ファンオウはうんとうなずいた。

「それは、有り難いのお。エリック、今日は、ここで厄介になろうと思うが、どうかのお?」

 問いかけに、エリックは顎をわずかに縦に振る。

「殿の、御意になされればよろしいかと」

 賛同するエリックに、ファンオウはにっこりと笑った。

「決まりじゃな。よし、世話になるぞ」

 男が戸を引いて、家の中へと二人を促した。エリックがまず家に入り、ファンオウが続く。家の中の壁は簡素な土塀が剥き出しになっており、床も土の上に藁を敷いたものであった。藁の端のほうが千切り取られ、わずかに土が見えている。内部は薄暗かったので、エリックが魔法の灯りを出した。

「おお……」

 男から、感嘆の息が漏れる。貧しい農村では、魔法などは見る機会も無いものだった。

 部屋を注意深く見回すエリックの後ろで、ファンオウもまたぐるりと視線を巡らせた。小屋の中は狭く、家具も水瓶と空の瓶がいくつか置かれているだけだった。

「ふむう?」

 ファンオウの視線が、一点で止まる。藁の敷き詰められた床の上に、こんもりと小さく布が盛り上がっていた。よくよく見ればそれは、人間だった。小柄で、顔つきからして子供のようである。

「……私の、娘です。病に罹り、もう先は長くはありません」

 部屋の隅でウサギを捌きながら、男が暗い声で言った。

「この村に、医師は、おらぬのか?」

 ファンオウの言葉に、男はうなずきを見せる。

「はい。山を越えるか、王都へ走ればいるのですが……医師様に払うお金も無く、どうにもなりません。私も、娘の最期をみとった後、ここを出るつもりです」

 俯いた男の顔には、苦渋と諦念があった。

「ふむう。逃散の訳も聞きたいところじゃが……まずは、娘さんを診て良いかのお?」

 ファンオウが問いかけると、男は怪訝そうに顔を上げた。

「旅の御方が……?」

 男の言葉に、口を開くのはエリックである。

「殿は、王都の医師であらせられた御方だ。腕は確かだ」

 じろり、と男へエリックが鋭い視線を向ける。

「どうじゃろうかのお? 一晩の宿の礼に、少し診させてはもらえぬじゃろうかのお?」

 にっこりと笑うファンオウを見つめ、男はうなずいた。

「い、医師様に、診ていただけるのでしたら……願ってもいないことです」

「元、が付くのじゃがのお……それでは、失礼して」

 ファンオウが横たわる娘の布をはぐり、全身を観察する。手足を縮こまらせ、その少女は丸くなって静かに寝息を立てていた。粗末な衣服の端から見えるのは、骨の浮き出るほどに痩せた身体である。その手足の先端は、青くなっていた。

「……おとう? だれ……?」

 うっすらと、少女が眼を開けてか細い声を出した。

「わしは、医師じゃ。これから、お主を診る。身体の力を抜き、楽にせよ」

 のんびりとした優しい声に、少女が脱力する。ファンオウは手を伸ばし、少女の首筋から脈を取り、口を開けさせ中を診た。穏やかな口調と手さばきの確かさに、少女は抵抗を見せることもなくファンオウの診察を受け入れてゆく。

「背を、診せてくれるかのお?」

 ファンオウの言葉に、少女が小さくうなずいた。ファンオウは少女の衣服の紐を解き、そっと脱がせる。胸にはあばらが浮いて、ぽこりと腹だけが少し膨らんでいた。うつ伏せに少女を寝かせ、ファンオウは痩せた背中へ手を当てる。ファンオウの小さな手が、少女の背中をさするように動き、止まった。背中と、腰の間くらいの場所に手を当て、ファンオウは初めて表情を険しくする。

「ふむう。ここじゃのお」

 言いながら、ファンオウはエリックに顔を向けた。うなずいたエリックが、ファンオウの荷の中から布袋を取り出して恭しく差し出した。

「エリック、水を、出してくれぬかのお?」

「はい。量は、如何ほどに」

「椀に、半分あれば良い」

 ファンオウの指示に、エリックは素早く荷の中から椀を取り出して手をかざす。エリックの掌が光り、涼やかな音を立てて水が椀に半分、注がれてゆく。椀を受け取ったファンオウは、指先にその水を少し付けて少女の背中へと塗った。

「ひゃ」

 掠れた悲鳴が、少女の口から零れる。

「これより、鍼を使うからのお。なるべく、動かんでいてくれ……あ、息は、していても良いぞ?」

 少女に声をかけてから、ファンオウは布袋の中から細長い鍼を一本、取り出した。魔法の灯りの中で、それは金色にきらりと光って見えた。

 鍼先を、薄い背中へと突き立てる。鍼先には寸毫の震えも無く、正確無比にそれは少女の身体の中へと入ってゆく。次の瞬間、長い鍼の端からどろりと流れるものがあった。エリックが差し出した布を取って、ファンオウはそれを丁寧に拭う。

「もう二本、打つからのお」

 少女に言って、ファンオウは布袋から別の鍼を取り出した。金色に輝く鍼が、再び少女の背中へと吸い込まれるように打たれてゆく。鍼を打つ合間に、ファンオウは気楽な様子で流れてくるものを布で拭き取っていった。赤黒い染みが、たちまちに布を汚してゆく。

「気脈の流れを、妨げるものが、あったのじゃ。今、それを除いておる。終われば、少し楽になるからのお」

 のんびりと言いながら、ファンオウは流れるものをただ拭ってゆく。次第にそれは、さらさらとした赤い血の色へと変わってゆく。一本目の鍼を、ファンオウは抜いた。そうしてしばらく間を置いて、他所に打った二本の鍼も抜く。椀の中の水で、少女の背を拭えば処置は完了であった。

 うつ伏せのまま、少女は静かに寝息を立てていた。ファンオウは手を伸ばし、少女の衣服を引き上げ、整える。ころん、と仰向けに戻せば、穏やかな顔で少女が寝顔を見せた。

「今日のところは、これで、終わりじゃのお。経過を診ねばならぬが、あと三日、余裕をもって七日もすれば、歩けるようになるじゃろう」

 少女の髪を優しく撫でて、男に顔を向けてファンオウは言った。

「七日、でございますか、殿」

 反応をしたのは、エリックである。

「うむう。背の、病であるからのお。食べ物を食べて、体力が戻った際にまた、鍼を打たねばならぬのじゃが」

「我らは旅の途中にございますぞ、殿。七日もここで足止めを食うわけには」

「急ぐ旅路でもあるまい。今、ここで治療を止めては、見捨てるのも同じじゃからのお。どうじゃろう、家主どの。ここへ、あと三日は置いていただけると、有り難いのじゃがのお?」

 にっこりと問いかけるファンオウに、男は平伏した。

「勿体ないお言葉です! 死ぬとばかり思っておりました、娘の命を助けていただけるならば、三日といわずいつまででも、ご滞在ください!」

「三日だ。それ以上は、ここには居れぬ」

 男の言葉へ、エリックが即座に修正を入れる。必死な様子に、ファンオウは笑い声を上げた。

「それでは、三日間、よろしく頼むぞ、家主どの」

 のほほんとした顔で、ファンオウは言うのであった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

次は、来週になります。

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[良い点] 旅の初手からのほほん発動とは素晴らしい [気になる点] 瀉血ですか。いいわね
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