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のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
昇陽の章
35/103

のほほん領主、王都より来る使者を迎える

大変お待たせいたしました。第二章の開幕です。

今回は、少し短めです。

 そよそよと、そよぐ風にヒマワリが揺れる。密林の中央にある、丘陵の上。太陽神殿には今日も眩しく強い陽光が降り注いでいた。

 眠りから覚めたファンオウは、窓から差す日差しに細い眼をさらに細める。寝室の東側に設えられた小窓は、ほどよい時間の目覚めを提供していた。

「ふむ、もう、朝じゃのお」

 のそのそと寝台から身を起こせば、布衣を纏った大柄な鬼が側へと歩み寄ってくる。

「オハヨウ……ゴザイマス」

 たどたどしく言いながら、鬼がその場へ跪き、手水鉢を差し出した。

「おお、ご苦労じゃのお、ソテツよ」

 鬼へ呼びかけると、ファンオウは鉢の中の水へ手を入れる。ぬるい空気の中で、水には冴え冴えとした冷たさがあった。汲み上げたばかりの井戸水のような爽やかさを存分に味わいながら、ファンオウは洗顔を終えた。重い足音を立てて、鬼が手水鉢を下げてファンオウの布衣を手に戻ってくる。汗を吸った寝間着を脱ぎ、ゆったりとした布衣へ袖を通す。そうしてファンオウは、寝台を立ち上がった。

 食堂へ移動するファンオウの後ろを、ソテツは大人しくついてくる。大柄な鬼が肩をすぼめ、自信なさげに歩く姿はどこか滑稽なものがあった。

 ソテツは、この地を支配していた邪悪な鬼、黒の悪鬼の眷属であった。だが、悪鬼が倒され、邪気を浄化されてみればこの鬼は大人しく、生真面目な気質を持っていることが判った。ファンオウは鬼を気に入り、ソテツの名を与え言葉を教えることにしたのである。

 食堂には、すでに朝餉の準備が整えられていた。ファンオウの小さく低い鼻に、漂ってくるのは濃厚な森の恵みを感じさせる匂いであった。

「おはようございます、殿」

 澄んだ美声とともに、美しい長身のエルフの青年がさっと椅子を引く。ひとつひとつの所作には洗練された美があり、それは見る人間を魅了する。ファンオウは慣れた様子で、青年に片手を挙げた。

「うむ。良い、朝じゃのお、エリック」

 のんびりとした老人のような口調で、ファンオウが青年へ向けて言った。エルフの青年、エリックは恭しく右拳を左掌へ打ち合わせ、一礼する。

「はい。殿のご威光が、天高く届いている証左かと」

「お天道様を、動かすほどに、かのお? それはちと、畏れ多いのお」

 朗らかに言って、ファンオウは席に着く。エリックが、ファンオウの目の前に瑠璃色のグラスを置く。満たされている液体は、ただの清水ではない。水の精霊の加護を受けた、最上級の水である。武芸に優れ、魔法にも長じるエリックであればこそ、用意の出来る逸品である。

「うむ……美味いのお」

 グラスを傾ければ、ファンオウの体内に活力が漲ってくる。寝起きでぼんやりとしていた頭が目覚め、しゃきりと身体に一本の線が入ったように背筋が伸びる。柔和な笑みを浮かべ、ファンオウはグラスの中身を飲み干した。

「本日の朝食ですが、フェイが少し、趣向を凝らしております」

 ぱちり、とエリックが指を鳴らす。

「ふむう、フェイが、のお……」

 名を聞いて、ファンオウは家令を務める老人の姿を思い浮かべる。料理から屋敷の雑用、そして領地への様々な布告などを担当する者だ。ともすれば武断派ばかりのファンオウの陣営にとって、無くてはならない人物なのである。

「ファンオウ様、おはようございます。まずは、こちらを」

 挨拶もそこそこに、やってきた老人、フェイが一つの深皿を差し出した。

「ふむ……これは、麦ではないか、のお」

 匙を手に、ファンオウは細い眼を真ん丸に見開く。

「はい。この地で、ようやくにして実りました、麦にございます。行商人より手に入れました麦の種を、レンガ様の土魔法にて試験的に促成栽培したものです」

 ふむふむとうなずきながら、ファンオウは麦粥を口に入れる。大地の滋味が感じられる、素朴で懐かしい味わいが口の中へと広がってゆく。

 ファンオウの治める領地は、邪神の手先によって密林へと変えられてしまっている。気候は蒸し暑く、湿った大地は農耕にはあまり適してはいない。そんな中で、苦心の末に育てられた麦である。一粒一粒を、ファンオウは大事に噛みしめた。

 麦粥に続いて、密林で採れる赤く熟した木の実と野草のサラダやワニの肉の煮込みなどが食卓へと並ぶ。木の実は酸味が効いており、じゅくりとした果肉が柔らかい。ワニ肉の淡泊な煮込みとも、相性が良かった。時間をかけてゆっくりと味わいながら、ファンオウは出された皿を全て空にした。

「ふむ、満腹じゃ……そういえば、レンガ殿は、どうしておるのかのお?」

 食後に出された濃緑色の苦い茶を喫しつつ、ファンオウはフェイへと問う。レンガというのは、女ドワーフの名である。鍛冶と土魔法に明るく、槍斧を使いこなす女丈夫であった。

「はい。レンガ様は、先日より東の果て無しの山脈にて、探鉱へ出ておいででございます。大地の力を強く感じる、とのことで、恐らくは良い鉱脈を発見できるやも知れません」

「おお、それは良いのお。民たちへ、良い質の農具や武具を、回せるくらいに、出ればよいのお」

 茶碗を置いて、ファンオウは食堂に設えられた大窓へと目をやった。ヒマワリの咲き乱れる丘の下には、極彩色の木造住居が建ち並んでいる。忙しく立ち働く民たちが今、手にしているのは硬い石器の道具ばかりである。獣の骨や石の道具は、性能もあまり良いものでは無く耐久性にも乏しい。最低でも青銅、できれば鉄器の欲しいところではあった。

「殿。ラドウが、報告に上がっております。広間で待たせておりますゆえ、準備の整い次第お出ましを」

 民たちの姿を見つめていると、傍らにエリックが跪いて耳打ちした。

「ふむ、ラドウが、のお。密林で、何か変事でも、あったのかのお?」

 首を傾げつつ、ファンオウはうなずいた。食事も終えて、準備らしいことは何も必要が無い。すぐに立ち上がり、食堂を後にする。

「ソテツよ、お主は、庭の手入れを、しておいてくれぬかのお」

「ワカリマシタ」

 ファンオウの指示に、ソテツが大股で中庭へと歩いてゆく。邪神の手先によって呪われたこの地を浄化するには、ヒマワリの花の力が必要だった。大地へ撒けば見る間に花を咲かせるその種は、民たちの栄養源にもなっている。庭の手入れもまた、重要な仕事なのであった。

 豪奢な椅子と、赤い染料で染められた床がある。太陽神殿の中心、広間と呼ばれる場所である。小柄なファンオウが、煌びやかな椅子に居心地悪そうに腰掛けるまで、平伏し続ける男の姿があった。白の布衣の上に、ワニ革の鎧を身に着けた武官姿の男である。

「面を上げよ、ラドウ。そう、畏まることも、無かろう」

 ファンオウの声に、男が顔を上げる。太い眉に、顔の半分を覆う髭面の男。彼の名はラドウといい、かつて赤根団という賊徒を率いた頭であった。エリックの武勇とファンオウの優しさに触れ、今ではラドウはファンオウ麾下の勇猛で忠実な武人となっている。

「領主様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」

「そう、硬くなるでない。わしも、お主も、そういうのは、苦手じゃろう?」

 苦笑をしながら、ファンオウが言った。ラドウの顔にも一瞬、同様の表情が浮かぶ。だがそれは、すぐに真面目なものへと変わった。

「では、早速に要件を述べまする。密林にて、見慣れぬ服装の者を発見、保護いたしました。事情を聴取いたしましたるところ、かの者たちは王都よりの使者であるとのことです」

「何、王都からの、じゃと」

 豪奢な椅子に身を沈ませていたファンオウは、ラドウの言葉に身を乗り出した。

「はっ、服装も上級役人のものでございましたので、まず間違い無いかと。いかがいたしましょうか?」

 うなずくラドウにファンオウは立ち上がる。

「すぐに、会わねばのお。ラドウよ、ここへその使者たちを、連れてきては、もらえぬかのお」

「仰せのままに」

 拝礼して、ラドウが立ち上がる。

「……王都からの使者とは、何事でありましょうか」

 椅子の側に立つエリックが、ラドウの背中を見つめて言った。

「ふむ……わしにも、わからぬが、ともあれ話を、聞いてみるとしようのお」

 首を傾げつつも、ファンオウは使者を迎えるために広間の中央へと進み出る。床へ膝をつき、首を垂れて使者を待つ。その姿に、エリックが憮然とした視線を向けたことに、ファンオウは気づかずにいた。

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