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のほほん様と、殺伐世界  作者: S.U.Y
黎明の章
34/103

のほほん領主、密林に咲く花にとこしえの繁栄を誓う

 勇ましい褐色の肌の戦士たちが、列を成して館の前の広場へやってくる。出迎えるのは、同じく褐色の女たちである。威風堂々とした行進に、広場の周囲で黄色い歓声が上がる。

 行進を止めた戦士たちが、さっと二つに分かれて道を作る。石槍を掲げ、くるりと回して石突を立てて跪く。中央にできた道へ、やってくるのはエリックの先導する馬に続くファンオウであった。

 ひときわ、大きな歓声が起こる。館を背に、フェイがゆっくりと進み出て拱手する。

「おかえりなさいませ、ファンオウ様」

 礼を終え、顔を上げたフェイがファンオウに言った。

「うむ、留守居、ご苦労であったのお、フェイや」

 下馬したファンオウは、フェイを労うように微笑みかけた。

「密林の様子が、昨日より少し穏やかになってまいりました。どうやら、悪鬼討滅を果たされたものと思い、お帰りをお待ち申し上げておりました」

 フェイの言葉に、ファンオウは広場を振り返り見渡した。してみれば、広場には戦士たちへの労いの宴の準備までもが、すでに用意されているようだった。

「うむ。何から何まで、手回しの良いことじゃのお。エリック、戦士たちを、休ませてやるのじゃ」

 のんびりとしたファンオウの声に、エリックがうなずいて指示を出す。戦士たちから歓声が上がり、たちまちに広場では宴会が始まった。

「館には、何ぞ変わりは、無かったかのお?」

 問いかけに、フェイの表情が引き締まる。

「ファンオウ様に、引き合わせたい者がございます。エリック様も、どうぞこちらへ」

 そう言って、フェイは館へと歩いてゆく。ファンオウはうなずき、エリックと共に喜びの声の溢れる広場を後にした。

「実は、一昨日の朝に、少し異変がございまして」

 宴のほうへと駆り出されているのか、館の中には人気は無く、しんと静まり返っていた。

「異変? 一昨日の、朝……ふむう」

 ファンオウは頭を捻り、横でエリックが眼を鋭くする。

「俺が、悪鬼に止めを刺した頃合いです、殿」

 ファンオウたちは太陽神殿での戦いから一日をかけて、館へと戻ってきていた。一昨日の朝、というのはエリックの言う通り、悪鬼が打ち倒された頃合いである。

「なれば、その影響なのでしょうかな……館で、倒れておったのです」

「誰が、倒れたのじゃ?」

 問いかけるファンオウに、フェイは首を横へ振る。

「それが、わかりませぬ。魔物のようですが、どうにも様子がおかしく……ファンオウ様の、ご指示を仰ぎたく存じます」

 フェイが足を止めたのは、客間であった。

「こちらでございます」

 フェイの誘いに、エリックが扉へ手をかけた。

「まずは、俺が」

 ファンオウがうなずき、エリックが扉を開ける。中へ入ったエリックが、ハッと息を呑んだ。

「……悪鬼!」

 エリックの上げた声に、ファンオウも客間へと足を踏み入れる。客間に置かれた寝台の上には、大人の男ほどの大きさの鬼が、縛り上げられて寝かされていた。

「こやつが、悪鬼じゃというのか、エリック?」

 鬼とエリックを交互に見やりつつ、ファンオウが問う。

「……面構えと、角の形状はそっくり同じにございまする。が、少し顔は幼いような」

「黒くは、無いのお」

 じっと視線を注ぐエリックに倣い、ファンオウも鬼を見つめる。身体つきは逞しく、肌は緑色であった。頭部にはふさふさとした茶色の髪が生えており、その間から二本の角がにょっきりと姿を見せている。エリックの言う通り、眠ったような顔にはどこか幼さが感じられた。

 と、見つめる先で鬼がもぞりと身じろぎをする。

「殿、お下がりを」

 剣の柄に手をかけて、エリックがファンオウを片手で制する。大人しく一歩下がるファンオウの前で、鬼がぱちりと目を開けて、眩しそうに何度か瞬きをし始めた。

「……ウ……グ……」

 身を起こそうとして、鬼は呻く。後ろ手に回った縄は巧妙に結ばれ、必要な力を入れさせない。みしみしと音を立てて鬼の筋肉が膨張するが、縄目の緩むことは無かった。

「ぬんっ!」

 エリックが、鬼へ向けて殺気を飛ばす。びくり、と鬼は身を震わせ、怯えた眼をエリックへと向ける。

「ア……オオ……」

 情けない声が、牙の並ぶ鬼の口から漏れた。その声に、ファンオウの胸にちくりと小さな痛みが走る。

「エリックや、あんまり、脅かしては、可哀想ではないかのお?」

 袖を引いて言うファンオウに、エリックが首を横へ振る。

「殿、これは、魔物です。甘い顔を見せれば、背後から首へ咬みついてくる手合いにございますれば」

 きっ、と鋭い視線で、エリックが再度殺気を飛ばす。鬼のつぶらな瞳に、涙が浮かぶ。

「……こやつは、純粋に、怖がっておるだけのように、見えるがのお」

 ファンオウの言葉に、鬼が小刻みに震えつつこくこくとうなずく。

「ふむう? お主……わしの言葉が、解っておるのか?」

 鬼の様子に、ファンオウは問いを口にする。じっと涙に滲む瞳を向けて、鬼が小さくひとつうなずいた。

「お主は、悪鬼の手先、なのかのお?」

 ファンオウの言葉に鬼はうなずき、そして首を横へ振る。

「むむ? 違う、ということなのかのお?」

「恐らくは、悪鬼が死んだことにより繋がりが断たれたのでしょう。今のこやつは悪鬼の眷属ではなく、野良の魔物、ということでは」

 言いながら、エリックがすらりと剣を抜く。びくり、と鬼が身体を跳ねさせて、怯えた眼を白刃へ向けた。

「エリックよ、どうするつもりじゃ?」

「無論、魔物なれば始末をするつもりです。しかし……そうですな。ここでは、部屋を汚してしまうことになりますな。では、庭先にて」

 ずっ、とエリックが鬼に詰め寄り、手を伸ばす。鬼の顔にはますます怯えが強まり、腰のあたりからじょろじょろと何かの流れる音がした。

「オ……オオ……」

「恐怖のあまり、失禁してしまったようですな」

 ファンオウの背後で、フェイが言った。

「のお、エリックや」

 構わずに、鬼の首を掴んで持ち上げようとするエリックへファンオウは声をかける。

「殿。いらぬ情けをかけられませぬよう。これは、いかに哀れに見えようとも魔物なのです」

 言いかけたファンオウの機先を制するように、エリックがきっぱりと言った。

「じゃが、奪わぬで良い命であると、わしには思えるのじゃが、のお」

 鬼を見つめて言うファンオウに、エリックが首を振って見せる。

「いいえ。魔物は、邪気を振り撒きます。生きていればそれだけで、災禍を為すのです。言葉を解するものであっても、それは変わりませぬ」

 断固としたエリックの口調に、ファンオウは涙目の鬼をただ見下ろすことしかできない。そうするうちに、エリックが鬼の首をがしりと掴み、客間から引きずり出してゆく。そうして、庭先に運ばれた鬼がどさりと乱暴に投げ下ろされた。

「ここならば、良いか」

 改めて、エリックが剣を振り上げる。

「待つのじゃ、エリック」

 エリックに続いて庭先へ降りたファンオウが、声を上げた。そのままファンオウはエリックと鬼の間に入り、庭の土にヒマワリの種を植える。

「殿? 一体何を」

 訝しげな顔を見せるエリックの前で、大輪のヒマワリが咲いた。

「邪気を振り撒く、というのであれば、浄化すれば、良いのではないかと、思うてのお」

 のんびりと言うファンオウの前で、ヒマワリは枯れて種を落とす。

「どうじゃろう、エリック? こやつから、邪気は抜けたかのお?」

 見上げたエリックの顔が、横に振られた。

「いいえ、まだまだ邪気を蓄えておる様子にございますれば、すぐにとは参りませぬようで……殿?」

 ならば、とファンオウは取れたヒマワリの種を手当たり次第に鬼の周りへ植えてゆく。あっという間に、鬼の身体はヒマワリに包囲された。

「ふむ。邪気の量が、成長を促して、おるのかのお? 育ちが、早い気がするのお」

 あっという間に咲き誇り、枯れるヒマワリを見やりファンオウは呟く。

「かも、知れませぬな。神殿には邪気が集まる仕組みが作られているようで、そちらではかなりの早さで成長しておりましたが、帰り道に植えたものは芽を出しただけにございましたゆえ」

 うなずきながら、エリックが剣を納めた。

「こやつを殺すこと、思い留まってくれたようじゃのお、エリックや」

「この花の種子には、使い道が多くございます。殿のお望みとあらば、この鬼めを生かしておく道もある、ということです」

 エリックの言葉に、ファンオウは顔を綻ばせる。そして、鬼の顔の前にしゃがんでヒマワリの種を一粒、目の前に差し出した。

「のお、お主。わしの庭で、これを、育ててみる気は、ないかのお? うなずいてくれたら、助けてやれるのじゃが、のお?」

 優しく問いかけるファンオウの背後で、エリックが鬼を一瞥する。暖かな太陽のようなまなざしと、冷たい殺戮者の視線を同時に受け、鬼は一も二も無くうなずいて見せた。

「ならば、決まりじゃのお。詳しい話は、またいずれ聞かせてもらうとして、今は縄を、解いてやろうのお」

 ファンオウの言葉に従い、エリックが納めた剣を抜く手も見せずに一振りした。ぱらりと、鬼の全身を縛る縄が切り裂かれる。呆然と自由になった手足を見る鬼の咽喉元へ、エリックが剣先を突き付けた。

「心得ろ。もし殿や、殿の民、この領のありとあらゆるものに害を為そうとするならば、貴様を即座に切り裂く。己が名に誓い、服従の意を示せ」

 鬼の反応は、素早かった。仰向けの姿勢から、即座に土下座の体勢を取りファンオウに深く頭を下げ、土に額を擦りつけたのだ。

「グ……ウウ」

 短い唸りを以て返答する鬼へ、ファンオウは穏やかにうなずいた。

「うむ。これから、よろしくのお」

 褐色の民たちとの触れ合いを続けるうちに、ファンオウには何となく、言葉の通じない者の言いたいことが判るようになっていた。鬼は二心無く、ファンオウに忠誠を誓うと言っている。ファンオウには、それが理解できたのである。その横で、ふんと鼻を鳴らしエリックが剣を納める、

「これにて、一件落着、かのお」

 満足そうに言ったファンオウのお腹が、くう、と小さく音を立てる。

「では、宴のほうへ参られますか、ファンオウ様」

「うむ。そうするかのお」

 背後のフェイに振り向いたファンオウの耳に、ぐうう、と大きな腹の虫が聞こえてくる。首を傾げ、ファンオウはエリックを見上げた。エリックが、首を横へ振り鬼に視線を向けた。

「ウ……」

 地面に膝をつけたまま、情けない顔を見せる鬼の姿がそこにあった。

「なんじゃ、お主も、腹が減っておるのか。ならば、共に来ると良い。宴で、存分に食わせてやろうのお」

 カラカラと笑いを上げながら、ファンオウは言った。鬼の周囲で、邪気を吸い取り清めたヒマワリが一輪、散ってゆく。ひらひらと風に遊ばれて、濃黄色の花びらが空へと舞い上がっていった。



 かつてそこは、田畑と小さな家々の広がる、ごく普通の田舎村の集まりであった。東方に山脈を見据える土地には川が流れ、貧しいながらも長閑な暮らしがそこにはあった。

 だが、ささやかな田舎の田園風景は、一変した。曲がりくねった木が密集し、小さな川は水かさを増し流れには濁りを浮かばせている。密林の中央には、緩やかな丘陵があり、その頂点には白亜の神殿が鎮座している。そして、丘陵の周りには黄色く眩しい花を見せるヒマワリが、そこかしこに咲き誇っていた。

 丘陵の麓には、大小数多くの集落が密集している。この地に降り立った領主を神と崇め、慕う褐色の民たちの住まう土地である。草木の実などで染め上げられた木造の集落は、色鮮やかに軒並みを彩っている。

 家々の住人たちは今、思い思いに己の肌に化粧を施し、丘陵の頂点にある神殿を見つめている。もうすぐ、彼らの神が姿を現し、言葉を聞くことができるのだ。戦士たちは整然と、女たちは賑々しく、そして族長たちは貢物の傍らで膝をついて粛々と、その瞬間を待っていた。

 ほどなく、神殿の上空に画像が浮かび上がる。魔法で作られたそれは、麓の住人たちの誰からも見ることのできるものであった。

『みんな、元気にやっておるかのお?』

 浮かび上がってきた画像から、のんびりとした声が響いた。声に応えるように、住人たちは思い思いに歓声を上げる。神殿の上に浮かぶ、豪奢な椅子に腰かけた小柄な若者。その姿こそ、彼らにとっての神の姿であった。

『この地に住まう、民の全てが、幸せであれば、わしも嬉しく思う。もし、何か困ったことがあれば、わしは微力を尽くそう。じゃから、遠慮のう、わしに言うてくれ』

 穏やかで、優しい声だった。民たちは皆笑顔で、神の姿を見上げていた。

『さて、あまり長々と話をしては、腹の虫が治まらぬじゃろう。今日は、領を挙げての大宴会、なのじゃからのお……じゃから、わしからの言葉は、あと一つじゃ』

 神の言葉とともに、神殿の周囲に精悍な戦士たちが展開する。彼らが手にするのは武器ではなく、長い棒状のものだった。彼らは神殿に一礼し、それから麓へ向けて棒を振り上げる。ばたばたと、風に旗が翻った。

『旗を見よ』

 神の声に、民たちは一斉に翻る布を見つめた。どの布にも、黄色いヒマワリが鮮やかに染め抜かれていた。

『わしは、今後この花を、わしの旗印とすると決めた。この花は、この地に齎された邪気を、浄化してくれるのじゃ。みんなも、どうか大切にして欲しい』

 輝かんばかりの、大輪のヒマワリの旗印。民たちは口々に、歓声を上げて神の名を讃える。

「ファンオウ!」

「ファンオウ!」

「ファンオウ!」

 大地を揺らさんばかりの、大音声であった。

『うむ。それではみんな、待たせてしまって、すまぬのお。宴を、始めるとよいぞ』

 神の声を皮切りに、大宴会は幕を開けた。集落のあちこちから、低い太鼓の音が轟いてゆく。民たちの誰もが、酒食を楽しみ、舞踊を愉しんだ。生気に満ちた人々の喜びの宴は、いつ果てるともなく続いてゆく。それは日が沈み、月が昇り夜の更けるまで、ずっと続いたのであった。


 夜明けの訪れを報せる甲高い鳥の鳴き声に、ファンオウは目を覚ます。寝室を出て、ふらりと足を向けるのは神殿の庭園である。風に揺れるヒマワリが、日の出の方角を向いて鮮やかに咲き並んでいた。ゆらゆら揺れるヒマワリの間を歩き、ファンオウはヒマワリたちに倣って朝日に目を向ける。遠く山の頂が、薔薇色に染まってゆく。何とも美しい、ご来光であった。

「……ようやく、ここまでやって来れたんじゃのお」

 ぽつり、と零した呟きが、ヒマワリの中へと埋もれてゆく。

「父上、母上……大兄上に小兄上……それに、イーサン……」

 呟くたびに、瞼の裏に懐かしい顔が浮かび、消えてゆく。

「わしは、この地に、とこしえの繁栄を、齎して見せるゆえ……どうぞ、見守っていて、くれぬかのお」

 遠くの山から、ざっと風が吹き寄せてくる。答える言葉は訪れなかったが、ファンオウは穏やかな笑みとともにうなずいた。そのまま、しばし佇むファンオウの頬を、風が優しく撫でるように通り過ぎてゆくのであった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。評価、感想、ブクマ等大変励みになっております。

第一章、黎明の章はこれで終わりとなります。

第二章は、来週か再来週くらいの投稿になりますのでどうぞよろしくお願いします。


今回も、お楽しみいただけましたら幸いです。


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